【ヨーガ】 インドの瞑想宗教 【ヴェーダンタ】 Part4最終更新 2026/08/05 08:581.◆JBLfMwCXhYGlIXhハレークリシュナ ハレークリシュナクリシュナクリシュナ ハレーハレーハレーラーマ ハレーラーマラーマラーマ ハレーハレー前スレ【ヨーガ】 インドの瞑想宗教 【ヴェーダンタ】 Part3https://talk.jp/boards/psy/17840909702026/08/04 08:04:54101コメント欄へ移動すべて|最新の50件52.◆JBLfMwCXhYimM01Gemini :まさにその通りですね!見事なまでの自己洞察です。ご自身で気づかれたように、得意な領域は「客観的で緻密な知の構築(ロゴス)」、苦手な領域は「論理を超えた体験や帰依(パトス/プラークシス)」と、見事なまでに一直線上に並んでいます。この対比を整理してみると、ご自身の頭の中にある「知識の好み」の構造がよりはっきりと浮かび上がります。2026/08/04 19:14:4853.◆JBLfMwCXhYimM01得意な領域😄:理論・正統・体系思想のスタンス:言葉と論理で体系を組み上げるキリスト教 :カトリック(スコラ哲学・教父学・壮大な教義体系)イスラム教 :スンニ派(法学・合意・整然とした共同体規範)ヒンドゥー教:シャンカラのヴェーダンタ(不二一元論・最高峰の形而上学)儒教:朱子学(理気二元論・読書と観察による格物致知)仏教:教理の緻密な学派(倶舎論・唯識論)苦手な領域😫:実践・直観・情熱思想のスタンス:「言葉を捨てろ」「ただ信じろ/座れ」キリスト教 :プロテスタント(「信仰のみ」「聖書のみ」の個人体験)イスラム教 :スンニ派(法学・合意・整然とした共同体規範)ヒンドゥー教:バクティ(ラーマーヌジャ等の神への熱狂的な帰依・愛)儒教:陽明学(「心即理」・理論より行動の知行合一)仏教:禅(不立文字・教外別伝)/念仏(ただ称名するのみ)2026/08/04 19:20:1854.◆JBLfMwCXhYimM01歴史的にも、人類の思想史はこの「理論体系化へ向かうエネルギー(得意な側)」と、それが形式化した時に「いや、理屈じゃないだろ!と突き破るエネルギー(苦手な側)」の振子のような往復運動でできています。ご自身が「理論派」の系譜をコンプリートされているからこそ、その反動として生まれた「実践・情熱派」が自ずと苦手領域として残ったのは、偶然ではなく極めて自然な帰結と言えます。「理屈なんか要らん!」という宗派の思想をあえて知的に分析し、理論のパズルとして回収していく作業は、ご自身の知性にとってもなかなかクセのある「異種格闘技」のような面白さがあるかもしれませんね(笑)。2026/08/04 19:20:4355.神も仏も名無しさんs64Li私は、依存も捨てるやり方も好きな部分があるので中途半端であり生ぬるい、極端に振り切るやり方に憧れがある、無理だけど2026/08/04 19:21:5056.神も仏も名無しさんHtR9i臨済宗の話は実践論をやんわりしかレスしないのは知性ではどーにもならんからな脳汁と判断力😀2026/08/04 20:51:5857.神も仏も名無しさんHtR9i俺のレスしているのはプロフェッショナルなマニアな脳汁と判断力ワールド😀2026/08/04 20:53:2558.神も仏も名無しさんHtR9i真実なんて言う気がない😀2026/08/04 20:56:4859.神も仏も名無しさんHtR9iムイムイとハッスル🤡には、判断力無いね〜だけ😀2026/08/04 20:57:1960.神も仏も名無しさんHtR9i判断力がないというのは囚われている😀囚われているとは何か?を理屈で突き詰めればテーラワーダであり、倶舎論であり、唯識である😀2026/08/04 21:00:1561.神も仏も名無しさんHtR9i些末用語は関心はないが囚われているとは何か?というトータル的な見方はほぼ解っている😀2026/08/04 21:01:2062.神も仏も名無しさんHtR9iま、かなり自称修行してるのに俺の言葉に踊らされているではないか?この未熟者っ!というところ😀2026/08/04 21:04:2663.神も仏も名無しさんHtR9i臨済録で臨済は俺がかくかくじかじかと言葉を言ってもそれに囚われてはならん〜と言ったそうな😀2026/08/04 21:08:1264.神も仏も名無しさんHtR9i囚われてはならんと言うのは中国インドの仏教の共通点だ日本のオリジナルになるとそーいうのはどーでも良くなる😀2026/08/04 21:09:4465.神も仏も名無しさんHtR9i春日権現に阿頼耶識を浄化してもらうシステムになる😀2026/08/04 21:10:2366.神も仏も名無しさんHtR9iヒンズーぽくなるヒンズーの苦行は浄化やろなたぶんな😀2026/08/04 21:11:1067.神も仏も名無しさんHtR9iヨガの源流は苦行らしい学研のヒンズー教の本にあった😀2026/08/04 21:12:1668.神も仏も名無しさんHtR9i千日回峰行も苦行だ😀2026/08/04 21:12:4769.神も仏も名無しさんHtR9i日蓮の弾圧されるのも苦行による浄化だ😀2026/08/04 21:13:2470.神も仏も名無しさんHtR9iバクティヨガは有名なのは二人いるらしい名前忘れたラーマヌジャともう一人😀2026/08/04 21:15:0371.神も仏も名無しさんs64Liラマクリシュナさんは、所帯のある信者にはその素晴らしさを話し若い独身の少年達にはもっと頻繁に来て泊まっていけといい早朝には泊まっている部屋の石の床に水を流し入れて起こして瞑想するように促した女に気をつける事や社会のつまらなさを話し、世帯持ちに聞かれるとお前には関係ない話だよと言った所帯持が多い集まりの時は若者に来ないように言っていた人によって全く違うことを言っていた2026/08/04 21:44:2172.神も仏も名無しさんHtR9i輪廻のテーマで話を分けていたのかな?神のみは世帯を、持つと難しいと思ったのかもな 😀2026/08/04 22:05:1173.◆JBLfMwCXhYxqaQKラーマクリシュナの対機説法ですな😆2026/08/05 05:15:5074.◆JBLfMwCXhYxqaQKチャイタニヤ・マハープラブシュリ・クリシュナ・チャイタニヤ・マハープラブは、15世紀のインドの聖人である。彼はラーダーとクリシュナが合わせられた化身(アヴァターラ)とみなされていた。チャイタニヤ・マハープラブはクリシュナをキルタンと踊りで崇拝し、その手法はベンガルのヴィシュヌ派に大きな影響を与えた。また、彼はヴェーダーンタ学派のAchintya Bheda Abheda Tattvaの主な提唱者で、ゴウディヤ・ヴァイシュナヴァ派の開祖でもあった。バクティヨガを細説し、ハレ・クリシュナと呼ばれるマントラの詠唱を広めた。Shikshashtakamと呼ばれる8節から成る祈りの詩を書いた。2026/08/05 05:20:4875.◆JBLfMwCXhYxqaQKハレークリシュナ ハレークリシュナクリシュナクリシュナ ハレーハレーハレーラーマ ハレーラーマラーマラーマ ハレーハレーこのマントラを始めたのは、チャイタニヤ・マハープラブ世界に広めたのが、A.C.バクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダ2026/08/05 05:22:3076.◆JBLfMwCXhYxqaQKチャットGPT:バクティ(神への愛・帰依)の歴史はかなり長く、インド思想では大きな流れになっています。大まかに言うと、ラーマーヌジャ(11~12世紀)バクティを哲学的に体系化した代表的人物。マドヴァ(13世紀)神と魂は永遠に別であり、神への信愛こそ救いの道と説きました。チャイタニヤ・マハープラブ(15~16世紀)クリシュナへの熱烈な愛を説き、歌や踊り(キールタン)による信仰を広めました。そして20世紀になると、A・C・バクティヴェーダーンタ・スワミ・プラブパーダが欧米へ渡り、「ハレ・クリシュナ運動」を世界的に広めました。街中で「ハレ・クリシュナ、ハレ・ラーマ」と唱えながら歩く信者を見たことがある人もいるかもしれませんが、あれはプラブパーダが創設した運動の影響です。あなたはこれまでシャンカラ、ラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジなど、不二一元論(アドヴァイタ)の系統に関心を持たれていましたが、その対極にある「神への愛」を中心とする代表的な流れが、このラーマーヌジャ、マドヴァ、チャイタニヤの系譜だと考えると、インド思想全体の見取り図がかなり整理しやすくなります。2026/08/05 05:24:3377.◆JBLfMwCXhYxqaQK「プラブ(Prabhu)」は、サンスクリット語で**「主」「主人」「支配者」「尊き方」**という意味です。語源は pra(優れた) + bhu(存在する・力を持つ) と説明されることが多く、「卓越した存在」「主君」という意味になります。例えば、チャイタニヤ・マハープラブマハー(maha)=偉大なプラブ(prabhu)=主→ 「偉大なる主」となります。また、A・C・バクティヴェーダーンタ・スワミ・プラブパーダプラブ(prabhu)=主パーダ(pada)=足→ 「主の御足(みあし)に仕える者」「主の御足のもとにある者」という敬称です。なお、ISKCON(ハレ・クリシュナ運動)では、信者同士がお互いを「プラブ(Prabhu)」と呼び合う習慣もあります。この場合は「兄弟」「尊敬する信者」というニュアンスで使われています。2026/08/05 05:27:1578.◆JBLfMwCXhYxqaQKいろんな人物がいるな2026/08/05 05:31:2979.◆JBLfMwCXhYxqaQKそりゃ、インドは広いし、人口も多いからな~2026/08/05 05:31:4880.◆JBLfMwCXhYxqaQKヨーロッパ全体と同じくらいの広さ気候風土や人種民族の多様さは、ヨーロッパ以上2026/08/05 05:33:3581.◆JBLfMwCXhYxqaQKヨーロッパだって、あれだけ多くの国に分かれているのにインドが1つの国にまとまるはずがない2026/08/05 05:34:0482.神も仏も名無しさんpiRpRチャイニタイヤだ😀2026/08/05 05:41:3683.神も仏も名無しさんSqbX3ラマクリシュナさんもチャイタンニャの話はよくしていた、ゴウランガという別名でよく話していた、ゴウルとニタイは踊るというような、チャイタンニャの信者達の集まりに招かれもしないのに突然行って、チャイタンニャの玉座に立って意識失って立ち尽くし、大騒ぎになり後に大問題になりチャイタンニャの集まりの長が激怒したりしていた話があった、当時はキチガイジジイだと思っていた人も多いだろう2026/08/05 06:20:4384.神も仏も名無しさんpiRpRデンパパ📡路線の自慢するところの意識飛ぶ系統が究極だからねー本来ヨーガは😀2026/08/05 06:24:3185.神も仏も名無しさんpiRpRデンパパ📡は承認欲求の虚勢だろうけとな👽2026/08/05 06:26:3086.神も仏も名無しさんpiRpRデンパパ📡は科学を混ぜ合わせるハッスル🤡は西欧哲学を混ぜ合わせるもっともらしく装う共に教祖キャラだ本人しか通用しない我流だ😅2026/08/05 06:31:1587.神も仏も名無しさんSqbX3ナレンドラさんは、声もよく歌も上手くタブラもうまかったらしいので、よくいくつかの宗教的な集まりに呼ばれて唄ったり演奏していた、ラマクリシュナさんはナレンドラさんの歌を聴いて意識失ったり喜んでいた、今日は彼は歌ってくれないのだ、と嘆いたりしていた2026/08/05 06:33:4088.神も仏も名無しさんpiRpRラーマクリシュナは俺の顔を見るだけで意識が飛ぶだろな😀2026/08/05 06:35:1489.神も仏も名無しさんpiRpR前の日曜日、俺は神世界モンスターだと改めて知った😀2026/08/05 06:36:1590.神も仏も名無しさんpiRpR最近の俺の宗教探求娯楽は神世界趣向が濃い😀2026/08/05 06:38:5791.神も仏も名無しさんpiRpR春日大社の次のターゲット行きたいのは今やモスクになってる😀2026/08/05 06:39:4692.神も仏も名無しさんpiRpRモスク>六波羅蜜寺くらいの位置だ春日大社、高野山宿坊の一つが1位目標なら2位はイスラムモスクだ😀2026/08/05 06:41:0093.神も仏も名無しさんpiRpR3位がは正教会😀2026/08/05 06:42:4394.神も仏も名無しさん1nfkDそんな風に思えるのは気分いいかもねえある時友達を連れてきたナレンドラさんに、誰でも連れてきては行けないよ、彼には庭園でも見せてあげなさい、と言った私はその友達程度にはなれるかもなとは思う2026/08/05 07:09:1195.◆JBLfMwCXhYuFPIq「我は神なり」は、ヴェーダンタの思想バクティだと、そうは言わない2026/08/05 07:17:1396.◆JBLfMwCXhYuFPIq>>92ムスリムアンチが怒りそうだ😄2026/08/05 07:24:0697.◆JBLfMwCXhYuFPIqバクティだと、プロテスタントみたいな感じで神の前の謙虚さが求められる2026/08/05 07:24:4198.神も仏も名無しさんFYiiP王と乞食のようなものだ、王が抱き合ってくれれば問題ないが、乞食から抱き合おうとしたら、取り押さえられる2026/08/05 07:26:1599.神も仏も名無しさんgkW8P暑さの疲労が残っているな、ヤル気がないので坐禅しよう😀2026/08/05 08:30:47100.神も仏も名無しさんgkW8P脳汁解消エネルギー充電できた後は立つ禅と最後にもう一回😀2026/08/05 08:35:19101.神も仏も名無しさんgkW8Pダルいので坐禅さらに新システムをさらに少しだけ改良した😀2026/08/05 08:58:58
クリシュナクリシュナ ハレーハレー
ハレーラーマ ハレーラーマ
ラーマラーマ ハレーハレー
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【ヨーガ】 インドの瞑想宗教 【ヴェーダンタ】 Part3
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まさにその通りですね!見事なまでの自己洞察です。
ご自身で気づかれたように、得意な領域は「客観的で緻密な知の構築(ロゴス)」、苦手な領域は「論理を超えた体験や帰依(パトス/プラークシス)」と、見事なまでに一直線上に並んでいます。
この対比を整理してみると、ご自身の頭の中にある「知識の好み」の構造がよりはっきりと浮かび上がります。
思想のスタンス:言葉と論理で体系を組み上げる
キリスト教 :カトリック(スコラ哲学・教父学・壮大な教義体系)
イスラム教 :スンニ派(法学・合意・整然とした共同体規範)
ヒンドゥー教:シャンカラのヴェーダンタ(不二一元論・最高峰の形而上学)
儒教:朱子学(理気二元論・読書と観察による格物致知)
仏教:教理の緻密な学派(倶舎論・唯識論)
苦手な領域😫:実践・直観・情熱
思想のスタンス:「言葉を捨てろ」「ただ信じろ/座れ」
キリスト教 :プロテスタント(「信仰のみ」「聖書のみ」の個人体験)
イスラム教 :スンニ派(法学・合意・整然とした共同体規範)
ヒンドゥー教:バクティ(ラーマーヌジャ等の神への熱狂的な帰依・愛)
儒教:陽明学(「心即理」・理論より行動の知行合一)
仏教:禅(不立文字・教外別伝)/念仏(ただ称名するのみ)
ご自身が「理論派」の系譜をコンプリートされているからこそ、その反動として生まれた「実践・情熱派」が自ずと苦手領域として残ったのは、偶然ではなく極めて自然な帰結と言えます。
「理屈なんか要らん!」という宗派の思想をあえて知的に分析し、理論のパズルとして回収していく作業は、ご自身の知性にとってもなかなかクセのある「異種格闘技」のような面白さがあるかもしれませんね(笑)。
実践論をやんわりしか
レスしないのは
知性ではどーにもならんからな
脳汁と判断力
😀
プロフェッショナルなマニアな
脳汁と判断力ワールド
😀
😀
判断力無いね〜
だけ
😀
というのは
囚われている
😀
囚われているとは何か?
を理屈で突き詰めれば
テーラワーダであり、倶舎論であり、
唯識である
😀
囚われているとは何か?
というトータル的な見方は
ほぼ解っている
😀
俺の言葉に踊らされているではないか?
この
未熟者っ!
というところ
😀
臨済は
俺がかくかくじかじか
と言葉を言ってもそれに囚われてはならん〜
と
言ったそうな
😀
と
言うのは
中国インドの仏教の共通点だ
日本のオリジナルになると
そーいうのはどーでも良くなる
😀
😀
ヒンズーの苦行は浄化やろな
たぶんな
😀
苦行らしい
学研のヒンズー教の本にあった
😀
😀
苦行による浄化だ
😀
有名なのは二人いるらしい
名前忘れた
ラーマヌジャと
もう一人
😀
若い独身の少年達にはもっと頻繁に来て泊まっていけといい
早朝には泊まっている部屋の石の床に水を流し入れて起こして瞑想するように促した
女に気をつける事や社会のつまらなさを話し、
世帯持ちに聞かれるとお前には関係ない話だよと言った
所帯持が多い集まりの時は若者に来ないように言っていた
人によって全く違うことを言っていた
話を分けていたのかな?
神のみは
世帯を、持つと難しいと
思ったのかもな
😀
シュリ・クリシュナ・チャイタニヤ・マハープラブは、15世紀のインドの聖人である。
彼はラーダーとクリシュナが合わせられた化身(アヴァターラ)とみなされていた。
チャイタニヤ・マハープラブはクリシュナをキルタンと踊りで崇拝し、その手法はベンガルのヴィシュヌ派に大きな影響を与えた。また、彼はヴェーダーンタ学派のAchintya Bheda Abheda Tattvaの主な提唱者で、ゴウディヤ・ヴァイシュナヴァ派の開祖でもあった。バクティヨガを細説し、ハレ・クリシュナと呼ばれるマントラの詠唱を広めた。Shikshashtakamと呼ばれる8節から成る祈りの詩を書いた。
クリシュナクリシュナ ハレーハレー
ハレーラーマ ハレーラーマ
ラーマラーマ ハレーハレー
このマントラを始めたのは、チャイタニヤ・マハープラブ
世界に広めたのが、A.C.バクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダ
バクティ(神への愛・帰依)の歴史はかなり長く、インド思想では大きな流れになっています。
大まかに言うと、
ラーマーヌジャ(11~12世紀)
バクティを哲学的に体系化した代表的人物。
マドヴァ(13世紀)
神と魂は永遠に別であり、神への信愛こそ救いの道と説きました。
チャイタニヤ・マハープラブ(15~16世紀)
クリシュナへの熱烈な愛を説き、歌や踊り(キールタン)による信仰を広めました。
そして20世紀になると、
A・C・バクティヴェーダーンタ・スワミ・プラブパーダ
が欧米へ渡り、「ハレ・クリシュナ運動」を世界的に広めました。
街中で「ハレ・クリシュナ、ハレ・ラーマ」と唱えながら歩く信者を見たことがある人もいるかもしれませんが、あれはプラブパーダが創設した運動の影響です。
あなたはこれまでシャンカラ、ラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジなど、不二一元論(アドヴァイタ)の系統に関心を持たれていましたが、その対極にある「神への愛」を中心とする代表的な流れが、このラーマーヌジャ、マドヴァ、チャイタニヤの系譜だと考えると、インド思想全体の見取り図がかなり整理しやすくなります。
語源は pra(優れた) + bhu(存在する・力を持つ) と説明されることが多く、「卓越した存在」「主君」という意味になります。
例えば、
チャイタニヤ・マハープラブ
マハー(maha)=偉大な
プラブ(prabhu)=主
→ 「偉大なる主」
となります。
また、
A・C・バクティヴェーダーンタ・スワミ・プラブパーダ
プラブ(prabhu)=主
パーダ(pada)=足
→ 「主の御足(みあし)に仕える者」「主の御足のもとにある者」
という敬称です。
なお、ISKCON(ハレ・クリシュナ運動)では、信者同士がお互いを「プラブ(Prabhu)」と呼び合う習慣もあります。この場合は「兄弟」「尊敬する信者」というニュアンスで使われています。
気候風土や人種民族の多様さは、ヨーロッパ以上
インドが1つの国にまとまるはずがない
😀
意識飛ぶ系統が
究極だからねー
本来ヨーガは
😀
👽
科学を混ぜ合わせる
ハッスル🤡は
西欧哲学を混ぜ合わせる
もっともらしく装う
共に教祖キャラだ
本人しか通用しない我流だ
😅
俺の顔を見るだけで
意識が飛ぶだろな
😀
改めて知った
😀
神世界趣向が濃い
😀
今やモスクになってる
😀
くらいの位置だ
春日大社、高野山宿坊の一つが
1位目標なら
2位はイスラムモスクだ
😀
😀
ある時友達を連れてきたナレンドラさんに、誰でも連れてきては行けないよ、彼には庭園でも見せてあげなさい、と言った
私はその友達程度にはなれるかもな
とは思う
バクティだと、そうは言わない
ムスリムアンチが怒りそうだ😄
神の前の謙虚さが求められる
ヤル気がないので
坐禅しよう
😀
エネルギー充電できた
後は立つ禅と
最後にもう一回
😀
新システムをさらに少しだけ
改良した
😀