【ヨーガ】 インドの瞑想宗教 【ヴェーダンタ】 Part3アーカイブ最終更新 2026/08/04 10:331.◆JBLfMwCXhYsI8DD哲学と宗教の本場インドの教えを学ぼう前スレ【ラマナ・マハルシ】インドの宗教哲人【ラーマクリシュナ】https://talk.jp/boards/psy/1689489209【ヨーガ】 インドの瞑想宗教 【ヴェーダンタ】 Part2https://talk.jp/boards/psy/1775372308【シヴァ】ヒンドゥー教の神々【ヴィシュヌ】https://talk.jp/boards/psy/16913599002026/07/15 13:49:301000すべて|最新の50件953.◆JBLfMwCXhY0x6loさらに釈迦は、この有愛の背後には**無明(avijja)**があると説きました。十二縁起では、究極的な出発点は無明であり、無明から行が生じ、やがて渇愛・取・有を経て生老病死へと至ります。したがって、宮元氏の解釈は、ヤージュニャヴァルキヤ:欲望が輪廻の原因である。釈迦:欲望の中でも特に「存在し続けたい」という有愛を深く分析し、そのさらに根底に無明を見いだした。という形で、両者の違いを説明していると理解できます。この見方に立てば、釈迦の革新性は**「欲望を否定したこと」ではなく、「欲望の構造をより深く分析したこと」**にあった、ということになります。これはインド思想史の中で釈迦を位置づける一つの有力な解釈と言えるでしょう。2026/08/04 06:16:20954.◆JBLfMwCXhY0x6loプロンプト:かつては「生まれ変わるなら、身体能力の高いスポーツマンな身体に生まれたい 」とか「生まれ変わったら、今度は数学や物理学に強い理系人間になりたい」とか、よく考えたものだ(笑)2026/08/04 06:20:20955.◆JBLfMwCXhY0x6loチャットGPT:それは、多くの人が一度は考えることですね(笑)。「次は運動神経抜群の体に生まれたい」「今度は数学や物理がスラスラ分かる頭脳がほしい」 というのは、今の自分にない能力への憧れです。興味深いのは、仏教の立場では、そうした願いそのものが「有(存在)への渇愛」の一種と分析される点です。つまり、「もっと優れた身体で存在したい」「もっと優れた知性を持つ自分になりたい」という「こうありたい」という欲求が、輪廻を支える原因の一つになるという見方です。2026/08/04 06:21:46956.◆JBLfMwCXhY0x6loあなたは最近、ヤージュニャヴァルキヤと釈迦の違いについて話していましたが、この例はまさにその話につながります。ヤージュニャヴァルキヤなら、「欲望を離れれば輪廻を超えられる」と言うでしょう。 一方、釈迦はさらに一歩進めて、「『より良い自分として存在したい』という根本的な渇愛そのもの」まで見抜こうとしました。昔は「次はスポーツマンに」「次は理系人間に」と考えていたとしても、そうした願望を客観的に眺められるようになること自体が、仏教的には一つの変化と言えるかもしれません。2026/08/04 06:21:56957.◆JBLfMwCXhY0x6loプロンプト:体力抜群な人間を見ると、「あんな身体で生きる人生は、さぞかし面白いだろうな」と思ったものだ三島由紀夫は、そう思っただけでなく、実際にボディビルディングで猛烈に身体を鍛えただが、その代わりに、文学・歴史・哲学が理解できない人になったんじゃ、人生がつまらない(笑)2026/08/04 06:35:33958.◆JBLfMwCXhY0x6loチャットGPT:その気持ちは分かります(笑)。身体能力が高い人を見ると、 「自分もあんな身体だったら、人生の景色が違って見えるんだろうな」 と思うことはあります。一方で、あなたが最後に言った点も重要です。三島由紀夫は、もともと病弱で華奢な体格でしたが、30代から徹底的な筋力トレーニングを始め、「知性だけでなく肉体も鍛える」という理想を追求しました。2026/08/04 06:36:37959.◆JBLfMwCXhY0x6loただ、現実には「身体能力が高い人=文学や哲学が分からない」というわけではありません。実際には、優れたスポーツ選手で知的関心の深い人もいます。逆に、学者でも体力づくりに熱心な人はいます。能力にはある程度の個人差や時間の制約はありますが、必ずしもゼロサムではありません。とはいえ、人生には時間が限られているので、何かを極めれば別のものに割く時間は減ります。三島は、その両方を極限まで追い求めた、かなり稀有な例でしょう。文学で頂点を目指しながら、肉体美も追求し、最後はその思想を自らの生き方で表現しようとしました。あなたの話は、「もし生まれ変わるなら別の才能を」という発想から、さらに一歩進んで、 「しかし、今の自分が大切にしている知的な世界を失うのも惜しい」 という気づきですね。結局、人は「ないものねだり」をしがちですが、自分がすでに持っている資質にも、それなりの価値があるということなのかもしれません。2026/08/04 06:36:47960.◆JBLfMwCXhY0x6loプロンプト:確かに、世間には、本当に優秀な人たちがいる理系科目も文系科目も、両方ともブッ飛んだレベルでできる人「天性の営業マン」というような外向型キャラでありながら、学力抜群の秀才でもある人そんな人を何人も見てきた世の中全体から見ると少ないが2026/08/04 06:38:12961.◆JBLfMwCXhY0x6loチャットGPT:いますね。しかも、そういう人を見ると「能力の配分が違う」と感じることがあります。多くの人は、ある程度は得意分野が偏ります。数学・物理は得意だが、文章表現は苦手文学・歴史は得意だが、数理処理は苦手頭は良いが、人付き合いは苦手営業力は抜群だが、学問的な深掘りは苦手というように、能力の「山」がどこかにあります。しかし、ごく少数ですが、数学や物理を高速で理解する歴史や哲学の文脈も読める人とのコミュニケーション能力も高い行動力もあるというタイプがいます。昔から「万能型の秀才」と呼ばれるような人たちですね。2026/08/04 06:39:02962.◆JBLfMwCXhY0x6lo例えば、歴史上でも、文系・理系という区分を超えて活動した人はいます。レオナルド・ダ・ヴィンチなどは典型で、芸術家でありながら工学・解剖学・自然科学にも深い関心を持っていました。ただ、面白いのは、そういう人たちも「すべてが努力なしにできる」わけではないことです。生まれつきの認知能力、好奇心、性格、環境、努力が複合している。また、「天性の営業マンで学力も高い」というタイプは、単なる知能だけでは説明できません。人間理解、反応の速さ、社交性、度胸など、別系統の能力が組み合わさっています。仏教的な見方を少し入れると、これは「人間はそれぞれ異なる業(カルマ)の結果として、異なる能力配置を持って生まれる」という古代インド的な発想にもつながります。ただし釈迦は、能力の差そのものよりも、「その能力を持った自分」にどう執着するかを問題にしたでしょう。能力が高い人ほど、「自分はできる」という自己像を強く持つ危険もありますし、逆に能力に恵まれない人ほど劣等感に苦しむ。だから仏教では、才能の有無よりも、その才能や欠点をどう扱うかのほうを重視した、と見ることができます。2026/08/04 06:39:22963.神も仏も名無しさんnbL7B俺は神仏霊能力?は天才レベルだが天才を誇るジャンルには無関心😀仕事の日々の工夫をしているとホント妙心寺開山の言いなりになってるな😀2026/08/04 06:41:47964.神も仏も名無しさんnbL7B天才誇るジャンルは娯楽本業でない😀2026/08/04 06:42:15965.◆JBLfMwCXhY0x6loプロンプト:昔から、よく思うのだがレオナルド・ダ・ビンチは「万能の天才」だというけれど、基本的に「画家」ではなかったかと思う美術、絵描きとしては本物の天才だった「画家でありながら、解剖学にも通じていた」というが、絵がうまいから、解剖図を描くのも上手かった「機械工学にも強かった」というが、これまた、絵が上手いから未来の乗り物の想像図とかを描けた「政治家・外交官としても活躍した」というが、高名な画家だから、外交官としてどこに赴任しても、社交の花形になった・・・というのが、実態なのではないか?2026/08/04 06:44:11966.神も仏も名無しさんnbL7B西欧哲学の理解スピードは平凡より少しマシJBLより理解スピードは10倍遅い自信はある家に本はたくさんあるが理解して極めようとしたことがない関心あるジャンル以外は😀2026/08/04 06:44:26967.◆JBLfMwCXhY0x6loチャットGPT:これはかなり鋭い見方です。「レオナルド・ダ・ヴィンチ=万能の天才」という表現は、近代になってかなり強調された面があります。実際のレオナルドを分析すると、あなたの言うように中心軸は画家・芸術家だったと言えます。ただし、少し補足すると、単に「絵がうまかったから他分野もできた」というだけではなく、当時の「画家」という職業自体が、現代のイメージより広いものでした。ルネサンス期の画家は、単なる職人ではなく、遠近法(幾何学)光と影の研究(自然哲学)人体比例の研究(解剖学)建築・舞台装置軍事技術の図面作成などを含む「視覚的な知の専門家」でした。例えば解剖学について言えば、レオナルドが残した人体解剖図は、単に「絵が上手いから描けた」だけではなく、実際に人体を解剖し、筋肉・骨格・臓器の構造をかなり正確に観察しています。これは当時としては非常に高度でした。2026/08/04 06:44:51968.◆JBLfMwCXhY0x6lo一方で、あなたの指摘する部分も重要です。彼はニュートンやガリレオのような意味での「科学者」ではありません。機械のアイデアも多く残しましたが、近代工学の体系を作ったわけではない。「飛行機の設計者」 「ロボット工学者」 のように現代的な職業分類で見ると、少し誤解が生じます。また、外交官的な役割についても、まさにあなたの言う通りで、ルネサンス宮廷では一流芸術家は単なる職人ではなく、文化的スターでした。君主にとって有名画家を抱えることは権威の象徴でしたから、レオナルドの社交的価値は非常に高かった。つまり整理すると、レオナルドは「何でも専門家だった人」ではなく、 「卓越した画家の視覚能力と観察力が、当時のあらゆる知的分野へ拡張された人」と見るほうが実像に近いと思います。これは実は、現代の「万能の天才」のイメージを考える上で面白い点です。本当に、数学オリンピック級ノーベル賞級の物理学芸術家としても超一流政治家としても成功という意味で全部が突出した人は、ほとんど存在しません。レオナルドの特殊性は「全部で一番だった」ことより、一つの巨大な才能(視覚的想像力)が、当時の知の全領域を横断できた時代に生きたことにある、と言えるでしょう。2026/08/04 06:45:12969.◆JBLfMwCXhY0x6lo>>963過去世で山岳修行をさんざんやったなら、そうなっても不思議はない2026/08/04 06:45:40970.神も仏も名無しさんnbL7Bヘビーな渇愛はハッスル、ムイムイ、デンパパにみられる😀2026/08/04 06:46:22971.神も仏も名無しさんnbL7B>>969たぶん、この超能力はニンマ派だろうなテルトン、テルマだ図書館で臨済宗の高僧に本を通じてちょっかいしにきたのはワロタ墓参りするまでの付き合いになった😀2026/08/04 06:48:32972.神も仏も名無しさんnbL7B西欧哲学苦手なのはお勉強が嫌い気味のニンマ派気質だ😀2026/08/04 06:49:57973.神も仏も名無しさんnbL7Bヒマラヤの山岳に埋められた教えばっかり掘ってたんじゃね?宗教施設でないのに写真と文字だけでゲットドハマりするなんてクレイジー過ぎるからなー😀2026/08/04 06:51:19974.神も仏も名無しさんnbL7B玄奘三蔵当人にもニンマ派みたいな少し能力があったらしいとある場所でかなりの時間の仏の像の姿が現れたらしい玄奘三蔵より俺は邪心多いので1秒程度た家で😀2026/08/04 06:53:08975.◆JBLfMwCXhY0x6lo前世はチベット密教僧だな😆2026/08/04 06:53:54976.神も仏も名無しさんnbL7Bだが能力をチベット密教にまったく向いていない普通の生活がてきなくなる😀2026/08/04 06:59:35977.◆JBLfMwCXhY0x6lo日常生活との両立が難しそうだな😂2026/08/04 07:01:40978.神も仏も名無しさんnbL7Bチベット禅定快楽深すぎてアタマ使う仕事には向いていないチベット密教の本尊は男女仏合体しとるから、そりゃ快楽深すぎて世捨て人になるわー😀2026/08/04 07:08:29979.神も仏も名無しさんnbL7B疲労回復力はチベットはかなりレベルが高いけどなー今や臨済宗禅だけでコンプしとるので肉体の疲労などの管理部分は判断力と工夫でカバーする😀2026/08/04 07:10:14980.神も仏も名無しさんnbL7B一昨日ゲットした霊力は肉体使用は上手そうだけど純粋に仕事では使わない臨済宗禅の閃きの良いヒントになるかぐらい😀2026/08/04 07:12:23981.◆JBLfMwCXhYGlIXh次スレ【ヨーガ】 インドの瞑想宗教 【ヴェーダンタ】 Part4https://talk.jp/boards/psy/17857982942026/08/04 08:05:31982.神も仏も名無しさんWkoro暑さのせいで朝カレー食った後は涼む時間ご必要だぜ😀2026/08/04 08:07:14983.神も仏も名無しさんWkoroヒンズー熱ホットだな俺は近所神社の神仏習合を探るブーム次の土曜日はキリスト教研究かもしれん😀2026/08/04 08:09:19984.◆JBLfMwCXhYGlIXh古今東西の地球人類の思想史ほとんど解ってるつもりでいたがラーマーヌジャなマドヴァを知らんかったのが、ショック😅2026/08/04 08:13:02985.◆JBLfMwCXhYGlIXhしばらくは、落ち着くまで続く2026/08/04 08:13:16986.神も仏も名無しさんWkoroマドヴァあたりは記憶に残ってないな😀2026/08/04 08:21:43987.神も仏も名無しさんWkoroヒンズー教は神秘主義としてはおもしろい日曜日ゲットしたのはほぼヒンズー教のノリJBLがヨダレ垂らすゾーンだ😀2026/08/04 08:22:37988.神も仏も名無しさんWkoro臨済宗禅に転用利用してグレード上げたむろん神秘主義ゼロで😀2026/08/04 08:23:21989.神も仏も名無しさんWkoro臨済宗は曹洞宗に無い四料ケンがあるあれの奥底は言語設定不能で無限にあるらしい閃き転用できるくらいに日常生活で使いこなす😀2026/08/04 08:24:45990.神も仏も名無しさんWkoro新朝回復系システムとして試して坐禅やった、さっき😀2026/08/04 08:25:49991.神も仏も名無しさんWkoro新システムとかは日常生活における脳汁と判断力だ😀2026/08/04 08:26:59992.神も仏も名無しさんWkoro脳汁の匙加減しているむろん言語化不能😀2026/08/04 08:27:48993.神も仏も名無しさんWkoro唯識的言えば五感五識と脳汁と判断力😀2026/08/04 08:28:38994.神も仏も名無しさんWkoro休日のダルさもこの万能坐禅で一発解決だが宗教研究やりたいのでやらない仕事前日の昼くらいに微調整するくらい😀2026/08/04 08:30:22995.◆JBLfMwCXhYmOZC5ヒンドゥー教ブームはまだ続く2026/08/04 10:32:02996.◆JBLfMwCXhYmOZC5個人的には、仏教vsヒンドゥー教というより2026/08/04 10:32:20997.◆JBLfMwCXhYmOZC5中観派 vs 唯識派 vs ヴェーダンタ派 vs バクティ派だ2026/08/04 10:33:02998.◆JBLfMwCXhYmOZC5それぞれ、宗派や学派による違いが大きすぎる2026/08/04 10:33:34999.◆JBLfMwCXhYmOZC5南無阿弥陀仏2026/08/04 10:33:441000.◆JBLfMwCXhYmOZC510002026/08/04 10:33:571001.Talk ★???このスレッドはコメントが1000件を超えました。新しいスレッドを立ててください。2026/08/04 10:33:571002.Talk 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インドの教えを学ぼう
前スレ
【ラマナ・マハルシ】インドの宗教哲人【ラーマクリシュナ】
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【ヨーガ】 インドの瞑想宗教 【ヴェーダンタ】 Part2
https://talk.jp/boards/psy/1775372308
【シヴァ】ヒンドゥー教の神々【ヴィシュヌ】
https://talk.jp/boards/psy/1691359900
十二縁起では、究極的な出発点は無明であり、
無明から行が生じ、やがて渇愛・取・有を経て生老病死へと至ります。
したがって、宮元氏の解釈は、
ヤージュニャヴァルキヤ:欲望が輪廻の原因である。
釈迦:欲望の中でも特に「存在し続けたい」という有愛を深く分析し、
そのさらに根底に無明を見いだした。
という形で、両者の違いを説明していると理解できます。
この見方に立てば、釈迦の革新性は**「欲望を否定したこと」ではなく、「欲望の構造をより深く分析したこと」**にあった、ということになります。これはインド思想史の中で釈迦を位置づける一つの有力な解釈と言えるでしょう。
かつては
「生まれ変わるなら、身体能力の高いスポーツマンな身体に生まれたい 」とか
「生まれ変わったら、今度は数学や物理学に強い理系人間になりたい」
とか、よく考えたものだ(笑)
それは、多くの人が一度は考えることですね(笑)。
「次は運動神経抜群の体に生まれたい」
「今度は数学や物理がスラスラ分かる頭脳がほしい」
というのは、今の自分にない能力への憧れです。
興味深いのは、仏教の立場では、そうした願いそのものが「有(存在)への渇愛」の一種と分析される点です。
つまり、
「もっと優れた身体で存在したい」
「もっと優れた知性を持つ自分になりたい」
という「こうありたい」という欲求が、
輪廻を支える原因の一つになるという見方です。
ヤージュニャヴァルキヤと釈迦の違いについて話していましたが、
この例はまさにその話につながります。
ヤージュニャヴァルキヤなら、
「欲望を離れれば輪廻を超えられる」と言うでしょう。
一方、釈迦はさらに一歩進めて、
「『より良い自分として存在したい』という根本的な渇愛そのもの」
まで見抜こうとしました。
昔は「次はスポーツマンに」「次は理系人間に」と考えていたとしても、
そうした願望を客観的に眺められるようになること自体が、
仏教的には一つの変化と言えるかもしれません。
体力抜群な人間を見ると、「あんな身体で生きる人生は、さぞかし面白いだろうな」と思ったものだ
三島由紀夫は、そう思っただけでなく、実際にボディビルディングで猛烈に身体を鍛えた
だが、その代わりに、文学・歴史・哲学が理解できない人になったんじゃ、人生がつまらない(笑)
その気持ちは分かります(笑)。
身体能力が高い人を見ると、 「自分もあんな身体だったら、人生の景色が違って見えるんだろうな」 と思うことはあります。
一方で、あなたが最後に言った点も重要です。
三島由紀夫は、もともと病弱で華奢な体格でしたが、30代から徹底的な筋力トレーニングを始め、「知性だけでなく肉体も鍛える」という理想を追求しました。
実際には、
優れたスポーツ選手で知的関心の深い人もいます。
逆に、学者でも体力づくりに熱心な人はいます。
能力にはある程度の個人差や時間の制約はありますが、必ずしもゼロサムではありません。
とはいえ、人生には時間が限られているので、何かを極めれば別のものに割く時間は減ります。
三島は、その両方を極限まで追い求めた、かなり稀有な例でしょう。文学で頂点を目指しながら、肉体美も追求し、最後はその思想を自らの生き方で表現しようとしました。
あなたの話は、「もし生まれ変わるなら別の才能を」という発想から、さらに一歩進んで、 「しかし、今の自分が大切にしている知的な世界を失うのも惜しい」 という気づきですね。
結局、人は「ないものねだり」をしがちですが、自分がすでに持っている資質にも、それなりの価値があるということなのかもしれません。
確かに、世間には、本当に優秀な人たちがいる
理系科目も文系科目も、両方ともブッ飛んだレベルでできる人
「天性の営業マン」というような外向型キャラでありながら、学力抜群の秀才でもある人
そんな人を何人も見てきた
世の中全体から見ると少ないが
いますね。しかも、そういう人を見ると「能力の配分が違う」と感じることがあります。
多くの人は、ある程度は得意分野が偏ります。
数学・物理は得意だが、文章表現は苦手
文学・歴史は得意だが、数理処理は苦手
頭は良いが、人付き合いは苦手
営業力は抜群だが、学問的な深掘りは苦手
というように、能力の「山」がどこかにあります。
しかし、ごく少数ですが、
数学や物理を高速で理解する
歴史や哲学の文脈も読める
人とのコミュニケーション能力も高い
行動力もある
というタイプがいます。
昔から「万能型の秀才」と呼ばれるような人たちですね。
ただ、面白いのは、そういう人たちも「すべてが努力なしにできる」わけではないことです。生まれつきの認知能力、好奇心、性格、環境、努力が複合している。
また、「天性の営業マンで学力も高い」というタイプは、単なる知能だけでは説明できません。人間理解、反応の速さ、社交性、度胸など、別系統の能力が組み合わさっています。
仏教的な見方を少し入れると、これは「人間はそれぞれ異なる業(カルマ)の結果として、異なる能力配置を持って生まれる」という古代インド的な発想にもつながります。
ただし釈迦は、能力の差そのものよりも、「その能力を持った自分」にどう執着するかを問題にしたでしょう。
能力が高い人ほど、「自分はできる」という自己像を強く持つ危険もありますし、逆に能力に恵まれない人ほど劣等感に苦しむ。
だから仏教では、才能の有無よりも、その才能や欠点をどう扱うかのほうを重視した、と見ることができます。
は天才レベルだが
天才を誇るジャンルには無関心
😀
仕事の日々の工夫をしていると
ホント妙心寺開山の言いなりになってるな
😀
😀
昔から、よく思うのだが
レオナルド・ダ・ビンチは「万能の天才」だというけれど、
基本的に「画家」ではなかったかと思う
美術、絵描きとしては本物の天才だった
「画家でありながら、解剖学にも通じていた」というが、絵がうまいから、解剖図を描くのも上手かった
「機械工学にも強かった」というが、これまた、絵が上手いから未来の乗り物の想像図とかを描けた
「政治家・外交官としても活躍した」というが、高名な画家だから、外交官としてどこに赴任しても、社交の花形になった
・・・というのが、実態なのではないか?
平凡より少しマシ
JBLより理解スピードは10倍遅い自信はある家に本はたくさんあるが
理解して極めようとしたことがない
関心あるジャンル以外は
😀
これはかなり鋭い見方です。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ=万能の天才」という表現は、近代になってかなり強調された面があります。実際のレオナルドを分析すると、あなたの言うように中心軸は画家・芸術家だったと言えます。
ただし、少し補足すると、単に「絵がうまかったから他分野もできた」というだけではなく、当時の「画家」という職業自体が、現代のイメージより広いものでした。
ルネサンス期の画家は、単なる職人ではなく、
遠近法(幾何学)
光と影の研究(自然哲学)
人体比例の研究(解剖学)
建築・舞台装置
軍事技術の図面作成
などを含む「視覚的な知の専門家」でした。
例えば解剖学について言えば、レオナルドが残した人体解剖図は、単に「絵が上手いから描けた」だけではなく、実際に人体を解剖し、筋肉・骨格・臓器の構造をかなり正確に観察しています。これは当時としては非常に高度でした。
彼はニュートンやガリレオのような意味での「科学者」ではありません。機械のアイデアも多く残しましたが、近代工学の体系を作ったわけではない。
「飛行機の設計者」 「ロボット工学者」 のように現代的な職業分類で見ると、少し誤解が生じます。
また、外交官的な役割についても、まさにあなたの言う通りで、ルネサンス宮廷では一流芸術家は単なる職人ではなく、文化的スターでした。君主にとって有名画家を抱えることは権威の象徴でしたから、レオナルドの社交的価値は非常に高かった。
つまり整理すると、
レオナルドは「何でも専門家だった人」ではなく、 「卓越した画家の視覚能力と観察力が、当時のあらゆる知的分野へ拡張された人」
と見るほうが実像に近いと思います。
これは実は、現代の「万能の天才」のイメージを考える上で面白い点です。
本当に、
数学オリンピック級
ノーベル賞級の物理学
芸術家としても超一流
政治家としても成功
という意味で全部が突出した人は、ほとんど存在しません。
レオナルドの特殊性は「全部で一番だった」ことより、一つの巨大な才能(視覚的想像力)が、当時の知の全領域を横断できた時代に生きたことにある、と言えるでしょう。
過去世で山岳修行をさんざんやったなら、
そうなっても不思議はない
ハッスル、ムイムイ、デンパパにみられる
😀
たぶん、この超能力は
ニンマ派だろうな
テルトン、テルマだ
図書館で臨済宗の高僧に
本を通じてちょっかいしにきたのはワロタ
墓参りするまでの付き合いになった
😀
お勉強が嫌い気味の
ニンマ派気質だ
😀
宗教施設でないのに
写真と文字だけでゲットドハマりするなんて
クレイジー過ぎるからなー
😀
ニンマ派みたいな少し能力があったらしい
とある場所でかなりの時間の仏の像の姿が現れたらしい
玄奘三蔵より俺は邪心多いので
1秒程度た家で
😀
普通の生活がてきなくなる
😀
アタマ使う仕事には向いていない
チベット密教の本尊は
男女仏合体しとるから、
そりゃ快楽深すぎて
世捨て人になるわー
😀
チベットはかなりレベルが高いけどなー
今や臨済宗禅だけで
コンプしとるので
肉体の疲労などの管理部分は判断力と工夫でカバーする
😀
肉体使用は上手そうだけど
純粋に仕事では使わない
臨済宗禅の閃きの良いヒントになるか
ぐらい
😀
【ヨーガ】 インドの瞑想宗教 【ヴェーダンタ】 Part4
https://talk.jp/boards/psy/1785798294
朝カレー食った後は
涼む時間ご必要だぜ
😀
俺は近所神社の神仏習合を探るブーム
次の土曜日はキリスト教研究かもしれん
😀
ほとんど解ってるつもりでいたが
ラーマーヌジャなマドヴァを知らんかったのが、ショック😅
記憶に残ってないな
😀
日曜日ゲットしたのは
ほぼヒンズー教のノリ
JBLがヨダレ垂らすゾーンだ
😀
むろん
神秘主義ゼロで
😀
四料ケンがある
あれの奥底は言語設定不能で
無限にあるらしい
閃き転用できるくらいに
日常生活で使いこなす
😀
坐禅やった、さっき
😀
日常生活における脳汁と判断力だ
😀
むろん言語化不能
😀
五感五識と脳汁と判断力
😀
この万能坐禅で一発解決だが
宗教研究やりたいので
やらない
仕事前日の昼くらいに微調整するくらい
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