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一杯のラーメンを食べに銀座に行く。創業７０年を迎える「共楽」は、そんなささやかな目的を満足させてくれる。１９５６年創業の店は、３代目店主の中野和彦さん（３９）が自家製麺での提供を始め、さらなる繁盛店へと飛躍した。師走の銀座をそぞろ歩き、行列の絶えない店を訪れた。
銀座は大人の街である。ただ歩いているだけでそう感じさせる。クリスマスに向けたイルミネーションが薄暮の街に彩りを添える。JR有楽町駅から徒歩約５分。銀座マロニエ通りに入り、銀座２丁目交差点を越え、さらに進んでいくと店はある。閉店時間の午後５時半前。外にはまだ数人の客が並んでいた。近くのカフェでコーヒーを飲んでから舞い戻り、入店した。
カウンターから見える丁寧な仕事
「ようこそいらっしゃいました」。和彦さんの母、きよ子さん（７１）の満面の笑顔で迎えられた。メニューはどれも中華そば（８５０円）が基本となる。ワンタンメンやチャーシューメンなど、ほかのメニューはトッピングによって異なるだけだ。「自家製ワンタンやチャーシューも食べたい」と伝えると、きよ子さんが「じゃあこれね」と、券売機のチャーシューワンタンメン（１３５０円）のボタンを教えてくれ、購入した。
カウンター８席とテーブル２卓のこじんまりした店内。カウンター越しの厨ちゅう房ぼうで、和彦さんはワンタンの皮に肉餡あんを詰めるところから始めた。一つ一つが丁寧な手作業なのだ。
完成してカウンターに置かれた中華そばは、シンプルで美しい。クリアな醤しょう油ゆ系スープは、いかにも中華そばのたたずまいであり、昭和の懐かしさを感じさせる。スープの口当たりは、まろやかだ。「レシピは、初代からの企業秘密なので教えられないのです」と、和彦さんが申し訳なさそうに話した。教えられなくても、丁寧な仕事ぶりが伝わってくる味だ。
中太の自家製麺がすすりやすい秘密
感動したのは、中太の自家製麺だった。そばのようにのどごしがいい。軟らかさもちょうどよくて、つるつるっと食べられる。和彦さんは、「昔から『うどん一尺、そば八寸』と言われるじゃないですか。うちの麺は八寸、つまりそばと同じ約２４センチなんです。これは、僕が手のひらを広げた時の長さと同じなんですよ」と話した。一般のラーメンの麺より短い。だからすすりやすい。しかも、麺をすするのが苦手な外国人にも人気だという。
店の営業時間が短いのは、夜間にこの麺を少し離れた場所でつくっているためだ。夜につくった麺を一晩寝かせてから提供している。
自家製ワンタンも皮がつるつるしていておいしいし、豚もも肉のチャーシューも優しい味だ。自家製メンマは麺と一緒に食べられ、ほんのりとした醤油のいい味わいを出している。メンマは、乾燥タケノコを水で戻し、５日ほどかけてつくられるという。水分を含むと平べったく、大きくなるため、麺と一緒に食べやすいように細くカットしている。和彦さんが、「乾燥を戻してメンマをつくっているところは珍しいと思います」と言って、大きな袋に入った調理前のタケノコを見せてくれた。
全体的にまろやかさと優しさ、懐かしさを感じさせてくれるバランスのいい中華そばだ。銀座でこの中華そばをさっと食べ、寡黙に立ち去るかっこいい男になりたいものだと思った。
初代の太一郎さんが屋台から始めて、銀座２丁目に共楽を構えたのは、１９５６年。「もはや戦後ではない」と経済白書がうたったフレーズが流行語になった年である。太一郎さんは、１９９９年に８９歳で他界。２代目の喜久雄さん（７７）が店を継いだ。
３代目の和彦さんは高校卒業後、調理師学校に進み、中華料理店で働いた。「小さい頃から食べることが好きだったんです」と和彦さん。働き始めて５、６年がたった頃、喜久雄さんから「疲れてきたので店を手伝ってほしい」と言われた。ちょうど仕事が楽しくなってきた頃だった和彦さんは悩んだ末、店を継ぐことを決心した。
その後、入居するビルが建て替えられることになり、２０１６年から３年半、休業した。和彦さんはその間、ほかのラーメン店で修業し、自家製麺の技術を学んだ。１９年に新しくなったビルで店を再開すると同時に、それまで製麺所から仕入れていた麺を自家製麺に切り替えたところ、「おいしい」と評判になった。
常連さんやインバウンドの外国人らで行列の絶えない店は今、和彦さんを中心に切り盛りし、ベテランスタッフが支え、喜久雄さんときよ子さんも短い時間ながら毎日手伝っている。
「２５歳で嫁に来ましたが、私より古い常連さんもいます」。きよ子さんが話した。「店名は、『お客さんとともに楽しむ』という初代の気持ちが込められています。銀座は移り変わっても、感謝の気持ちを忘れず、お客さんと長く楽しんでいきたいです」
和彦さんは創業７０年を前に、「まじめにこつこつと目の前のことをやっていくだけです。その先に創業１００年もあるのだと思います」とはにかんだ。
要するに、「共楽」は銀座で三代続く中華そば専門店で、伝統と工夫を重ねた自家製麺と
丁寧な仕事が人々を惹きつけ、70年の歴史を刻みながら未来へ歩んでいる、という物語です。