rolleiflexとrolleicordと仲間たち

1.
ユーザー
i3ZF1RZL
二眼rollei関連のスレが無くなってしまったので建ててみました。
情報交換にご利用下さい。
flexとcordの垣根は当スレでは無しでお願いします。
ただ35は別スレがあるので,そちらを利用願います。

だれか関連スレまとめとかFAQ続けていただけると助かります。
62
すべて
|
最新の50件
13.
ユーザー
eDfER
1950年代のモナコグランプリとか、そういう自動車レースを見ていると、そこで撮影している。カメラマンが手にしているのがこの望遠レンズである。不思議なのはカメラマンが同時に使っている。もう一つのカメラはローライフレックスなのだ。日本のカメラが登場する以前は、これが基本的な機材であった。

このシステムは240ミリと400ミリと640ミリのレンズ構成であって、1番ポピュラーなのは400ミリである。240ミリもあるが、ちょっと焦点距離が短いし、640ミリのほうはレンズの本体が長すぎて、パブリックなところで今の時代にこれを送りますのはちょっと気が引ける。と言っているだけであって、実際東京スカイツリーができる時などは640ミリを振り回していた私だった。

レンズは2枚構成の極めてシンプルなものであるが、コントラストが高くてシャープネスは十分にある。400ミリのレンズだけ2枚構成ではなく、もっと高級な3枚のレンズを合わせたやつがあって、これはちょっとお値段が高い。でも2枚構成と3枚のレンズを比較してみると、その性能の差はほとんどないように見える。

このシステムの最大の強みはピストルグリップがフォーカシングデバイスになっていて、かなり迅速正確に見えたものにピント合わせることが出来る点にある。慣れるとオートフォーカスの一眼レフなるよりも早い。それともう一つはフィックスフォーカスができるから、瞬時に事前に決めたポイントにピントを合わせることもできる。

私は800ミリのレンズをよく使うことが多いが、いかに小型軽量な800ミリと言ってもなかなか手持ちでは困難である。それでそれよりもちょっと短い640ミリは十分な望遠効果がある

このレンズを有名にしたのは、友人の写真家の東京カメラクラブ会長の田村代表である。彼がまだ学生の頃に横田基地を撮影するのに長いレンズが必要で、これを統治両国にあった。カメラレンズのレンタル屋さんから借りていった。長いレンズであるから、レンズの安定性が悪いので、三脚等が立てられないので、同行した友人の方の上にレンズを乗せて撮影したそうだ。例のファントムが離陸するときの超望遠レンズ撮影などがその作品である。
14.
ユーザー
SDrGC
いいね
15.
ユーザー
RCvgg
小さなこだわりがカメラ好きの心を掴む。『ローライ公式プロダクト プルオーバーパーカー』が自分用にもプレゼントにもおすすめな理由とは?
ShaSha編集部

ドイツの名門カメラメーカー“ローライ”をモチーフにライフスタイルグッズを作っているローライ公式プロダクトの冬のマストアイテム『プルオーバーパーカー』をカメラのキタムラ一部店舗・カメラのキタムラネットショップにて販売しています。

このパーカーは、これまでカメラ本体のデザインを商品に入れていたローライ公式プロダクトの他商品と異なり、1からデザインして作られたものです。今回はローライ公式プロダクト プルオーバーパーカーがカメラ好きの心を掴むポイントを紹介します。
16.
ユーザー
nsYp8
二眼もローライコードのⅣ型辺りが気になってるんですけど流石にそこまで大人買いはできませんね〜
17.
ユーザー
Yx7Fa
保守
18.
ユーザー
pLOm7
二眼レフを使っている方に
質問、魅力ってどう感じているのですか?
19.
ユーザー
wUrLq
2009年の9月の初めだったが、日本の暑い盛りにエジプトのカイロに行ったらもっと暑かった。カイロに行った。犯行の動機と言うのは誰かのエッセイを読んでいて、その人は地球上の街をずいぶん歩いているんだがカイロの下街が1番面白いと言うので、それに騙されて出かけたら嘘ではなくてほんとに面白かった。

カイロにいたのは2週間位であったが、モスクワ経由で出かけたのである。飛行場に着陸する直前行動下げたら目の下をピラミッドとスフィンクスが通過していたので、そこに行くのはやめようと思った。ところが皮肉なもので、最近私がはまっている若い人の世界旅行のYouTubeを見ていると、皆さんハンコで押したようにピラミッドを見に行く。しかもエジプトの街とギザの街を逆に考えていて、エジプトカイロにピラミッドがあると思っていてなかなか笑える。カイロ中心部のエジプト考古学博物館に似た博物館がGizaの街にあるのかと思っていたら、そのユーチューバーの勘違いなのである。
それで私は毎日、交通機関は使わずにカイロの街を歩きまわった。街中をどんどん東に行って、  死者の町まで行って、また戻ってくると言うようなルートだった。古い街の周辺部に興味のある私であるが、帝国主義時代の街並みを通過しないと、そこにいけないからそれはやむを得ない。

それでこの右側の写真であるが、こーゆー凹面鏡みたいなクラシック建築が私は好きなのだ。理想的に言えば、このようないかめしいものではなくて、通常のアパートメントで凹面鏡みたいな建物が以前ハンガリーのブダペストで出会って、そこに本気で住みたいと考えたこともあった。

2009年9月のこの旅行の時はライカで35ミリでカラーで撮ったものはアサヒカメラ10ページほど掲載した。それでこの写真は  カールツアイスの2眼レフで撮影している。それはカメラマガジンで8ページほど掲載した。
それで現在考えてみると、この2つのカメラ雑誌はきれいさっぱり存在していないのだから、逆にすっきりして非常に気分がよろしい。
20.
ユーザー
amqLM
運用
21.
ユーザー
opMWO
Rollei B35 Triotar 35/3.5かいました!メーター不良5000円です笑
22.
ユーザー
NOvuh
日本製の6 × 6センチの一眼レフカメラと言えばブロニカとかコーワが有名である。どちらも素晴らしいメカニズムのカメラであるが私のような変わり者になると高級なメカニズムよりもプリミティブなメカの方が好きと言うことになる。

ブロニカが登場したのと同じ1950年代終わりに藤田から出たのがこのカメラであった。実に地味なスペックであってミラーなどは一応クイックリターンと言うことになっているけれどもこれはカメラを押す指のパワーでミラーを持ち上げてシャッターから指を離すとミラーが復帰すると言う極めてプリミティブなメカニズムである

藤田を最初に手にしたのは1970年頃で私の給料が35,000円であったときに中古カメラ屋さんの値段は50,000円近くしたからそれなりに中古カメラではあるが高いカメラであった。

その頃の私は日本デザインセンターのスタッフで当時天文学的に高いカメラであったハッセルブラッドを使っていたのだがその反動としてこういうシンプルな藤田に魅力を感じるところがあった。

この藤田のカメラは私にとっては8年目とか10年に一塊のマイブームが来るようであって、前回は8年位前に藤田ブームが来たのが今回またブーム到来なのである。

^_^大昔に日本カメラから出した私のクラシックカメラ本の三部作というのがあるのだがその1番最初の本だったと思うが葛飾の矢切の渡しを撮影に行ったことがあった。

80ミリの標準レンズは非常にシンプルな三昧玉なのである。トリプレットレンズが好きと言うのは昔からの私のレンズに対する好みであるがその理由を考えてみると3枚玉のレンズが素晴らしいと言う意味ではなく4枚以上の高級レンズに比べるといささかも遜色がないと言う意味で高性能と言うよりもレンズがシンプルなのにがんばって言うと言う意味で評価しているのだ。

自分のシンプルライフを褒めていると言うプライドと割と似たようなところがあるわけだ。
23.
ユーザー
EQQ7z
間宮フレックスオートマットは昭和25年にできた非常にユニークなフルオートマットのフイルム装填のカメラである。このカメラが最初の間宮フレックスの予定だったがいろいろ準備に手間取って実際に登場したのはその後に予定されていた安いバージョンの間宮フレックスJrであった。

間宮フレックスJrはその登場が昭和23年頃なのだから凄いと思う。間宮カメラの長い歴史の中で間宮のイメージと言うのは地味なものであるが、1番最初のジュニアカメラがなかなかキラキラしたデザインで派手なところが気にいっている。以前はコレクターズアイテムで結構な値段が付いていたのだけど最近はフイルムの値上がりの関係で手に入れやすいカメラとなった。

この戦後に最初に登場した2眼レフだけど有名なストーリーがあってトッププレートのカバーの裏側に当時このカメラの組み立てをしていた3人のゼントルマンの誰が組み立てたのかと言うことでその3人の方のイニシャルが手書きで書き込まれている。

実際に組み立てたそのお三方はその事実をすっかり忘れていて割と最近になってそれを思い出して懐かしがっているというのが実に良い感じである。オリジナルプリントにサインが入っていると言う感じだな。

私などは間宮フレックスオートマチックのほうに興味をとられていたのでジュニアカメラのほうはお留守になっていたがカメラの楽しみと言うのはどうもそこら辺に存在するようなのである。

昭和20年代には結構Jrと言うサブタイトルのついたカメラが登場した。蛇腹カメラにもレンズをちょっとディスバージョンしたものでJrというのがあったしキャノンのレンジファインダカメラでもちょっとディスバージョンにしたモデルにJrカメラと名付けられていたのもあった。

日本人は性格として何でもトップでないといけないと言うので最高級カメラを買ったその関係でディスバージョンカメラの人気がなくて売れなかったのが何十年も経過するとそちらの方が評価が高くなったりするのも面白いね。
24.
ユーザー
puymc
いいね
25.
ユーザー
xuZ29
保守
26.
ユーザー
Z2U1l
運用
27.
ユーザー
30GKC
保守
28.
ユーザー
oOmjc
運用
29.
ユーザー
sYphR
ローライフレックスカジノロワイヤル

これは実際にアメリカのカジノで使われていたローライだ。
カジノは撮影禁止だが、カメラガールがこの金色のローライを持ち歩いて、お客を撮影するビジネスがあった。

ローライの正規の仕上げである。
それが人間の欲望に擦り切れて。今ではなにか「百済観音」とでも言えるすがれた金箔を残している。
30.
ユーザー
8bkbv
写真家は見えない的を狙っているものであると何十年も宣言してきたのである。職業写真家よりも別の職業を持っていて、写真家の視神経を持っている人の方がはるかに優れていると言うことも何十年も書いてきた。

森山大道も天才荒木も篠山さんも職業写真家としてのプロフェッショナルであるから、それに応じているだけであって、本当の視神経はなかなか発揮できないのだ。

だから、優れた写真家は職業としての写真家と言うのは結構怪しくて。それよりも四谷3丁目で中古カメラ販売をやっている人とか、辞書の編纂をやっている人とか、立石の鰻屋さんとか、そして三重県鈴鹿市で公務員をやっているこの人とか、それぞれバラエティーがあってよろしいわけだ。

すぎのさんの視神経は前から注目していて、7年前の私の70歳の誕生日パーティーにも駆けつけてくれたのであるが、本人にあなたはいい神経を持っていると伝えても、本人はその認識がない。それで良いわけだ。天才とか自己認識とか言うものを自分で意識しまっていては、それはその人の才能にはならない。

杉野さんは最近ローライマジックを手に入れてそれで写真が変わってきたと言うところが面白い。ノートと言うメディアは8対16の横画面と言うので、全く写真のことをわかっていない人が作っているけれども仕方がないからこれは6 × 6を大幅にカットして、このように表示しているのをお断りしておく。

ここには私が言うところの空気感が写っている。別の言葉で言えば、アピアランスが感じられるショットなのである。こういう話を大阪の芸術大学で10年間やってきたのであるが、それを理解してくれる人は500人に5人ぐらいであったな。それでそういう視神経の覚醒した連中は別に大学に行かなくても良いのである。だから逆に大学を利用すれば良いのだ。
31.
ユーザー
a7thV
神田神保町の端のほうにあった映画館である。無声映画の時代にスタートしたというのが1920年代だと言うから映画が音声化されると言うのは、割と後の時代の事なんだね。

20歳代の私のこの界隈の記憶としては、東洋キネマと言うのはいつもすぐ側にそびえているYMCAのテラコッタの立派なビルと比較して考えるのが常だった。

説明しておくと、YMCAの立派なビルよりも建築物としての表現のシャープネスと言うのは、はるかに安直に作られた印象を持つ映画館の段ボール工作のようなその存在に惹かれていたのである。

東洋キネマの前を通るときに必ず挨拶のように写真を撮影したものであったが、今になってみると残っている映像はこれ1枚だけのようである。これも映画館がクローズした後のもので、実際に私はここで映画を上映しているのを見た事は1度もない。

理由が単純であって、私の場合、劇場上映コマーシャルの映画と言うのはみると言う習慣がないから、どこの映画館であろうと行くと言う事は無いのだ。だから私が日本でよく行った映画館は蒼月シネマテークであり、あるいはウィーンのフィルムミュージアムであった。京橋のフイルムミュージアムだっていった事は無い。

これが1981年頃の撮影で、カメラはローライスタンダードだった。

1日で慌てて作った映画館のデザインは気に入っていたのだが、意外とその後建築物としては長く生存して70年以上ここに存在したと思う。ソ連邦が存在した時間的長さとあんまり違わないんだよなぁ。
32.
ユーザー
cgS47
巨匠ファッションフォトグラファーヘルムートニュートンが使っていたのがテレビローライフレックスで、これはテレと言う名前はついているけれども、別に遠くのものを撮影すると言うのではなくて、ちょっと長めのレンズなので、モデルのプロポーションを正しく撮影することができると言うだけの話なのである。

ヘルムートニュートンにはいろいろ逸話があって、1970年代にウィーンで生活していた頃にGFがニューヨークのヘルムートニュートンにアポなしで会いに行った。ニュートンはベルリン生まれだし、彼女はウィーン生まれだから、別にドイツ語で意思疎通に関しては問題がない。

それで戻ってきたときに感想を聞いてみたら、あんな変態写真家はダメというのである。荒木にしてもそうであるが、変態写真家のふりをしているのがコマーシャリズムなのだと言う説明をした記憶。

この写真の左の人はMNと言う人で、当時結構話題になったのだ。写真が素晴らしいと言うので、1983年のアサヒカメラの新人特集などにも写真を掲載している。テレローライフレックスで撮影したこの場所は秋葉原であって、アパートメントの夏の暑さに耐え、かねて扇風機を買いに行くところである。40年以上前の人の暮らしはシンプルであったな。

MNは、40年前の写真関係者で結構話題であったが、東京総合写真専門学校の同時代は、いなくんとか、吉村くんの時代であるから、その歴史的な存在感が貴重である。彼女はすでに還暦を超えているであろう。
33.
ユーザー
XIYCH
Fotodiox Pro Lens Hood for Rollei TLR Camera with Bay III (B3) f2.8 Take Lens - Matte Finish, fits Twin Lens Rollei (TLR) Bay III Mount, 2.8 B/C/D/E/F/GX/FX (Biometer, Planar, Xenotar, Sonnar) Lenses
34.
ユーザー
R6XTj
枠を削って二眼両方にフィルターを嵌めてる奴
35.
ユーザー
OmLIM
サードパーティ製なら薄枠あるお
36.
ユーザー
1PF6K
リコーフレックスが桐の箱に入ってゴージャス

戦後の日本の2眼レフの大ヒット商品になったリコーフレックスである。

輸出向けだけだったらしいが、桐箱入りである。こういうのはゴージャスに見えていいね。孫にも衣装。リコーフレックスにはきりのはこ。

高級デジタルカメラもこの路線を真似るといいのに、そっちの方には神経がいかないらしい。

リコーGRの企画をお手伝いするときに、私は桐箱入りを提案したのであった。浅草あたりのその専門店で値段も調べに行ったのであるが、思いのほか安いのである。次に桐箱入りのカメラを出すメーカーが勝利者になる気がするね。
37.
ユーザー
zi2ju
ローライ二眼買ったった
38.
ユーザー
IChp2
フィルター買うお
39.
ユーザー
cQNxo
1981年に東京に戻ってきてから、ずっと2眼レフで東京の街を撮影していた。この作品は2眼レフワークショップに掲載されている。持って歩いた。カメラはローライフレックスかミノルタオートコードかあるいはオリンパスフレックスかもしれないが、映りは皆同じものだから、カメラブランドがどうこうと言うまでのこともない。

それで問題にしたいのは、かつて赤羽に存在した文化市場のことである。文化と言うのは結構ネガティブな風に聞こえてしまうものであって、例えば大阪の方で大昔流行していた文化住宅とか、あるいは文化星、さらには文化庁などもそれに含まれる。私は文化庁からお金をもらっていて、ニューヨークでその内実がよくわかったのであるが、当時はインターネットもなかったから年に4回藁半紙の4分の1のサイズの文章を東京に封書で送るだけでよかった。こういうノア文化が高いと見ることもできるし、低いと見ることもできる。

それでこの黒っぽい巨大な木造建築の赤羽文化市場であるが、ここが私は大好きだった。このような巨大な空間を持った市場と言うのはアジアにもあるし、ヨーロッパにもあるごく普通なマーケットなのである。ところが日本はこういう伝統的な市場がドンドン潰されて小賢しいスーパーマーケットになってしまうのは、資本力の違いとかパワーによるものなのであろうか?

例えば、パリで50年以上前から私が通っているパリの東駅のそばの巨大な市場であるが、これ等は50年間同じお店で魚というかお刺身を買い続けたりしていると。当時私と同じで青年だった店の若者が、今では私と同じ後期高齢者になったりするのが非常に興味深い。
40.
ユーザー
9uYXk
いいね
41.
ユーザー
CFz3b
40年ほど前にニューヨーク近代美術館で研究するため文化庁から派遣されて1年ほどマンハッタンにいたのである。当時のレートが285円だったからカメラなど買えるものではなかった。近代美術館に行く途中の中古カメラ屋さんのウインドウにこのローライ用の金属ケースがあって欲しかったのだが240ドルもする。レートが285円なので帰るわけもない。せめて250円になったらいいななどと思っていた。

その金属ケースをようやく手に入れてヨーロッパを取材するときにはワイドアングルローライフレックスを中に入れて持ち歩いた。ルーブル美術館を見学するときにワイド6位は使わないのでクロークに預けようとしたらクロークの係りの人と私の手先が滑ってローライフレックスの入った金属ケースは大理石の床に落ちてルーブル美術館全部に響き渡る位の大きな音がした。

そのぐらいの高さから落としてもカメラはサスペンションで金属の内側に吊ってあると言う感じだからダメージは全くない。まぁ当たり前の話だけど。
42.
ユーザー
cuioB
ローライフレックスのネームプレートをピカピカに

オーストリアウィーンに暮らしていた夢判断のシグムントフロイト。彼のミュージアムと言うのは、以前フロイトが住んでいたところである。かなり広いスペースで考古学的なコレクションの展示もある。

これは私のまったくの思いつきに過ぎないのだが、あるエッセイで、シグムントはカメラ付きでローライフレックスを肩にかけて散歩に出かけたと言うフィクションを描いた。

時代交渉からしても、1930年代の末のことであるから使っている。カメラはこれローライフレックススタンダードである。さらに想像力を膨らませるならば、哲学者は趣味で自分のローライフレックスのネームプレートを磨き上げてピカピカにしたと言うセクションが入ると、私のエッセイはさらに素晴らしくなる。

シグムントフロイトによって、磨き上げられたローライフレックスのネームプレートの実物がこれである。フィクション上のストーリーであるから、そこら辺を注意してもらいたい。

夢判断を判断するような哲学者であるならば、散歩のお供はローライフレックススタンダードが最も相応しい。シオニズム発祥のメッカである。ウィーンのはずだが、同時に極めて感動的な街であるから、ウィーンにたくさんある個人の名前をフィーチャーした通りとか、公園とか言うので、シグムントフロイトバーグと言うのは非常に遅くできたもので、1980年の終わりであったと思う。それに腹を立てた。私はその頃ウィーンを認めないシグムントフロイト、ではなくて、その逆シグムントフロイトを認めない、ウィーンと言うテーマで、エッセイを書いたことがあった。
43.
ユーザー
PNiG1
いいね
44.
ユーザー
jcTMN
大判用レンズです。シノゴ換算だと標準域で、フルサイズ換算は望遠域だと思います。具体的な焦点距離は私も把握していません。
48.
ユーザー
OIs5z
運用
50.
ユーザー
pYJC1
保守
51.
ユーザー
Q4fyy
保守
52.
ユーザー
tipMq
坂崎さんとお付き合いが始まった30年近く前だが1冊のアルバムを見せてくれた。坂崎さんが子供の頃に坂崎さんのおじさんが撮影した写真がいい感じだった。そこで坂崎さんが言うには、おじさんの持ってるカメラがこれすなわち明るさ2.8のビューティーフレックスであったと。

明るいエフ2.8付の国産カメラと言うと、他にはオリンパスフレックスぐらいしか存在しない。坂崎さんのおじさんと話をしたいものだと思っていたら、5月29日に出雲の足立区小池さんが夫婦散歩を出版する飛鳥新社で20年近く前に年寄り専門雑誌というのがあって、そこで老人のセックスと言う特集をしたときに、私にご指名がかかって数人の高齢者の中に坂崎さんのおじさんも含まれていて、初めてお目にかかる機会があった。

文武両道のアーティストであって、近くの酒屋さんのために自分でデザインしたワインのラベルもあって、それは江戸川区のFM放送に私が呼ばれたときにプレゼントで頂戴したのである。

ビューティーフレックスの会社は太陽堂と言って神保町にあった。10年以上前太陽堂は私は常連であったけど、そこの社長がもう閉店すると言うので、朝日フレックスのレンズを何本かいただいたことがあった。

当時の国産2ガンレフは高級品であったが、坂崎さんのおじさんが明るいレンズを手に入れたと言うのは、それなりの意思があったのであろう。

太陽堂のカメラ会社はレンズの名前に社長の奥さんの名前を使ったりなかなかヒューマンなのであるが、代表的なレンズにカンターというのがある。これは神保町のカメラメーカーだから神田から来ているんだね。

以前、坂崎さんとカメラ対談をしていたときに、日暮里のドルカと言うメーカーのレンズがニッポールであると言うことを教えてもらった。
53.
ユーザー
4Z68I
ワイドローラーフレックスでインドのデリーを取る

ローライフレックスはワイドローライとテレローライの二台をメインに使っていて、標準レンズ付きのカメラは使ったことがない。これは2眼レフワークショップと言う本に中に掲載された写真である。

55ミリのレンズがついた。ワイドアングルローライフレックスがこの30年で1番使っているカメラだ。ただし昔のレンズ設計であるから、逆光で撮影するとゴーストが出やすいので注意が必要。

インドのデリーは別にそれをテーマで撮影しようと言うのではなくて、インドの本場のインドカレーがどれだけ辛いのかを調べに行ったのである。我々は外国人ツーリストであるから、最初の1日はパッケージツアーで到着すると代表的なインドカレーの店に車で連れていかれた。

そこで提供されたのはチキンカレーだけど、メニューで見ると我々ツーリストはノンベジタブルカレーが提供されているのである。つまり地元の人が食べているのは、ベジタリアンのカレーが普通であって、我々は別の外国人と言うわけだ。

オールドデリー駅の前に巨大な菩提樹の木があって、そこの下でインド哲学者みたいなおじいさんがでかい鍋をかき回している。カレー屋さんがある。お客さんはみんなしゃがみ込んで食べている。私は外人なので、店の人がその角の石ころの上に座れと言われた。外国人の特別待遇だな。その野菜カレーがうまいので、毎日そこに通っていて常連さんになった。

デリーの旧市街で素敵だなと思うのは、こういうものを売りのおっちゃんがなかなか品物の並べ方が天才的に上手であると言うことだ。バナナを積み重ねるのでも、なんとなく買いたくなる。

一番困ったのはアルコールを売っているところが少ないので、ホテルの人に聞いて買いに行った。以前はアルコール購入証明書と言うのを九段下のインド大使館で発行していると言うので、これは面白いから申請したらちょっと前にそういうシステムはやめになったと言うので、がっかりした。
54.
ユーザー
twL37
いいね
55.
ユーザー
twL37
テレローライフレックスの正しい使い方

普通のローライフレックスには75ミリか80ミリの標準レンズが付いているが、テレローライフレックスにはゾナーの135ミリが付いている。

普通の望遠レンズの感覚からすれば、遠くのものを大きく拡大して見えないものを見えるようにすると言うのが一般的な考え方である。ところがテレローライフレックスは2倍に拡大するどころか、非常に低倍率で1.5倍位にしかモチーフを拡大することができない。

それ故、望遠カメラとしては非常に力がないのではないかと言うふうに思われるわけである。ところがヘルムートニュートンを始め、著名なフォトグラファーが好んでこのカメラを使っているのはなぜだろうか?

ファッション等の人物撮影で75ミリ相当の標準レンズを66サイズで取ると結構降格気味の画面だから人物のプロポーションが狂ってしまうのである。それを避けるために135ミリと言う標準レンズよりか、ちょっと長い位の撮影レンズを使うと、モデルの人体のプロポーションが割と正確に再現することができる。

つまりかなり苦労人っぽい感じのカメラと言うことになる。唯一の欠点はカメラ本体の構造上のことであって、2.5メーター位までしか接近ができない。つまり上半身のあまり酔ってない感じというのがテレローライフレックスの最短撮影距離なのである。そのための接写レンズが揃っていて、これはファインダーレンズと撮影レンズが一緒になっていて、扉のドアを開け閉めするようにワンタッチでレンズの前にかぶせることができる。

これがプロフェッショナルっぽくてかっこいいので私も持っていたけれども、私の撮影というのはほとんどインフィニティーで写真撮影するものだから、いじるも使った事はなかった。
56.
ユーザー
05t6a
ローライフレックスはワイドローライとテレローライの二台をメインに使っていて、標準レンズ付きのカメラは使ったことがない。これは2眼レフワークショップと言う本に中に掲載された写真である。

55ミリのレンズがついた。ワイドアングルローライフレックスがこの30年で1番使っているカメラだ。ただし昔のレンズ設計であるから、逆光で撮影するとゴーストが出やすいので注意が必要。

インドのデリーは別にそれをテーマで撮影しようと言うのではなくて、インドの本場のインドカレーがどれだけ辛いのかを調べに行ったのである。我々は外国人ツーリストであるから、最初の1日はパッケージツアーで到着すると代表的なインドカレーの店に車で連れていかれた。

そこで提供されたのはチキンカレーだけど、メニューで見ると我々ツーリストはノンベジタブルカレーが提供されているのである。つまり地元の人が食べているのは、ベジタリアンのカレーが普通であって、我々は別の外国人と言うわけだ。

オールドデリー駅の前に巨大な菩提樹の木があって、そこの下でインド哲学者みたいなおじいさんがでかい鍋をかき回している。カレー屋さんがある。お客さんはみんなしゃがみ込んで食べている。私は外人なので、店の人がその角の石ころの上に座れと言われた。外国人の特別待遇だな。その野菜カレーがうまいので、毎日そこに通っていて常連さんになった。

デリーの旧市街で素敵だなと思うのは、こういうものを売りのおっちゃんがなかなか品物の並べ方が天才的に上手であると言うことだ。バナナを積み重ねるのでも、なんとなく買いたくなる。

一番困ったのはアルコールを売っているところが少ないので、ホテルの人に聞いて買いに行った。以前はアルコール購入証明書と言うのを九段下のインド大使館で発行していると言うので、これは面白いから申請したらちょっと前にそういうシステムはやめになったと言うので、がっかりした
57.
ユーザー
9pfFK
いいね
58.
ユーザー
TbBnp
保守
59.
ユーザー
iYYPo
運用
60.
ユーザー
kg8AB
保守
61.
ユーザー
YJoNz
運用
62.
ユーザー
q9Tws
永井荷風の日記を見ていると、昭和10何年に、老来行動を手に入れているが、10日ほど経ってそれをローライフレックスに交換している。

その理由と言うのはおそらくレンズが必要だったから。それで1連の東京の花街の写真をローライフレックスで撮っているが、このシリーズが素晴らしい。

永井荷風は、1連の大衆小説で文化勲章をもらったが、私は写真家としてのキャリアを高く評価しているのだ。

このワンショットは、麻布の西洋館の日常生活が素晴らしい写真である。

以前から何か距離感が変だと思っていたのが、最近になって気がついたのは、ワインのボトルの大きさである。

700 CCのノーマルボトルと認識すると、室内のすべての距離感がびっくりハウスのインテリアみたいになってくる。これはハーフボトルであると言うことに。割と最近気がついた。

さすが長年のアメリカ、ヨーロッパ生活なので、暮らし方がモダン。