成人皇族・皇女(みこ)愛子様とガイア&アラフェス
様々な困難・反対を押し切って、民間から皇太子妃を迎えたことだった。
そこには《天皇家の血統維持》という、厳しいリアリズムもあった。’
‘…近世になって皇室の乳児死亡率は高く、《万世一系の血》の衰弱は極めて顕著になった。’
以下要約
120代 仁孝天皇の15人の子のうち12人が3歳以下で死亡
121代 孝明天皇の6人の子のうち5人が早死に
122代 明治天皇の15人の子のうち10人が3年以内に死亡 成人したのは大正天皇と女子4人
123代 大正天皇は幼児期から虚弱、48歳で死去 4人の男子を遺した
‘宇佐美や小泉が、民間からの皇太子選びに踏み切ったのは、このような天皇家の《血の衰弱があった》。
これを打開するのには天皇家への新しい《血の導入》が必要だ。白羽の矢が立ったのが美智子妃だった。’
‘民間からお妃選びをするという方針を伝えられた昭和天皇は、共同通信の「皇太子妃特捜班」によると、
生物学者だけあってすぐに納得されたといわれる。’
以下要約
それを裏付ける証拠がある
東久邇信彦(昭和天皇の初孫)は昭和天皇から直接、以下の《結婚の条件》を突きつけられたと証言
1.両親が健在
2.私(昭和天皇)の家系に近くないこと
3.相手の家にガン系統がないこと
4.病気や犯罪のない健全な家庭の人であること
「この条件に合っていれば、後は誰でも君の好きな人でいい」
明治天皇の皇子女
昭憲皇太后 (一条美子) (1849-1914)
子女無し
葉室光子 (1853-1873)
稚瑞照彦尊 (1873・第一皇男子/第一子・死産 )
橋本夏子 (1856-1873)
稚高依姫尊 (1873・第一皇女子/第二子・死産 )
明治天皇(第122代天皇)
梅宮薫子内親王 (1875-1876・第二皇女子/第三子・夭折 )
建宮敬仁親王 (1877-1878・第二皇男子/第四子・夭折 )
明宮嘉仁親王 (1879-1926・第三皇男子/第五子・大正天皇:第123代天皇)
柳原愛子 (1855-1943)
滋宮韶子内親王 (1881-1883・第三皇女子/第六子・夭折 )
増宮章子内親王 (1883・第四皇女子/第七子・夭折 )
千種任子 (1856-1944)
久宮静子内親王 (1886-1887・第五皇女子/第八子・夭折 )
昭宮猷仁親王 (1887-1888・第四皇男子/第九子・夭折 )
常宮昌子内親王 (1888-1940・第六皇女子/第十子)
周宮房子内親王 (1890-1974・第七皇女子/第十一子)
富美宮允子内親王 (1891-1933・第八皇女子/第十二子)
満宮輝仁親王 (1893-1894・第五皇男子/第十三子・夭折 )
泰宮聡子内親王 (1896-1978・第九皇女子/第十四子)
貞宮多喜子内親王 (1897-1899・第十皇女子/第十五子・夭折)
園祥子 (1867-1947)
■アソパソマソスッドレ~天ク.ズ一家氏ねよおめーら~
主天皇、主王ということで、悠仁氏の摂政と皇女(みこ)愛子さまの関白をやらせて頂いているらしいわけですが、
こちらにも都合がありまして、私(蠍座の主任)の主、ガイアがこの国の世継ぎをご所望です。
それで、非常に困っていました。私は一生独身のつもりですから。それに、もう41ですし、
役所のカップルになるには程遠い。第一、前歯がなく、品性も少々自信がない。
せいぜい、大学で記録残したくらいの取り繕いしかできなくて、こうやってネットや電話で
活動しています。
で、知る人ぞ知るファティマの預言ですが
1:アラフェス(私)殺すな→地球維持のため(KAGAYAの蠍座の絵みれば分かる)
2:ヨハネの黙示録は絶対に起きる(神は生きている)
3:大アンティパス法王ペトロが死ぬ(自分こそが律法だと偉そうにしている、キリスト教の開祖と教祖間違ってるような偽皇族の偽キリストが死ぬ)
と言ったあたりだと思います。内容はガイアから聞き、私が解釈を加えました。
で、この3つの話などを統合すると、悠仁親王と成人皇族愛子さまの子が主イエスなのではないかと思われます。
火の鳥の末裔のイナルヴァもそう語っています。朱雀です。火の鳥は転生ですが、朱雀は生まれ変わりなので、バチカンの教義に反しません。
堕胎することもないでしょう。
皇族内部の詳しい関係はよくわかりませんが、結婚というか、婚宴は、まぁ、皆が望むところでしょう。
あと、今の上皇が冥府の黄泉の受け渡し人カロンなのでイエスの霊的魂を発見するのも容易なことでしょう。
念のために言っておくと、私はただ、長老ガイアの望みを叶えているにすぎません