72歳の仁科亜季子 4度のがん闘病回顧 38、46、55、62歳に手術「ない臓器がいっぱいなんです」アーカイブ最終更新 2025/08/25 21:121.朝一から閉店までφ ★???スポニチアネックス取材班[ 2025年8月22日 14:45 ] 女優の仁科亜季子(72)が22日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。がんとの闘いについて語った。 司会の黒柳徹子は仁科について「4度のがんを乗り越えて激動の人生を送ってらっしゃるのは皆さんご存知だと思いますけども。今、おばあちゃまとしては楽しい日々を過ごしていらっしゃるそうでございます」と紹介した。 最初にがんが判明したのは38歳の時。1人で子宮頸がんの告知を受けたと言い、「まさか私は38でしたし。そんながんという。私の父も母もそういうがん系ではなかったので、そんな病気になると思わなかったんですね」と仁科。 最初は「その部分だけちょっと切っちゃえばいいのかなって感じぐらい」と思ったが、6カ月ほどの入院になるかもしれないと言われ「初めて事の重大さに気がついて。自分の病気のことより、子供達当時8歳と6歳でしたから、いや、学校どうするの?って」と心配になったという。 その後元夫の松方弘樹さん(17年死去)と「離婚してしばらくして、粘膜下腫瘍っていう胃にあった腫瘍が悪性化していって、胃の3分の1とひ臓を取ったんです。それは46の時です」と胃がんになったと回顧。 「でこの時手術後に、食事が入らなくなって、(体重が)37キロ切っちゃったんですね。でもう血糖値がガッと下がって低血糖になると、震えがきて汗だくになって、もうフラフラになるんですけど」とも語り、「なので今でもブドウ糖のタブレットとか、チョコレートとか持っています」と低血糖にならないよう気をつけていると話した。 さらに黒柳が「55歳で盲腸と小腸のがん」と明かすと、仁科は「そうです。小腸のところの盲腸のあたりに何か違和感があるって言うんで、小腸の内視鏡みたいなの、胃カメラみたいなのをするんですけど何時間もかかるんですね。それでやっと分かったんですけれども。その前に腸閉塞なんかを何回か繰り返していたので、これだろうっていうことで。で、そこを手術していただいて。盲腸のところと小腸のところを」と証言した。 その後62歳で「大腸を」と続け、「それも3型っていうらしいんですけれども、粘膜から出ているところはちょっとだったんですけれど、下にこう富士山のように広がっている、あんまりたちのいいがんじゃなかったので。結局また開腹手術になって」と明言。 4度のがんは「もう全部開腹(手術)です」と話し、「もう子供達も慣れてしまっていて。まあそれが余り心配しているふうには見えないんですけれども。え、また?って、もうファスナーにしといたら?って冗談言うぐらい」と話して笑わせた。https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2025/08/22/kiji/20250822s00041000146000c.html?page=12025/08/25 06:14:1327すべて|最新の50件
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スポニチアネックス取材班
[ 2025年8月22日 14:45 ]
女優の仁科亜季子(72)が22日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。がんとの闘いについて語った。
司会の黒柳徹子は仁科について「4度のがんを乗り越えて激動の人生を送ってらっしゃるのは皆さんご存知だと思いますけども。今、おばあちゃまとしては楽しい日々を過ごしていらっしゃるそうでございます」と紹介した。
最初にがんが判明したのは38歳の時。1人で子宮頸がんの告知を受けたと言い、「まさか私は38でしたし。そんながんという。私の父も母もそういうがん系ではなかったので、そんな病気になると思わなかったんですね」と仁科。
最初は「その部分だけちょっと切っちゃえばいいのかなって感じぐらい」と思ったが、6カ月ほどの入院になるかもしれないと言われ「初めて事の重大さに気がついて。自分の病気のことより、子供達当時8歳と6歳でしたから、いや、学校どうするの?って」と心配になったという。
その後元夫の松方弘樹さん(17年死去)と「離婚してしばらくして、粘膜下腫瘍っていう胃にあった腫瘍が悪性化していって、胃の3分の1とひ臓を取ったんです。それは46の時です」と胃がんになったと回顧。
「でこの時手術後に、食事が入らなくなって、(体重が)37キロ切っちゃったんですね。でもう血糖値がガッと下がって低血糖になると、震えがきて汗だくになって、もうフラフラになるんですけど」とも語り、「なので今でもブドウ糖のタブレットとか、チョコレートとか持っています」と低血糖にならないよう気をつけていると話した。
さらに黒柳が「55歳で盲腸と小腸のがん」と明かすと、仁科は「そうです。小腸のところの盲腸のあたりに何か違和感があるって言うんで、小腸の内視鏡みたいなの、胃カメラみたいなのをするんですけど何時間もかかるんですね。それでやっと分かったんですけれども。その前に腸閉塞なんかを何回か繰り返していたので、これだろうっていうことで。で、そこを手術していただいて。盲腸のところと小腸のところを」と証言した。
その後62歳で「大腸を」と続け、「それも3型っていうらしいんですけれども、粘膜から出ているところはちょっとだったんですけれど、下にこう富士山のように広がっている、あんまりたちのいいがんじゃなかったので。結局また開腹手術になって」と明言。
4度のがんは「もう全部開腹(手術)です」と話し、「もう子供達も慣れてしまっていて。まあそれが余り心配しているふうには見えないんですけれども。え、また?って、もうファスナーにしといたら?って冗談言うぐらい」と話して笑わせた。
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