【特集】迫った「1メートルの修理ミス」 圧力隔壁調査の担当者―日航機墜落40年アーカイブ最終更新 2025/08/05 17:321.朝一から閉店までφ ★???時事通信 社会部2025年08月04日07時02分配信 「たった1メートル4センチの修理ミスが、520人の命を奪った」―。12日で発生から40年となる日航ジャンボ機墜落事故について、運輸省航空事故調査委員会(当時)は機体後部の圧力隔壁の修理ミスが原因と結論付けた。事故調査官として隔壁を担当した斉藤孝一さん(80)が取材に応じ、当時を振り返った。 斉藤さんが航空機検査官として旧運輸省に入省したのは1964年。海外旅行が自由化され、70年には「ジャンボ」と呼ばれたボーイング747が就航し、大量輸送時代を迎えた。事故調に異動し、12人いる調査官の一員となって間もない85年8月、524人を乗せたジャンボ機が墜落した。 事故2日後に現場に入り、生存者がいたスゲノ沢へ。「あの光景は忘れられない」。おびただしい数の遺体の中を恐る恐る歩き、その日のうちに、事故調査の鍵となる操縦室内の音声記録と飛行記録装置を見つけた。 次に、当初事故原因と目された機体後部ドアを探したが、同月22日、現場に来た米国家運輸安全委員会の担当者が「圧力隔壁の修理に不備がある」と日本側に明かした。これで圧力隔壁に目が向き、「一片たりとも残さないよう」回収した。https://www.jiji.com/jc/article?k=2025080300135&g=soc2025/08/04 22:22:53
時事通信 社会部2025年08月04日07時02分配信
「たった1メートル4センチの修理ミスが、520人の命を奪った」―。12日で発生から40年となる日航ジャンボ機墜落事故について、
運輸省航空事故調査委員会(当時)は機体後部の圧力隔壁の修理ミスが原因と結論付けた。事故調査官として隔壁を担当した斉藤孝一さん(80)が取材に応じ、当時を振り返った。
斉藤さんが航空機検査官として旧運輸省に入省したのは1964年。海外旅行が自由化され、70年には「ジャンボ」と呼ばれたボーイング747が就航し、
大量輸送時代を迎えた。事故調に異動し、12人いる調査官の一員となって間もない85年8月、524人を乗せたジャンボ機が墜落した。
事故2日後に現場に入り、生存者がいたスゲノ沢へ。「あの光景は忘れられない」。おびただしい数の遺体の中を恐る恐る歩き、その日のうちに、事故調査の鍵となる操縦室内の音声記録と飛行記録装置を見つけた。
次に、当初事故原因と目された機体後部ドアを探したが、同月22日、現場に来た米国家運輸安全委員会の担当者が「圧力隔壁の修理に不備がある」と日本側に明かした。これで圧力隔壁に目が向き、「一片たりとも残さないよう」回収した。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025080300135&g=soc