1987年、ジョージが当時山口冨士夫不在のためバンド活動を休止していたギタリスト、青木真一と呑んでいた時にバンド結成を持ちかけ、コックサッカーズではギターだったミヤオカをベースに、同じくコックサッカーズにも一時参加し、この時期活動休止していたフールズのドラマー、マーチンを誘いウィスキーズが結成された。 ウィスキーズのライブでは青木真一がタンブリングス時代にも演奏していた代表曲とも言える『フラフラ』、そして冨士夫の曲やカバーを交えてリードヴォーカルをとり、ジョージはオリジナルナンバーを書き下ろしリードヴォーカルを取った。ライブはいつも盛況で、バンド結成後間もなく4曲入りの7インチをリリース。それが今回初のリマスタリングで復刻される。それまでは山口冨士夫とのタンブリングスのライブでしか聴けなかった「フラフラ」にジョージによる書き下ろしのナンバーで、ジョージが現在活動するバンド『藻の月』のライブでも演奏されている「LAMES」、「Close Gains」を含めた4曲。そして未発表の87年4月、下北沢屋根裏のワンマンライブから7インチ未収録のジョージによるオリジナルナンバーを収録。そしてこの復刻プロジェクトを進めているまさにその時、青木真一宅から偶然87年1月、吉祥寺曼荼羅でのライブテープが発見され、その全曲をディスク2に収録している。青木は相棒の冨士夫のアルバム『ひまつぶし』から2曲、タンブリングス時代からカバーしていた「If You Need Me」などでヴォーカルを取り、ジョージは7インチの曲以外にも、それまでのバンドでは演奏したことがないオリジナルナンバーを披露しており、曲が進むにつれ強烈なグルーヴを増幅させていく当時のライブでしか体験できなかったウィスキーズの生々しいサウンドを余すところなく収録している。 マスタリングは青木真一が在籍した村八分や山口冨士夫のリマスタリングを手掛ける中村宗一郎(PEACE MUSIC)、そしてウィスキーズ~TEARDR OPSのマネージャーを努めた粕谷利昭による書き下ろしライナーを封入。初回限定特典にはディスク1に収録のワンマンライブ時の音源から山口冨士夫のカバーと青木がリードヴォーカルを取るウィルソンピケットの「In The Midnight Hour」を収録。
5かtalkかだな
これだよ、待ってたのは
<来歴>
4歳で福岡クラシック界の名門“福岡音楽学院”に入園、 幼少時からピアノ、声楽、(一時期バイオリン)を学ぶ。
中学高学年になると、フォーク。高校時代にはロックに夢中になるが、高校卒業を目前に再びクラシック音楽に目覚め、オペラ歌手を目指して上京、音大を目指すが断念!! 21歳、東芝レコードから演歌(打碁一代)で作曲家としてデビュー。その後、音楽家 故鈴木童夢氏に師事、シャンソン、カンツォ-ネ、タンゴ歌手に転身、憧れの銀パリのステージにも立つ。22歳、縁あって、昭和の大御所漫才【Wけんじ】の前座歌手になり、同時に弟子となる。しかし、突然の演歌を歌って欲しいとの要望に応える事が出来ず、Wけんじの許を離れるしかない事態に・・・しかしながら、喋りが得意だったこともあり、司会、漫談家に転身、昭和の大スター春日八郎の司会も務める。24歳、芸能界ではなかなか芽が出ないこと、シャンソンは、もっと年齢を重ねてからでも挑戦できる。そう判断し、一旦芸能界を退くことを決意する。上京当時から、どうしても馴染めない二つの食べ物があった。一つがうどん、そしてもう一つがラーメンであった。故郷の博多では見たこともなかった醤油ラーメンが東京では一般的なラーメン。 博多でラーメンといえば豚骨ラーメン。その豚骨ラーメンが、東京では影も形もないことに愕然としたのであった。芸能界を引退したものの何をやろう?元々、目立ちたがりの性格であった川原は・・どうせやるなら脚光を浴びることをやりたい!!・・・「東京には、本物の豚骨がない!!やっぱ博多もんの俺ががやらんといかん!!」「この店が成功したら有名になれるかもしれん」とラーメン店をやる事を決意!!昭和61年、なんでんかんでんの看板を掲げて、世田谷は環状7号線に開店させる。開店当時の新聞の取材に「この店が成功したならば、日本のラーメンは豚骨が主流になるだろう」と答えている。
事実、現在の日本のラーメンは豚骨が主流になっている。なんでんかんでんの知名度は、瞬く間に全国区となっていき、ラーメン通には常識となる超硬麺を表わす呼称【こな落とし】の命名、海苔に印刷する【プリントのり】の開発でも話題になり、環七通りは、なんでんかんでん渋滞と呼ばれるようになり、警察官が長期間に渡り常駐、交通整理をする程の事態に。
わずか13坪、住宅地、夜のみの営業にも拘わらず、一日の売り上げは120万を超える事も・・・年商3億円の店と騒がれる。この売り上げは未だどの店にも破られてないと言われている。なんでんかんでんの成功を機に全国にラーメン店を目指す若者が続出、本場博多からも東京に進出する店が相次ぎ、日本はラーメンブームへと突き進んで行く。なんでんかんでんの成功を機に、芸能界に復帰、歌手デビューも果たした。特に4年に渡り出演した【マネーの虎】(日本テレビ)は空前の大ヒット番組となり、一躍著名人の仲間入りをした。現在、タレント、歌手、俳優、講演会、接客セミナー講師、プロ催眠術師としても活躍中!!
2008年 事々一切感謝の大学【ありがとう大学】開校!! テレビ出演は、バラエティーを中心に2000回以上!!
2009年11月3日 文化の日 東久邇之宮文化褒賞を受賞。ありがとう大学理事長
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/p856426049
、ミヤオカ(自殺/コックサッカーズ/カノン/WAX)、マーチン(ルアーズ/SEX/SYZE/フールズetc)によるウィスキーズの唯一の音源だった7インチシングルのリマスター復刻に、奇跡的に発掘された完全未発表ライブ音源をプラス、僅か1年余りの活動で幕を閉じた生粋のロックンロールバンド、ウィスキーズの音源が36年の時を超えて遂に蘇る!
1987年、ジョージが当時山口冨士夫不在のためバンド活動を休止していたギタリスト、青木真一と呑んでいた時にバンド結成を持ちかけ、コックサッカーズではギターだったミヤオカをベースに、同じくコックサッカーズにも一時参加し、この時期活動休止していたフールズのドラマー、マーチンを誘いウィスキーズが結成された。
ウィスキーズのライブでは青木真一がタンブリングス時代にも演奏していた代表曲とも言える『フラフラ』、そして冨士夫の曲やカバーを交えてリードヴォーカルをとり、ジョージはオリジナルナンバーを書き下ろしリードヴォーカルを取った。ライブはいつも盛況で、バンド結成後間もなく4曲入りの7インチをリリース。それが今回初のリマスタリングで復刻される。それまでは山口冨士夫とのタンブリングスのライブでしか聴けなかった「フラフラ」にジョージによる書き下ろしのナンバーで、ジョージが現在活動するバンド『藻の月』のライブでも演奏されている「LAMES」、「Close Gains」を含めた4曲。そして未発表の87年4月、下北沢屋根裏のワンマンライブから7インチ未収録のジョージによるオリジナルナンバーを収録。そしてこの復刻プロジェクトを進めているまさにその時、青木真一宅から偶然87年1月、吉祥寺曼荼羅でのライブテープが発見され、その全曲をディスク2に収録している。青木は相棒の冨士夫のアルバム『ひまつぶし』から2曲、タンブリングス時代からカバーしていた「If You Need Me」などでヴォーカルを取り、ジョージは7インチの曲以外にも、それまでのバンドでは演奏したことがないオリジナルナンバーを披露しており、曲が進むにつれ強烈なグルーヴを増幅させていく当時のライブでしか体験できなかったウィスキーズの生々しいサウンドを余すところなく収録している。
マスタリングは青木真一が在籍した村八分や山口冨士夫のリマスタリングを手掛ける中村宗一郎(PEACE MUSIC)、そしてウィスキーズ~TEARDR
OPSのマネージャーを努めた粕谷利昭による書き下ろしライナーを封入。初回限定特典にはディスク1に収録のワンマンライブ時の音源から山口冨士夫のカバーと青木がリードヴォーカルを取るウィルソンピケットの「In The Midnight Hour」を収録。
シングル・リマスタリング&完全未発表ライブ
1.LAMES (from ?7シングル)
2.Throw Away (from ?7シングル)
3.フラフラ (from ?7シングル)
4.Close Gains (from ?7シングル)
5.Doctor?s Job (未発表ライブ)
6.もうしばらく (未発表ライブ)
7.ペイメント (未発表ライブ)
8.クラブカンボブギー (未発表ライブ)
(Disc 2)
完全未発表ライブ
1987年1月18日 吉祥寺曼荼羅
1.Doctor?s Job
2.LAMES
3.からかわないで
4.もうしばらく
5.If You Need Me
6.クラブカンボブギー
7.Throw Away
8.フラフラ
9.My Girl
10.Dance Vow
11.誰かおいらに
12.Close Gains
※初回限定特典付き
完全未発表ライブ2曲入りCDR
1.漂う
2.In The Midnight Hour
オリジナルよりスローテンポにしている楽曲が多い。
ミュージック・マガジンだか何かに、2頁でひっそりと記事が載っていた。
60年代のロックの世界は、麻薬の過剰摂取により死んだミュージシャンをヒーロー扱いするよな。
そろそろ、やめない?現代なら、単なる犯罪者扱いだよ。