渡邉恒雄氏が日本共産党を離党した理由をマスコミが言わない 何故?アーカイブ最終更新 2024/12/20 08:451.番組の途中ですが転載は禁止ですEMq1K参考 「左翼の力が頂点に達した昭和22(1947)年の2.1ストのとき、私たち学生党員はある劇場の楽屋に集められた。そこで党の中央委員が『君たちの任務は電源爆破だ。電源が爆破されれば、この先5年は暗黒になり人民が飢える。人民が飢えれば革命が起きる』と演説した。 「キャサリン台風が甚大な被害をもたらした直後、たまたま党本部にいると徳田球一書記長が被害の報告を受けていた。徳球は『しめた』と手を打ち『これは天与の革命のチャンスだ』と言う。人民が飢えると革命が起きるから飢えを作れ、飢えを喜べという論理の粗末さに呆然とした。http://www.takeuchi-yuzuru.com/opi_070209.html「共産党本部の玄関を入ったところに大きなビラが貼ってあって、『党員は軍隊的鉄の規律を厳守せよ』と書いてあるの。俺は軍隊が嫌いだからやってきたのに、共産党も軍隊かと思ったね。ものすごい台風〔1947(昭和22)年発生のカスリーン台風〕が来たの。相当被害を受けて、多くの人が死ぬんですよ(※5)。そういう時に党の東大細胞の会議があって、そこに中央委員が来て演説する。『もし全国民がこういう災害で飢えれば、人民は目が覚める。共産主義者になる。人民の目を覚まさせて共産主義にするのには、人民が飢えたときでなくては駄目なんだ』と。 未だに疑問に思っているが、『変電所のスイッチを切って、全国停電を起こす。日本中が暗黒になる。食うものもなくなったとき、初めて飢え、餓えた人民は体制打倒のために立ち上がる。それが必要だ』と言うんだな。それで『共産党を出なきゃいかん。中にいたんじゃどうにもならん』と思ってね、脱党を決意したね」https://bunshun.jp/articles/-/60072
「左翼の力が頂点に達した昭和22(1947)年の2.1ストのとき、私たち学生党員はある劇場の楽屋に集められた。そこで党の中央委員が『君たちの任務は電源爆破だ。電源が爆破されれば、この先5年は暗黒になり人民が飢える。人民が飢えれば革命が起きる』と演説した。
「キャサリン台風が甚大な被害をもたらした直後、たまたま党本部にいると徳田球一書記長が被害の報告を受けていた。徳球は『しめた』と手を打ち『これは天与の革命のチャンスだ』と言う。人民が飢えると革命が起きるから飢えを作れ、飢えを喜べという論理の粗末さに呆然とした。
http://www.takeuchi-yuzuru.com/opi_070209.html
「共産党本部の玄関を入ったところに大きなビラが貼ってあって、『党員は軍隊的鉄の規律を厳守せよ』と書いてあるの。俺は軍隊が嫌いだからやってきたのに、共産党も軍隊かと思ったね。ものすごい台風〔1947(昭和22)年発生のカスリーン台風〕が来たの。相当被害を受けて、多くの人が死ぬんですよ(※5)。そういう時に党の東大細胞の会議があって、そこに中央委員が来て演説する。
『もし全国民がこういう災害で飢えれば、人民は目が覚める。共産主義者になる。人民の目を覚まさせて共産主義にするのには、人民が飢えたときでなくては駄目なんだ』と。
未だに疑問に思っているが、『変電所のスイッチを切って、全国停電を起こす。日本中が暗黒になる。食うものもなくなったとき、初めて飢え、餓えた人民は体制打倒のために立ち上がる。それが必要だ』と言うんだな。それで『共産党を出なきゃいかん。中にいたんじゃどうにもならん』と思ってね、脱党を決意したね」
https://bunshun.jp/articles/-/60072