世界心道教徒だけど質門ある?

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h3vhM
初心者から上級者誰でも歓迎します。誹謗中傷やご指摘どしどしどうぞ。
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2.
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h3vhM
りのさとし 昭和四十二年 二號
◎ 昭和四十一年十一月八日午後十二時五十分御書き取り
二月の心得につき御言葉御願い
一日 面足之命様(そうじした ところをあるき たちどまり そのところより かんろうだいを 先負) ☆
三八七
一六二
五四九

ということは、大正十二年の末から昭和十三年三月の十と三日までのことを、「そうじしたところを、あるきたちどまり」ということやそうな。「そのところより」ということが、昭和十三年から昭和十七年の十二月二十三日までのことが、最初に月読之命様、国狭土之命様、二社の神様が天降りあり、それから五ヵ年間の間、「幕へ幻燈を写すようなもの」と仰せくだされて、身上者や事情者の人のことを、幻燈でお助けをさしていただいてまいりまして、昭和十七年の十二月の二十三日に、あとの八社様天降りあり。
3.
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h3vhM
その中で五社の神様先に天降りあり、最後に三社様天降りあり、十社の神様御そろいになった時が、そのところよりこの「会田ヒデ」が、皆様方が願われることを天に伺うて、道あけのことを皆さんにとりつぎしていたゞくことが、『そのところより甘露台を』ということやそうな。
 そしてだん々ひとり、ふたり三人と寄り集まって、昭和十年となりまして皆様の願われることについて、天より天佑をくだされ、『てんゆう』とは御利益のこと。そしてありがたい、ありがたいでこの道に協力してくだされたお陰にて、昭和四十年度の暮れに、普請が始まり、現場の普請と心の理の普請と共にやらしていただいてきょうの日でございますが、これから先も今まで通りに御利益をいただきつつ、協力をしていただきとうございますということが、天との「会田ヒデ」と皆さんと、『三点龍頭一つのみにかゝっている』と天で仰せでございますが、
4.
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 お互様は、親様月日様、八方様の御利益で、皆様方の協力で万ごう末代助けていたゞく、なくてはならん本部と、なくてはならん十社様と、皆様方と三つ一つになって、世上助けにまい進していただいて、皆めいく〜が心のそうじにいそしんで、暮らすことが大切と思う。
 この道の信仰にはいらしてもらって、一つの教会や支部を持たしていただいて、教会長や支部長や、分講長や、責任役員や、委員や、教師になるまでの間をさして、『そうじしたところを、あるきたちどまり』ということが、日夜人様を導かしてもらった功徳によって、一つのしるしを持たしていたゞけた、ということが、そのところより親様月日様、八方様とこの台の心を受けて、世上助けにまい進して、親様月日様、八方様の理を取り次いで、信徒さんをたくさんかくとくすることをさして、そのところより甘露台様、すなわち十社様の理を取り次ぐことを、『そうじしたところを歩き立ちどまり、そ
5.
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のところよりかんろうだいを』ということやそうな。よくわかったでしょう。
二日 国狭土之命様(どのような からきしんぱい みえたとて
 なにもこわみな あぶなげもない 仏滅) ☆
四九八
二七三                          六五一
 ということは、何事によらず心配事があったら、いつでも本部に運ばしていただいて、その心配事を天からといて聞かしていただいて、帰宅をしておられたら、何も心配することはないでしょう。腹の中で心配事を考えて、いくら人間が心配をしていたとてどうにもならんのだから、正気づいて本部に運ぶにあると思う。ある書物を読んで、いつなん時どんなことになってくるかと、心の中をちぢみあがらしているようなことでは、お道を聞かしていただいた価値がないでしょう。
 人間の世界、人間の世であったら、人間同志が心配をせねばならんが、神様の世界で、神様の世であるのだから、心配は一つもないと思いますねい。
6.
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皆様方が、「親様月日様」と御願いをされれば、いつも利益をいただいておられるでしょう。それだから、何も一事が万事心配をして世渡りをしている必要はないと思いますねい。それですから、『どのようなからき心配みえたとて、何もこわみなあぶなげもない』と仰せくだされてあるのですよ。いつの時でも、ない世界、ない人間を御造りくだされてある世上、ということをよく〜悟ってごらんんなさい。
 なぜならば、あなた方のおなかへ赤ちゃんを宿らしくださるでしょう。そこで、子供を『宿しこむのも月日なら、生まれ出すのも月日せわどり』と仰せくだされてあって、ない世界、ない人間を生まれ出さしてくだされてある、ということは、よくわかるでしょう。人間の力で十月十日の間に五輪五体をそろえて生まれさしてくだされてあることだけでも、よくわかるでしょう。妊娠中に一家の家庭がごた〜して、ほこりを積んでいると、五輪五体
7.
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りと思う、ということや。わかったでしょう。
三日 月読之命様(おたがいに 節分祭を よくさとれまめではたらく ことであるなら 大安) ☆
五一九
三八四                       七六二
 天も勇んで守護くださることやから、節分祭ということは、せつの分かれめであって、日々心配事をくり返して、ふるえていることと、心があたたかくなって、家族がそろってえ顔で暮らすこの心を、ということが節分祭になぞらえて、豆まきをやっているでしょう。四方八方へ気くばり、目くばりさせてもらって商売をやらしていただく理の姿が、まめで働く、ということやそうな。
 「福は内、鬼は外」というていたとて、家々でつの突き合いをしていたら福が舞いこんできそうなことはない。鬼のような心を追放しながら、福は内鬼は外となえれば、天から心どおりの守護をしてくださる、ということや
8.
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四日 雲読之命様(いつつるぞ なんのひがてる なにゆえか このせいしんの みちをしらねば 赤口) ☆
六二一
四九五                        八七三
 ということは、このお道を聞かしていただいてからは、皆さん方の心を天が受け取って、うつりし理をうつし返ししていてくだされて、天のみ心になった心を天へ供えておればこそ、家々も明かるくなり、つくし運びもできにおいがけもしさせてもらい、教師になってお助けもでき、そしてどこからどこまでも人様に敬まい、とうとばれるような心の持ち主になった時が、親様月日様、八方様のありがたいがわかった時、天から入信していない人のことを、『いつつるぞ、なんのひがてるなにゆえか』と仰せくだされてあるのですから、皆さんは一人も多く導いてやらんと、天の月日親神様が、『親として子供の苦労を見るにしのびん』と仰せくだされてありますとおり、においがけや、お助けをさしていたゞかんと、天の御心が日々休まらんことになり
9.
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h3vhM
そこで年男だとか、年女だとか言うているでしょう。これは鬼門の年の人、八方ふさがりの年の人、病門の年の人のこと。この節にお互様は、心を徐行して暮らしていきさいすれば、その年は無難で暮らせる、ということや。
 お互様に、横目ふらずに、ということは、道草くわずに、理というものを心でねってということは、よりかけてということや。そしてどんなけわしい山道でも、ということは、どんな苦労でも心配事でも、運んで聞かしていただいて、理というものを杖として暮らさせていただくことを、天の御言葉の中に、『横目ふらずによりかけて、ほうてのぼれよ理をつえにして』と仰せくだされてあるのでございますから、親様月日様、八方様ということを、たえず安心して暮らすにありと思う。理を杖にして、ということは、運んで聞かしていただいているでしょう。そのみ教えを守っていくことをさして、理をつえにして、ということですよ。わかったでしょう。
10.
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ERJvt
阪神優秀だ❗
11.
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ERJvt
だんじり祭期間
大阪
12.
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rEads
鹿ノ谷の経歴は全部嘘っぱちでした
13.
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iMEO5
ますから、においがけや、お助けをした人を一人もおとおさんよう、信徒さんを修理して、信徒さんの家を花ざかりに導いてやって、実のりをたっぷりあたえてやってもらえば、おのづと信徒は、それからそれいとふえてくる。というこの精神が天のみ心のかなって、大きな働きがさしていたゞけるのだと天でいつも仰せくだされてあることを、『いつてるぞ、なんの日がてる、なにゆえか、この精神をよくしらねば』と仰せくださる御心の御言葉でございますから、皆様も心の改良をしながら、つくしも運びもやりながら、においがけお助けにまい進していただきたいと、いつも天が地上のありさまをながめて、台と天と八方様と皆さんと、せつなる願いと思う。
 これからもなお一層しっかりと、お道にふんばりください、ということやわかったでしょう。
14.
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iMEO5
五日 惶根之命様(ぜんあくを みわけすすめて なにもかも よろずたすかる ことになるから 先勝) ☆
七三二
五一六                           九八四
 ということは、善悪の見さかいなきときは、たとえていうたら、皆様よ、無二の親友だとか、あれは遠縁にあたる親戚だとか、またはあれは昔から知っている人だからというて、人というものをむやみに信用して、「この人はおれに金を借りる受け判になってくれというているけれど、おれには迷惑をかけるような人ではないだろう」と、うっかり受け人になって、はんを押し・て三年五年とたつうちに、人間には「この人を受け人にしておいて、先になったらおれはどこかへ借りた金も返さずに高とびをして、受け判をしてくれた人の財産を、おれの借金のかたに払わしてやろう」というような、悪のりょうけんはないでしょうけれど、いきがかり上事業に失敗して、赤字になってどういうふうにやりくりをしても、とうていおっつかなくなったというて
15.
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iMEO5
どこかへ行方不明になる。そうこうしているうちに、受け判をした人のところへいきなり差し押えがくる。金が払えなければ競売にする、というようなとんでもない災難がまい込んでくる。
 お互様に前生に相手方に借金をしておいて払わずに世を去ったり、払わずに夜逃げをしたり、いろ〜な因縁が積んであったとしたら、その借財を返さにゃならん因縁があるから、たのまれりゃ受け判でも何でもして、前生の借金を返さにゃならんとあせって受け判をするようになったり、前生に泣かしてある女に出会うと、ごきげをとって返さにゃならん理がでてくると、二号でも三号でもやたらもって早く因縁を切って、せい〜しようと思って一生懸命にはたしにかかる。
 それからまた『人間というものはどこから生まれてきたのやら、どこへ死んで行くのやらあとさき知りたる者はない』と仰せくだされてありますとお
16.
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iMEO5
り、前生の因縁の深い者ほど因縁はたしがきれないと、生まれながらにし
てごく悪因縁を積む人もあれば、前生のごく悪因縁をはたすために、一生懸
命にいそいで、あっちこっちと因縁切りに歩く。この因縁切りに歩く人が家
を外にして、家族の者から見れば悪いことばかりしているように見えますが
『親子となるは深き因縁』とも仰せくだされてありますとおり、『一家族と
いうものは、同じ因縁を寄せて守護してある』とも仰せくだされてあります
から、お筆先の中に、『この世は、りいでせめたる世界なり、なにかよろづ
は、歌のりでせめる(家々の言葉の理)』とありますし、『せめるとて、手出しするではないほ
(家々でろんのすえ、事情がおきてくるということや)
どに、口でもいわん筆先のせめ』とありますとおり、これから先もなお一層
この世の中の善悪の見分け心にして、理から因縁を自覚して暮らすにありと

思う。そこで日夜心して、心のじじょうをふみならしてかよい道(本部のこと)という。そ
してよろず助けていただきましょうねい、ということや。わかったでしょう
17.
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iMEO5
六日 大食天之命様(おたがいに のむ物きるもの はなすものよろづたすかる ことであるから 友引) ☆
八四三
六二七                           一九五
 ということは、のむというたら現場では、水とか、お茶とか、ジュースとか、昆布茶とか、かき氷とかアイスクリームとか、いろ〜飲むものはあるでしょう。
 そこで一家の家庭というものは、皆親子、兄弟、夫婦、孫、しゅうと、しゅうとめ、小じゅうとというように、みず知らずの他人はいないでしょう。これが【みず】それだから家族の者の話しを共に語り合って、だめにするようなことでは、お茶を飲んでいて理のわからん人、お互様に喜んで日暮らしをさせてもらうが【昆布茶】。【かき氷】とは、家々でへだて心を使って、あの子はこの子は、あのおやじは、この案内は、あのしゅうと、あのしゅうとめ、あの小じゅうとは、この子供は、この孫は、この嫁は、というてお互
18.
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iMEO5
に、にらみ合って冷たい心の持ち主という言葉の理が、かき氷という。
 お互様に愛しあって、喜びあって、一つの苦労も共にさしていただいてわになって暮らしていただくということが【アイスクリーム】という。そこで、何事によらずゆずりあって暮らしてゆくという、何事によらずすべてじゅんずるという心、これすなわち【ジュース】という。
 着る物という着る物はもめん、お互にめんめんが気をもまんようにする理で、【きもめん】を着ている理、いろ〜な着物もたくさんあるでしょう。いち〜言うたらきりのないことでございますが、【かすり】というたら、天からいろ〜な物を貸し与えてくだされて、人間からは借り物で、理というものをわからしてもらって、各自の家庭が軒を並べている姿が、かすりの理の姿。【しま柄】は、天から天降りの理の姿。
 【横段】は、皆様方が家庭をもって一列に暮らしている理の姿。
19.
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iMEO5
鶴の柄でも、きっこうでも、着せていただいておっても、理がわからなかったら着ている価値はありませんでねい。
 世の中でよく言う「鶴は千年、亀は万年」というていれどもこの心、悟りがのうては何もわかりませんねい。心の改良に専念して暮らしてもらえばいつまでもいつまでも万ごう末代御連れ通りくださる、という理の姿。
 【きっこう】の姿は、手足をつっつ付けば引っ込め、頭をつっつ付けば、引っ込めして、へだてのない心をさして、べっこの取り扱いをせぬという心がまえが、天から見られて万ごう末代見落としはないから、低い優しいすなおな心の持ち主になって、はい〜で暮らしてゆけよ、との御心の理の姿。
 【山】の姿は、高い心になると、めったに人が寄りつかなくなる、という理の姿。
 【波の柄】は、心に波うつなよ。静かな心で平らに進めよと【川】の姿。
20.
ユーザー
iMEO5
【花の柄】でもそのごとく、姿ながめてよく悟るにありと思う。
 お互様に話すものということは、声のかけようで自分の心にぴったりとはまるような返事が、先方からいただけるのでございますが、こちらの声のかけ方が違っている時は、腹立たしい喜べない言葉を返してくれますから、声のかけようも日々研究して、日々お暮らしくさい、ということや。こういうことも、日々に心して暮らさしていだくけば万事助かる、ということや。心のかての一つですから心して日々お暮らしください、ということや。わかったでしょう。
七日 大戸辺之命様(かちまけの しょうぶごとおは やめにせよ りからそんする ことになりては 先負) ☆
九五四
七三八                          二一六
 いかんから、天から人間へ御注意くださるのであって、人間が勝負事をやっていると、損をするようなことになってはだめでしょう。そこで親様の二
21.
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iMEO5
十年の道中に、いろ〜勝負事で損をしたことを、見たり聞いたりして
おりましたが、勝負事をして損をすると、前に損をした元金を取り返そうと
思って、だん〜と深みにはいって行って、しまいには家を抵当に入れたり
地所を売ったりして、皆損をして目をさまさずに、家内の生活費を腕力で家
家の者を泣かして勝負事に持っていく。また中には家庭内のいろ〜な道具
を持ち出して売り払って勝負事に使っている人も、中にはたくさんあるよう
に思いますが、とにかく家々に何んにもないようになって娘を売りとばした
り、男の子はあいそをつかして家に寄りつかなくなったり、家内はおやじに
離婚をせまって出ていってしまう。一家の家庭がどどのつまりは、破壊して
しまうようなことにもなる。
 また家内や子供と一家むつまじく暮らしていればよいものを、二号三号と
持ち歩いて家内の方には仕送りをしなくなって、二号三号の方で暮らしてい
22.
ユーザー
iMEO5
るうちに、にっちもさっちもいかなくなって、みすぼらしい姿をして一号の
ところへもどってくる。家内や子供にさげしめられて、自殺をとげる人もあ
る。これ皆勝負事のようなものなれば、天の御言葉の中に、『万里の道も一
歩から』と仰せくだされてありますとおり、ふみ出しのかゝりが大事ですか
ら、一家の家庭で不平不満を共に語り合って、不平不満のないようにして暮
らしてゆけば、二号、三号も、もたないですむし、勝負事もしないですむよ
うになりますから、一家族が和合して、豊かな道を通らしてもらうよう心し
てお暮らしください。
 さすれば理から結構になりますし、勝負事や、二号、三号をもって家庭を外
にすると、軌道からはずれた脱線者になりますから、家々の者から理から排
せきされるようなことになりますから、しっかりと心してお暮らしください
ということや。わかったでしょう。
23.
ユーザー
iMEO5
八日 岐 様 おやこでも りというものが なかだちや  りからなかよく くらすことなら 仏滅    ☆
一六五
八四九                          三二七
 ということは、皆さんここのところはよく聞きわけてくださいねい。この道はうらはらの道とゆうて、前生親子であれば、親が先に死んで子供の子供(孫)にな                って生まれてきて、前生の姿そのままに現わすものであって、これを理が仲立ちという事ですよ。それだから女の子であれば、男親と非常に仲良く暮らす者もあり。また男の子であって母親と仲良く暮らすもありで、そこでせがれが嫁をもらって、親とせがれが仲がよすぎて、嫁をお手伝いさんのようにむやみやたらとき使って、親とせがれが嫁を目下に見下してどなる、ふてる、たたく、親子で夫婦気取りで、嫁さんは日々まご〜おど〜して暮らしている家庭も、たくさんあるようでございますねい。
 また嫁さんとむこさんが、はたの見る目もうらやましいくらい、仲良くと
24.
ユーザー
iMEO5
おる若夫婦、その姿を見て、嫁を見て、父親がやきもきするもあり、養子を迎えてしゅうとめがやきもきするもあり、また孫としゅうと、しゅうとめが仲良く暮らすもあり、嫁が子供をざんこくに扱うもあり、子供が親をざんこくに扱うもあり、何しろ前生の姿そのままに今世現わしているのだから、ようするにしゅうとめが嫁をひどいめにあわしていると、今度はしゅうとめが孫になって現われてきて、その孫が嫁にひどいめにあっている。これが理が仲立ちであるから、前生の因縁と自覚して、嫁が子供を愛していくのが理が仲立ち、ということや。それから子供もこの道を聞かしていただいて、「前生このおれがこのおっかさんをひどいめにあわしたから、今世ひどいめにあわされるのだから、理が仲立ちだから、たたくおかあさんを自分が悪かったから、今たたかれているのだ」と、喜んで母親に感謝して暮らさしていただくという心がけが大切と思う。これで理の仲立ちと、うらはらの道ということがよくわかったでしょう。一つ聞いたらいっさいが、かたきをとって
25.
ユーザー
iMEO5
うとことがよくわかったでしょう。一つ聞いたら一さいが、かたきをとって
とられて暮らしていく世の中の理の姿というものですよ。そこでお互が因縁
を自覚して仲良く暮らすにありと思う。よくわかったでしょう。
九日 美様(おたがいに いっちだんけつ たいせつや
 ともにたすかる みちをもために 先勝) ☆
二七六
九五一                         四三八
 皆さんは、本部に運んでおりながら、教会の信徒なら教会に協力するが理
の当然でしょう。それにもかかわらず一致団結力を忘れてしまって、十年も
前に本部から出張した先生の口車にのって、自分のつごうのよいことを言わ
れて、その気になって同じようなグループをこしらえて、教会から脱線して
かってな行動をとっていた人が、今から店をたたんで暮らさにゃならんよう
なはめに落ち入ったり、【腎臓結石】を煩ったり、【尿道結石】になったり、
または【胃潰瘍】になったり、または【腰抜け】になったり、あるじが病気
26.
ユーザー
iMEO5
になったり、娘が病気になったり、せがれにがみ〜言われたり、支部をや
めるとゆうてみたり、いくら願っても、【小児まひ】が御利益がいたぐけな
かったり、親様を向こうにまわして、あくたもくたにののしったりしておっ
た本部の先生も、理から本部にいられなくなって、ひとり、ふたり、三人四
人、五人、六人、七人、八人というように、不足不足で暮らしていると、理
から本部を出ねばならんようになって、今はさかんに苦しんでいるそうな。
本部から出た先生のおきみやげで、四、五十人ぐらいの信徒が皆身上にかか
って困っているそうな。それでも、お道をやめていないから、どうにかこう
にか御利益はいただいておるそうな。
 なれど職業の方も位が下がって門番となって、【胃潰瘍】を煩って、ざん
げして御利益をもらって帰宅をされましたが、親様を向こうにまわしてあく
たもくた言うておいて、何んにも知らん顔をして、ただ身上になったから
27.
ユーザー
iMEO5
「御利益をいただきとうございます」と訪れてこられても、こちらはあまり
よい気持ちはしませんが、それでも、「助けてくれ」と尋ねてくる者をほっ
てもおかれない。かわいそうな人だと思って面会をして御利益をいただいて
帰宅してもらったようなわけでございますが、
 『これから教会や本部に協力するというて軌道にのる心になって一致団結
して道をやれば助かるし、今までのような道を通っていると助からんことに
なるだけですから、どちらでもごずいいに』と申しましたところ、「しっか
りやらしていただきます」というて地方にもどられましたがあ、助けていただ
く道を求めにきておりながら、ちょっとしたはずみに、つまらん人の口車に
のらんよう心してお暮らしくさい、ということや。わかったでしょう。
一〇日 国狭土之命様(おたがいに みちやるひと やらんひと えんりょきがねは おおけがのもと 友引)☆
三八七
一六二                           五四九
28.
ユーザー
HjwaZ
人生は楽しんだもん勝ち
29.
ユーザー
QvHfu
ということは、お互に教会や、支部や、分講に、この道の協力している人
は何もいうことはないが、道をやっていながら道をやっていない人がたくさ
んあるように思いますが、皆さんはいかがでございますか。教会や、支部や
分講に、運んでいる信徒の中にも、道につかしていただいておりながら、道
をやっていない人は、一家の家庭に身上や事情が続出している。この身上や
事情が続出している家庭のことを、『大けがの元』という。
 ある教会のある人が、信仰にはいらしてもらう時に、腹の中にいちもつも
って、先になったらこうもしよう、ああもしよう、その時はおれも一つ金も
うけをしよう、という心で本部に来ていたことが、きょうの日になってよく
わかりましたが、自分の思いが通らんために、親様を、「あのくそあまめ今
に見ていろ、おれが祈り殺してくれる」というて、言いふらして歩いている
人も二、三あるそうな。なれど親様には矢がたちませんよ。なぜなれば、い
30.
ユーザー
jXsPb
かにあくたもくた言われても、そんなことはおかまいなしに、『そのあくた
もくた言うている人を、助けてやっていただきとうございます』と無事をお
祈りしている親様ですから、あくたもくたを言うてこちらに弾丸を向けてお
りますが、自分で打った弾丸のはね返りを受けて、今はものすごく生活難に
追われて、その日暮らしの日暮らしをやっておりながら、こちらに向かって
身上や事情が苦しくなると、今まで願っていたくせがあるから、むが夢中で
道もあげずに、ざんげもしずに願い通しているから、天から仕方なしに御利
益をくだされておる御慈悲のほどさも知らずに、このお道をやめてつくしも
せずに、運びもしずにむやみやたらと願ったら、御利益をもらったというて
赤い舌をべろりと出して、こんなうまいことはないと、妙味をむさぼって暮
らしている人も中にはたくさんあるそうな。
 いろ〜と天から聞かしていただいておりますが、まったく人間ほど始末
31.
ユーザー
oT3Fv
もしも美魔女さんがスチュワーデスだったら。✡️

32.
ユーザー
jXsPb
の悪いものはありませんねい。今世肉体のある間は、それでも通れるでしようが、御言葉の中に、『今世この道の理を用いずに、あくたもくたで日暮らしをして、腕力で願うて御利益をいただいておる人は、こんどの世には何んになるともわからん』と仰せくだされてありますが、『まったく困った者や』といつも天に願いをかけている親様でございますよ。皆さん方はこれからもひるまずたゆまず、この道をやりらしてもらって、身上事情という大けがのないようにお暮らしください、ということや。わかったでしょう。
-27-
一一日 月読之命様 ひかんして はらをたったり たたせたり ☆ 四九八
                              二七三
            こまりものやと なげきくどきは 先負 六五一 🐎
天の受けとりはありませんよ。親様から言わせると、悲観してあくたもくたにののしって、腹を立ったり立たせたりして暮しているよりは、早く運たにののしって、腹を立ったり立たせたりして暮している、心のもっていき方を切り変えて、暮していけば
33.
ユーザー
KcKab
この御言葉をただうか〜とよんで暮していたのではらちがあきませんよ。らちがあかねば家々はまっくらやみですよ。『やぶれちぎれてかけてゆくなり』とゆうことは、家族の者がしまいには、出直しする人もあれば、家をとび出す人も出てくれば、かんかこどくで道をやりながら、さびしい日暮らしをせねばならんことになるでしょう。
そこでめいく〜がりっぱな手本を出して、人様に、「お道をやっておる人は、何んとまあえらいものや」と世上からはめられて理の当然でしょう。それだのに周囲の人にいろいろな注意をされると、腹を立ったり、おれをばかにしゃがると、おこってみたり、どなってみたり、不足をいうたりしていると、しまいには一家の家庭の人にもあいそをつかされて、信徒もぼつ〜と寄ってこなくなって、あきや同然になる、ということや。この御言葉を思いあたる人は、道を正して向きを変えて、教えて通りの道をあゆんでいただきた
34.
ユーザー
KcKab
一二日 雲読之命様 うらおもて ありてはならん このみちは
         てほんひながた さとりとれたら 仏滅 ☆
五一九
三八四
七六二 🐐
『手本ひながたととする事情』と天で仰せくだされてありますとおり、『裏と表とまた中と、三つそろえてつとめごしらえ』と仰せくだされてありますが、親様の前では、よいことばかり聞かせておいて、裏面にまわると、家庭をもませたり、家庭の者をがなりつけたり、不足を言うたり言われたり不足をさしたり、不足をしたり、何のこともない一家の家庭が、泥試合のようなもの。日々に秩序正しく暮してゆけばごた〜はないのに、裏面でいつもごた〜して、表面ではよい顔して何んのこともないいちあかん、『らがなかれば日が照らん。承知できねば何もびっしゃり、あれもやみ、これもつまりて、日は照らん。やぶれちぎりてかけてゆくなり』と仰せくだされてありますが、
35.
ユーザー
KcKab
この御言葉をただうか〜とよんで暮していたのではらちがあきませんよ。らちがあかねば家々はまっくらやみですよ。『やぶれちぎれてかけてゆくなり』とゆうことは、家族の者がしまいには、出直しする人もあれば、家をとび出す人も出てくれば、かんかこどくで道をやりながら、さびしい日暮らしをせねばならんことになるでしょう。
そこでめいく〜がりっぱな手本を出して、人様に、「お道をやっておる人は、何んとまあえらいものや」と世上からはめられて理の当然でしょう。それだのに周囲の人にいろいろな注意をされると、腹を立ったり、おれをばかにしゃがると、おこってみたり、どなってみたり、不足をいうたりしていると、しまいには一家の家庭の人にもあいそをつかされて、信徒もぼつ〜と寄ってこなくなって、あきや同然になる、ということや。この御言葉を思いあたる人は、道を正して向きを変えて、教えて通りの道をあゆんでいただきた
36.
ユーザー
KcKab
一三日 惣根之命様 そんしても とくとることが たいせつや
          よくのこころは そんをするぞや 大安 ☆
六二一
四九五
八七三 🐒
『損しても得とることが大切や』ということは、このお道に運んでおつくしすれば、損をするような考えをもつ人がたくさんあるように思いますが、徳を積めば、天は人間におつくしをして損をしている人がありあますか。おつくしをして余計にもうけさしていただいている人がたくさんあると思います。
これをおつくしをして一家の家庭がまわらなくなったら大変だと、案じながらおつくしをしている人は、そのわりに理からもうけさしていただくことはできないと思います。親様から御利益をいただいて、つくしていただくのがあたまえだというてつくしている人は、結構にもうけさしていただいて
37.
ユーザー
KcKab
鬼のような顔をしているが、あの方はそんなに良いことをしていたのか」と心一つでさげしめられたり、心一つで見直されたり、いろいろと不しあわせのでるのも、幸福の現われてくるのも、これ皆天でしていてくださるのでございますよ。
そこで天の御言葉の中に、『ソロバンふせての道や』と仰せくだされてあります以上は、つくしでも、運びでも、世の中のつき合いでも、あまりけちけちして、身びいき身いがってのために、欲の思案ばかりしていると、とんだところで、とんだ思いがけない損をするようなことが現われてきますから、あまり口やかましい心の持ち主になって、口うるさく、「経済がもたん」とか、「こんなことではやりきれない」とか言うて、ぐちをこぼしていると、なんでもない損をするようなことをまねき寄せることになりますから、欲の思案はやめた方がよいと思う。そして皆さんも助からんことになりますでね。
38.
ユーザー
KcKab
わかったでしょう。
一四日 大食天之命様 そんとくの はなしはだれも しっている
           りでなるみちを しらんことでは 赤口 ☆
七三二
五一六
九八四 🐓
役にはたたんことになりますから、皆さんはこの道につかしていただいたなら、教えてにもとづいて、しっかりと実行家になっていただきとうございます。なぜならば、この道にはいる前の様な心でいたのでは、絶対に助かりませんでねい。この道の教えにもとづいて、すなおにやらしていただくだけば助けていただくことは疑いはありませんよ。
なぜならば、皆さん方は、「親様月日様」と言うておられるでしょう。あんた方の全財産を年限かかって、裸にむいたおぼえはありませんでねい。とにかく皆さん方の魂の親であり、肉体の親であり、いっさい物というものは皆借り物ですから、皆さんの物を裸にむいて嘆かれれば、親だもの、また与
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ユーザー
KcKab
えなければならんことになるでしょう。そんなまわりくどい、めんどうくさいことはきらいな親様ですから、安心して欲の心はやめて、おつくししてもけっして親が子供に損をさすような親はありませんでねい。
天の月日親様は、『人間もわが子かわいいであろうがなあ、それを思うて思案してくれ』といつもくど〜仰せでございますでねい。親様月日様に助けていただくのに、つくしはしたくないし、運びはしたくないし、においがけも、お助けもしみたくはないし、心の改良もしみたくはないし、悪い時だけ「おまえは助けてくれればいいのだ」というような心では、そちらはよいか知破りませんが、こちらは情けないことになりますでねい。天の御言葉の中に『本部内の人を助ける人を助ける』と仰せくだされてありますからには、皆さん方が助けていただいて、そのてまえ、「ありがたかった」と、ふせをするのに文句を言うている人があるのだから、こちらではいつも情けないと思っ
40.
ユーザー
KcKab
ておりますが、これも仕方がないと思っております。
なぜならば、人間の親でも子供が苦しんでいる姿を見て、嘆かれれば身の皮はいいでも、子供を助けずにいはない親ばかりでしょう。なれど世界中は皆天の子でしょう。子が親を助けるということは、あまりないようでございますねい。文句なしに親様親様とつくしてくださる人は、真の心から、ありがたく思っておりますが、助かりたいために、仕方なしにつくしていてくださる人のことは、あまりありがたくはありませんねい。
つくしも運びもしないでおいて、文句ばかり言っている人は、こちらもあまり眼中にはありませんでねい。天の御言葉の中に、人間のことを、『目の中へいれても、いたくないほどかわいいわが子』と仰せくだされてありますが、まったくそのとおりだと思います。世の中でよく言う「かわいい子供には旅をさせろ」とよく言うておりますが、あまりうだつの上がらん人は、天
41.
ユーザー
KcKab
から旅をさせられているのでございますから、ひるまずゆまず、あいかわらずで旅を続けておりさいすれば、いつか天からみとめられて、神様が人間にいり込んで、『長年の旅をしている、あの子供を、おまえが救ってやってくれよ』と人間と思いうかばしかしてくださるその時が、長年の旅をしていた人が救い上げられる時でございますよ。そこで、ここに運んでくる人は、苦労のしどうしでおっても、この台が天に願っておりますから、み月か半年もすれば、みんなこきれいになって運んでおられるでしょう。見る人が見ればわかるでしょう。そこで理ということも、わかったでしょう。
一五日 大戸辺之命様 おおぜいの ひとのかしらに たつひととは
           よろずのひとを おもいやるよう 先勝 ☆
八四三
六二七
一九五 🐕
この道の人は、皆大ぜいの人のかしらに立つ者ばかりが、天から寄せてあるのでございますよ。ですから、いつの時でもいろいろな性質の人があ
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ユーザー
KcKab
るでしょう。その性質をよく知って、その性質を皆承知しておいて、よいところばかりひろい集めて、悪いところはすてておいて、そしてよろずの人を思いやって暮らすにありと思う。
たとえて言うたら、教会長や、支部長や、分講長は、責任役員や、委員や教師や、信徒を思いやるにありと思う。また責任役員や、委員や、教師や、信徒は、教会長を、思いやるにありと思う。人の先頭に立つ人は、個人的の欲があっては教会内がもめる。責任役員や、委員や、教師や、信徒は、長の欲のために批判が始まる。その批判をするのを改良する心にもならずに責任役員や、委員や、教師や、信徒を、教会長が頭からたたきつける。さすれば責任役員や、委員や、教師や、信徒が、皆にげてしまう。そうなると、理からたたきつける教会長は、その教会にはいられなくなって、理から退かねばならんことになりますから、先頭者というものは、個人的の欲をやめな
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ユーザー
KcKab
いと、だめだと思う。
責任役員や、委員や、教師や、信徒に、自分の洗濯をさせたり、いろ〜な個人の用事をいいつけたり、道と個人をこんどんせぬようにしてほしいと思う。先頭者というものは、自分の教会の責任役員や、委員や、教師や、信徒を、自分の家へ雇い入れた奉公人のようなつもりで、人をこき使うということは、人のかしらには立てない消極的な人と思う。そういう人は一日も早くこの道から退去した方がよいと思う。
あちらへ行ってはだしやだしゃ、こちらへ行ってはがしゃがしゃ、「おまえがこうゆうことをいったから、おれはこうゆう運命になった」とゆうて、自分の悪いことは棚にあげて、親様をうらんだり、責任役員や、委員や、教師や、信徒を、あしざまにののしって、ひとりさびしく暮らしている、ということでは、先頭者とはいえないでしょう。こうした御言葉も、思いあた
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5NYEc
る人は絶対に思い換えをして、欲にはなれて改良して、道にまい進してほしいと思う。わかったでしょう。
一六日 国床立之命様 おたがいにおもいやるりで おもわれる ☆ 九五四
           家もはんじょう 道もはんじょう 友引  七三八
                              二一一六 🦅
まったくのことと思います。
一七日 面足之命様 これからの みちのしだいというものは ☆ 一六五
          りにりがそうて なにかはんぜん 先負  八四九
                              三二七 🐀
ということは、どういうことであるならば、この「会田ヒデ」が、幼い時から仏教を学び、自分の家の家庭的事情から、どこかもっとしっかりと助けていただける道はないかと、朝な夕なにと、天照皇大神宮様へ願いをかけ、おる所から、ある人が訪れて来て、いろ〜とのお話を聞かしてくれて、それからその人といっしょに、お参りにやらしてもらった所が丹波市の天理教で
45.
ユーザー
KcKab
あって、「他の宗教は信仰してもよいが、天理教だけは、お参りには行ってはいけない」と、親からとめられておりましたから、天理教の神殿へは、お参りに行かずに、待てよ、この「会田ヒデ」は、仏教の浄土真宗、すなわち親鸞上人様の教えを伺っておりまして、他力本願一条の信仰をしておりましたが、この天理教にも、開祖様がおられるはずだ。だからその開祖様のお墓へなりと、お参りにやらしていただきたい、という心になって、親鸞上人様のお墓へでも、お参りするつもりで、お墓地へやらしていただきましたところ、お参りさしていただいておりましたところの頭の上に、お日様がきらきらと御照らしになっておられましたので、御日様と天理の教祖様のお墓としばらく見つめておりましたが、
ああそうだ、と立ちあがって、今考えると、天理教の教校生が、しるしばんてんを着て、歩いてきましたので、『ちょっと伺いますが、この天理教の
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ユーザー
KcKab
御教祖様とおっしゃるお方は、どういう方でございましたか、教えてくださいませ』と申しましたところ、「何しろあなたは、どこから来られましたか ここはお墓地ですから、たいした話もできませんが、御教祖様のお口から、お出しくだされた御筆先というものが、あそこに見える木下書店に売っておりますから、それを買って来て、お読みになればわかりますよ」と教えてくれて、その人はお墓地で、立ち参拝をして去って行きました。
それから、この私もはっと気がついて、そのお筆先が大急ぎで買ってまいりまして、お墓地でそのお筆先を読まさせていただきましたところ、不思議なことばかりが書いてありますので、天の月日親様と御教祖様とを見くらべて、それから、天理教の本部の神殿で、お参りをさしていただいて、家へ帰ってから、親に話しましたところ、「お前みたいな者は、これから家へ出入りをしてはいかん」というて、さん〜におこられましたが、そんなこと
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KcKab
御教祖様とおっしゃるお方は、どういう方でございましたか、教えてくださいませ』と申しましたところ、「何しろあなたは、どこから来られましたか ここはお墓地ですから、たいした話もできませんが、御教祖様のお口から、お出しくだされた御筆先というものが、あそこに見える木下書店に売っておりますから、それを買って来て、お読みになればわかりますよ」と教えてくれて、その人はお墓地で、立ち参拝をして去って行きました。
それから、この私もはっと気がついて、そのお筆先が大急ぎで買ってまいりまして、お墓地でそのお筆先を読まさせていただきましたところ、不思議なことばかりが書いてありますので、天の月日親様と御教祖様とを見くらべて、それから、天理教の本部の神殿で、お参りをさしていただいて、家へ帰ってから、親に話しましたところ、「お前みたいな者は、これから家へ出入りをしてはいかん」というて、さん〜におこられましたが、そんなこと
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KcKab
にはとんちゃくなく、お助けやら、いろ〜な道も通らしていただきましたが、親からは十一回も、かんどうされ、夫婦別れや、親子別れが三回、最後には離別され、そして昭和十三年に天降りをいただき、昭和十七年には、八社様の天降りをいただき、昭和二十一年には、東京から豊川に引っ越し、二十四年には、諏訪官林へ引っ越しをして、現在の所に落ち着かしていただいておるようなわけでございますから、これから先の道の次第も、理に理がそうてだん〜と、おおにぎわいの心のふしんが始まってくると思う。という親様の入信からの四十四年ぶりでようやくきょうの日でございます、ということや。
ですから、皆さん方も、ひるまずたゆまず、理に理をいただいて、道の発展に努力をしてゆけば、親様月日様、八方様に認められて、今世も来世も来々世もということは、万ごう末代見落しなく、お連れ通りをいただいて
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nu0IO
御かぐら舞
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CrW5U
気楽安楽に暮らさして、いただくことができる、ということや。わかったでしょう。
一八日 国狭土之命様 ごくらくの よわたりできる 今日のひや   二七六
           なんとめずらし なんととのもし 仏滅 ☆ 九五一
                              四三八 🐂
ということは、皆さん方が、入信される前と今とは、どう違いますか。実行をしている人は、何んとめずらし御利益をいただいて、何んと楽しみな道やと、喜んで運んでおられるでしょう。
この「会田ヒデ」も、大正十二年末より、入信をさしていただいて、人様をお助けさしていただくのに、願えば助かる。願えば助かる。というありがたい一条で、この道にまい進させていただいてまいりました。そこで御言葉の中に『万国を一つにまとめの甘露台。以の字の中の一点を知れ』と仰せくだされてあります御言葉を、天降りいただいてから伺っておりますが、
51.
ユーザー
CrW5U
『万国を一つにまとめの甘露台様』とは、月日様のこと。『以の字の中の一点を知れ』ということは、伊佐那岐之命様、伊佐那美之命様。この神様の理を受けて、一家の家庭の父母様、それにつらなる子供ということは、『一点を知れ』という言葉の理。
それから書面の一番しまいに、「以上」という言葉を使うでしょう。上という字が、以の字の方から見れば、上下の下でしょう。反対から見れば上(かみ)親子も共ということが「以上」ということだそうな。
また御言葉の中に、『よろずの元の根をほらす、力あるならほりきりてみよ』と仰せくだされてありますが、『この世に生まれさんしていただいてから』と仰せくだされてありますが、『この世に生まれさんしていただいてから、あとさき知りたる者はさらにないから』と仰せくだされてあります通り、『この根のほりかた知りたものなし』と仰せくだされてあります通り、まったくお互様は、これ
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kq8vt
鈴木奈々
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から段々と運ばしていただいて、因縁につきあたる前に聞かしていただいて因縁にひっかからずに暮らさしていただくことのみを、研究して暮らしてゆけばよいのであって、研究心のない者は、ともしびに風が吹いたようなもので、ふっと吹きけされたようになりましたから、まこと真実の根強き人になってお暮らしください、ということや。それですから、何んとめずらし何んとたのもしいう、ということもしるわかるでしょう。そこでよくわかったでしょう。
一九日 月読之命様 みなさまよ むほんばらいの このこころ  三八七
          さとりとれたら よろずたすかる 大安 ☆ 一六二
                             五四九 🐅
ということは、昭和二十年の三月の十と五日の午前一時ごろ、東京の洲崎という所に大空襲がありまして、何万という人が爆弾でみな出直しになっておる真最中に、天から突然、『むはん払いの手をつけねば、日本が破滅におちいる』と仰せくだされて、それから、むはん払いの手をつけていただきま
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8mTiq
したことを、今日にいたるも、皆さんが朝夕おつとめをさしていただいておるのでしょう。ここのところは、天からの御言葉でございますから、よく聞いて心に治めていただとうございます。それはどういうことであるならば、容易ならざる天の御言葉でございますよ。
『むはんすっきり払うでしっかり助けに甘露台』と願う。はき出す息が空中へとびまわる。そのとびまわっている息を、吸いこむ人が、腹の中の悪気邪念が退ぞいて、おのずと導かれてくるのだそうでございます。
そしてまた、各教会で、支部長や、分講長や、責任役員や、委員や、教師や、信徒の家で、おつとめをされる空気が広がっておる。これを甘露法の雨という。ですから、このお道を聞かしていただいておる近所に火災がおこっても、その息を吸っているのと、甘露の法雨とで、家が焼けないのですが、あくたもくたをゆうておる人が隣におれば、その隣は焼けても、皆さんのお
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8mTiq
家には、甘露の法雨のしめりけで、火災をまぬがれるのでございますよ。この御言葉を天からいただいておられる人は、『授けのこうや広大無辺』と仰せくだされてあるのでございますよ。
それですから、まさえあったら、ほしい、おしい、かわいい、にくい、うらみ、腹立ち、つづまるところ、欲、高慢の心をなぎ払って、むはん払いのおつとめを余念なく、つとめていただきたいものでございます。それですから、この道の人のおられるところは、台風でも、水害でも、火災でも、地震でも、雷様でも、みな無難で通していただいておられるでしょう。こういういすいを悟ってお暮らしください、ということや。
すべての作物も、豊年作物の御利益をいただいておられるのでございますよ。会社でも、家庭でも、業者でも、なんとなく甘露の法雨のしめりけの御光を、人間の魂が吸いたくなって、商売の方も、会社の方も、すべて豊かに
56.
ユーザー
8mTiq
になっているのでございますよ。
そこで中に反対者がおると、一様の家庭でも、業者でも、会社でも、空気が人間心と信仰心とがショートして、もやのごとくに暮らしている世の中でございますよ。ですから、この道の者が、意気はつらっと心のうちで、『むはんすっきり』と願いながら、ほとりの人にまじこらんよう、心してお暮らしください、ということや。わかったでしょう。
二〇日 雲読之命様 皆様よ さかきのまいとは なんのこと   四九八
          あまくだりたる 元のいんねん 赤口 ☆ 二七三
                             六五一 🐰
ということは、この世をお造りくだされた、月日親様や八方様のところへ、この台が、『今この世上が、大東亜戦争とか何んとかいうて、日本へ攻めよせてきて、日本の人間が、みなごろしになるというような、危険な状態で皆おびえておりますから、さっそくくに地上へ、この私といっしょに天降っ
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ユーザー
8mTiq
てお助けいただきとうございます。人間ではとても世の中の人を救うことができませんから、お願いいたします』と天に御願いに出かけた姿が『のぼり龍』。天といっしょに天降っていただいたのが『下り龍』。皆さんがお助けをいただくたびごとに、天に願いをかける、これが『のぼり龍』。御言葉のさがってくるのが『下り龍』。そこで、皆さんとこの台と月日様と八方様と皆さんと共にやらしていただいて、世の人でとに助ける。この姿が、天降りたるものとの因縁、ということや。わかったでしょう。
二一日 煌根之命様 おたがいは かぐらのめんを よくさとれ   五一一
          うたのいみあい こうしてよめ 先勝 ☆ 三八四
                             七六二 🐉
このとおりと思います。だが皆さん方の神社で、お祭りがあるでしょう。その時に、神楽堂へ出て、お面をかぶって、いろ〜な踊りをされるでしょう。その姿がみな、皆さんの家庭でやっておられる姿と思います。
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8mTiq
にこやかにほがらかに暮らしているのが【おかとめさん】。口をとがらせて腹を立っているのが【ひょっとこ面】。いつも腹を立って、ものを言わずにふくれているのが【おたふく面】。あまりよくはこちらではわかりませんから、皆さんの方でお悟りください。
本部に運んで、おかがらづとめをなさる時、ただうか〜と、おかがら歌を読み流しにせぬよう。『こうして願えよ、助けてやるぞ』と、天からおさげ渡しされた御言葉の文面を、一言ずつ心におさめて、よく味わって、家庭におっても用い、外へいっても、人のふり見てわがふり直し、つとめにいっても、不足不足のけんかのうずにまきこまれて、不足はせぬよう。のらへいっても、畑に家々のほこりのいきをふっかけると、作物の実りが、とぼしくなりますから、ほこりの心つかかんよう。いつの時でも心して、日々お暮らしください、ということや。わかったでしょう。
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8mTiq
からもう手ずがつけられないから自宅で養生をしてください、と医者からつましいんどうを渡されることになるでしょう。
それから親族会議を開いて、家へ引きとって、交互に看護することにしたそうでございますが、お医者さんは、今年いっぱい持つか持たんだかわかんないというそうだ。だが寿命の点はお医者様でもわからんし、あの世から持ってきた寿命どおりに、世の中に生きている人もあるし、あまりほこりをつみすぎれば、寿命より早くなる人もあるし、こういうことも、『理から治る道であるから』と仰せくだしてありますから、日々心してお暮しください、ということや。
この人は本部にきても、親様に近づったこともなく、御言葉もあまり聞いてはいないようでした。本部に来れば、明けの日には早々ともどるましう、つくし運びもそのわりにしてはいないし、こういう人は今にどうな
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8mTiq
間がしてもらったり、春秋の講習の御言葉やら、話しは山ほど聞いておっても、自分のことになると、人間というものは、思いがえをしないで、勝手な心を使って、「死んでしまった方がましだ」なぞと、つまらん心を使って苦しんで願いに出るより、もう一息苦しんで死んで行けばよいのに、苦しくなると、たえられなくなって、「ああ死ぬような心を使ったからこうして出てきたのだ。あるじの帰りがおそくても、不足をするとせきが出るのだ、これはあるじといきが合わんだの」と親様月日様へおわびをして、あるじがおそく帰ってきても、きげんよく迎えてやるような心になれば、身上はたちまち守護になるんだが、どうして人間というものは、心の改良しないのでしょうかね。
ある所のある人が、体がだるいとか、苦しいとかいうて、お医者様にみてもらったら、子宮癌だとか、体内へ癌ができているとか、肋膜へ水がたまっ
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ているとか言われて、家族の者が悲観をして、「親様月日様、まことに申しわけありませんが、もう一度神様へお願いをしていただきますとか、いろ〜なことを願っておられましたが、その身上の人は、お医者様に、いろ〜なことを家の人に話す。それを家系の者が悲観をしている人に、『悲観をしないで暮らしてもらいなさいよ。親様が天に願ってくださるから』と注意をすれば、『もと〜医者なんてだめだということは知っておりますから、今となっては、神様におすがりするよりほかに道はないいうて、家々は皆願っておりますよ』と、何んでも心というもののそっちのにして、おすがするだけではまことにと困ったものですね。
先方からこうした口上を聞かされると、親様の方では、ああ困った者だ。たとえ一カ月でも二カ月でも、お医者様にみてもらっておりながら、『もともとお医者様はだめだ』なぞいうて、たたきつぶしていたのでは、お医者様
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からもう手ずがつけられないから自宅で養生をしてください、と医者からつましいんどうを渡されることになるでしょう。
それから親族会議を開いて、家へ引きとって、交互に看護することにしたそうでございますが、お医者さんは、今年いっぱい持つか持たんだかわかんないというそうだ。だが寿命の点はお医者様でもわからんし、あの世から持ってきた寿命どおりに、世の中に生きている人もあるし、あまりほこりをつみすぎれば、寿命より早くなる人もあるし、こういうことも、『理から治る道であるから』と仰せくだしてありますから、日々心してお暮しください、ということや。
この人は本部にきても、親様に近よったこともなく、御言葉もあまり聞いてはいないようでした。本部に来れば、明けの日には早々ともどってしまうし、つくし運びもそのわりにしてはいないし、こういう人は今にどうな
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テスト
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森昌子
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るかと、本部では見ておりましたところ、こうした身上になられて困っておられますのよ。
とにかく家庭では嫁さんをもらい、そのしゅうとめさんと嫁さんがあまり仲がよくなくて、嫁さんが出ていったの、戻ってきたのというているうちにけんかした嫁さんに、さかんにめんどうを見てもらわにゃならんのだから、嫁さんをもらいたてに、あまりしゅうちゅうとめ風をふかしていたから、年限たって嫁さんに頭を下げて、たとえお水一杯でも、下の世話でもしてもらわねばならんようなことがおこりますから、皆さん方も、理というものを日々研究してお暮らしください、ということや。よろず助かる道をたどってお暮らしくださいね。わかったでしょう。
二三日 大戸辺之命様 おたがいに りでなるみちと こころして   七三二
          大じのまえの しょうじききわけ 先負 ☆ 五一六
                             九八四 🐎
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ということは、どういうことであるならば、お互様に今世家庭で現われていることが、前生通った裏が出ているのだから、どんなことが現われてきても、本部へ運んできて、理というものを教えていただいて、前生の因縁を自覚していけば、大事にいたらず因縁をくい止めることができるから、大事の小事ききわけ、ということや。
お互様にどんな因縁が積んであっても、理でなる道であるゆえに、一歩手前で、因縁をふみかぶらずに暮らさせていただける、ということや。お互様に、心して暮らさせていただきましょうね、ということや。
たとえていうたら、あるじが極道して、家族の者を今世困らしいているとしたら、前生にないしょうで、家内が極道しておって、今世あるじに極道されて、前生困らしいた因縁の期間だけ、あるじに困らせられるのだから、人間というものは、見た目の解決ばかりしておって、あるじが悪いとばかり思って
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そうして暮らしているうちに、家内がたま〜戻ってきて、あるじを離縁して、子供をつれて立ち去る家内もあるそうな。世の中というものは、よくむじゅんしているようなことは、みな前生の裏が出て、今世みなー家族かわめいているのでございますよ。
因縁自覚ということが、一番大切でございますよ。そうしてゆけば、おだやかに世の中が治まってゆくということや。
『理というものがわからねば、がんぜ知らずもおなじことや』と天で仰せだしてありますから、日々現われてくる因縁にとらわれぬよう、理を見わけて暮らしていただくことが、かんじんと思う。よくわかったでしょう。
二四日 岐様 身上て事情やとても そのごとく   八四三
       はるとあきの ことばこころせ 仏滅 ☆ 六二七
                         一九五 🐑
『春と秋の言葉心せ』ということは、どういうことであるならば、皆さ
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んもご存知のごとく、春は陽気で花も咲くし、人間にも若い時代陽気であって、浮いた浮いたの心で、花ざかりのような気持ちになって、いろ〜なものを着かざって、ふらりふらりと歩きまわって金を使う。そして若い時代には、何の働きもないくせに、親を困らした因縁で、年とって汗だくになって働いて、実りのような季節がきたころには、親不孝の因縁が積んであるから、今度は自分がかたずいて、子供が授かって、その子供が年ごろになって、親の働いた金をむさぼりとって使い果たして、秋の実りのに、田地田畑を売り払って、人手に渡ような時がくる。
そして何もないようになって、ふるえあがるような時がくる。そうしたこと数を積み重ねっていってオルことを、神様の御言葉の中に、『因縁をきらねばおもつづくなり、おそい早いかきらにゃ通れん』と仰せくだされてありますから、生まれさしていただいた子供を育てながら、親がざんげをし
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てまじめに子供のめんどうをみておいて、娘や息子というように、若い時代がくる直前に、親の方が子供の姿を見て、「このくらいの年の時に、こういうぜいたくをして、親を困らしてきた。申しわけなかった」と、若い親が寄りの親に心真からざんげして、自分が使い果たしただけの御恩報じをさしていただいておりさえすれば、若い夫婦の子供は、年ごろになって極道するにはならずに、まじめな息子や娘に仕立てあがる、というものや。
さすれば、その若夫婦を年寄りの親が愛することになる。さすれば、若夫婦の子供が一生懸命に働いてくれて親思いになる。こうした家族制度が代々続いてゆけば、家中が陽気になる。家々が豊かになるから、身上や事情もよくなる。さすれば、むだ使いがなくなるから家庭が豊年万作となる。
あたたかい心で、家々が愛し合ってゆけば、つまらん因縁が現われてこないから、ものにおびえて、ふるいあがるようなことはなくなる、ということ。
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ちょこっと豆知識
家などから出たい出たいというていると肺気胸
71.
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や。一家そろいて万々才となる。こうした家庭ができあがれば、世界中が極楽世界になる、ということや。よく分かったでしょう。
二五日 美様 かなごろの はなしはみなも きいている  九五四
       なれどほんしん わかりいるかよ 大安 ☆ 七三八
   { ... }                    二一六 🐒
ということは、どういうことであるならば、皆さんが日々お話ししておられる言葉というものは、なかなかですねい。そのかなの言葉の声をかけようでお、先方が自分に満足のできる言葉をかけてくれるというもの、これが理というものでしょう。
それだから、発言する前に、『胸と口とが砂とすいのうにかけて、こした言葉を出せよ』といつも天から仰せでございますよ。それだから、耳にたこがいるほど聞かしていただいておっても、皆さんは家へ戻って実行をしておられますか。こういうことを、一番親様は心配をしていてくださるのでござい
72.
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ますよ。声のかけかたが違うと病気になったり、事情がおきたり、まわりの人が心配をしたり、うち〜の心のうちがまっくらになってしまいま物すから各自の家庭のめい〜が心して、声をかけ合っていただきたいと思います。
そこでたとえた話しが、あるじが外からおそく帰ってきても、「なぜ今ごろおそく帰ってきたか」というて、むか〜と腹を立つところを、ぐるっと向きをかえて、「お帰りなさい。きょうも早かったですねい」と声をかければ、「きょうはこれ〜こういうわけでおそくなったが、あすは早く帰れると思うよ」というて、先方からいいわけのような声をかけてくれることになるでしょう。
そこでまたむか〜してくるところを、ぐるっと向きをかえて、「外へ出られておるために、いろ〜と用事もありますでしょう。どうぞご心配なく」というて声をかければ、相手の人が、「これからは脱線しないように、家へ
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早く帰るくせをつけよう」という心になって、一家の家庭が円満になる、ということや。
さすれば、家にいる家内の声のかけ方ひとつで、相手の人も家へ帰るのが楽しみになる。しゅうとや、しゅうとめや、小じゅうとも、孫も、皆うちそろって、夕食のだんらんのひと時がおくれる、というものや。それを反対に「きょうはおそいわねい。外で何してきたの。ご飯のしたくをして待っていたのに、あまり帰りがおそいから、しゅうとさんも、しゅうとめさんも、小じゅうとも、私も、子供も、みんなご飯をいただいてしまいましたよ。おふろみんなではいってしまいましたよ。おふろは少しぬるいかもしれませんが見おそく帰ってきたばちで、ぬるいおふろへはいりなさい。おそく帰ってきたばちで、ご飯でもおかずでも、みんな冷たくなってしまいましたが、勝手におあがりなさい。」相手方から、「おれはもうご飯もすんだし、おふろ
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もすんだし」というて、ぷり〜怒って、寝間へはいって、相手の人が勝手に布団をしいて寝てしまうというようなことになったら、一家の家庭がばらばらになる身仕度を、はじめたようなことになってしまうでしょう。それだから、一家の家庭がばら〜にならないうちに、いっさいの心の向きをかえてお暮らしください、ということや。わかったでしょう。
二六日 国狭土之命様 なにもかも きいてつたえて いるけれど   一六五
          わがみのしあん なんとしょうぞや 赤口 ☆ 八四九
                             三二七 🐓
ということは、どういうことであるならば、わが身の思案は家庭のこと。これは運んで聞かしていただいて、心のもっていき方をさとしていただいて実行にうつしてさえゆけばよいのであって、親様月日様、八方様のみ教えて聞かしていただいて、八方の人に話しをさしていただいて、ということが、『聞いて伝えているものの』ということや。
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そこで皆さん、どんなことがあっても、いくら人間がきれいなことをいうておっても、『清水もしびんで出せば』ということは、神様のお話しは清い御話しでございますが、日ごろの行ないが悪ければ、しびんでしょう。しびんで出したお話しは、人に用いていただくことはできませんねい。『道に立つ身はよろずつつしめ』と仰せくだされてありますとおり、しっかりと実行していただきとうございます。
まあたとえた話しが、神様の御話しを、聞いて伝えていたとしても、実行のできん人のいうことは、人が用いてくれませんねい。「あんな心道教の話しを聞いている人が、家内や子供をほっておいて、二号三号もって極道をしているものの話しを聞いたって仕方がない。あの心道教の親様は、あんな極道をしている人を、支部職だの責任役員だの委員だの教師だの信徒だのと、寄せ集めてやらしておくということはない。あんなところへ行って、もしや家
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のせがれやら、嫁やらが、極道になっては大変だ」と、ひとりちりふたりちり、年限たつうちに、人がひとりともよらなくなってしまって、先頭者が極道をしていると、枝先のものが皆不足をして、身上事情でもちもさげもならんようになって、困った者やと思った日もかず〜ありましたが、たとえ先頭者が極道をしておっても、枝先の人が不足をして、ばら〜になってしまえという教えてはないのだから、親様をめどうに、たれもかれも真剣にやらしてもらっておりさえすれば、いつか先頭者も、身上か事情で目ざめる日もあるのだから、「あの先頭者が、親様月日様、極道をやめますように御利益をしてやっていただきとうございます」と、一列の人が先頭者を願ってやるという、誠の心がほしいと思う。
先頭者は何かのショックで魔がさして脱線をしたのでしょうが、ものの半年もたたんうちに、中気のような身上が現われて、心を改良して御利益をい
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ただいで、ついてできておりますが、回わりで不足不足をいうていた人はなかなか寄ってはきませんねい。ささいなことでも、先頭者はじめ一頭の者が、人を見て、ああのこうの批判をして暮らしていたのでは、しょせん助からんことになりますでねい。
御言葉の中に、『人を見て理を見る力なきものを、めくらというはちがいあるまい』と仰せくだされてありますとおり、「親様からいろ〜とお話しを聞かせてもらいたいが、ながく〜そばへによれないし、つまらんことや」というて不足を言っている人も、中にはたくさんあるように思いますが、
神様の御言葉の中に、『神というはつきあいよいものや』と仰せくだされてありますとおり、寄り日の時に、ごあいさつに出られて、遠慮なくどんどん質問してくださいれば、どんなことでも解答をさしていただきますから、ひとりでもよいから前へ出て、親様に声をかけていただきとうございます。
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それから寄り日以外の日でも、なるべくお会いさせていただきますから、遠慮なく受付まで申し出てください。そこで皆さんに一言申し上げますが、ふだんつくしも運びもしないで、心の改良もしないで、お道に協力もしないで、においがけもお助けもしないで、ただばくぜんと本部へお参りにきて、人の話しを聞いてばくぜんと戻っている人は、おがみたのみのお参り信心で、親様月日様から聞かしていただくことはできませんので、自分から自然と遠ざかって、勝手に親様の悪口を言うている人も中にはあるそうな。
なれどそんなことは、こちらではおかまいなしですからねい。心次第でどれだけの協力したからとて、天で見おとしのありそうなことはありませんから、しっかりと目ざめて、道を正して向きを換えて、つくしもし、運びもし、心の改良もし、においがけもし、お助けもし、親様のところへじかに書面をよしてくだされば、一家の家庭の身上や事情の助かる道あけの御返事も、
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世界心道教は信徒がうまくいかなかったら教団は責任を取らずに信徒がすべて悪いということになる。
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世界心道教の教えで悩んでいます。世界心道教の教えでは世界心道教の教えに来る人は今世人間界にでられない人だから教えを聞くように強要されることがあります。教えから離れると親不孝、病気や不幸になると言われます。献金がないと言っていますが事実上の献金があります。月に月収一割とお供え(お供え)があります。批判や反論が許されません。他宗教との比較が良くないと言われます。世界心道教の教えで子どもが軽い体罰をしてもいいと言われています。生まれた時から入信してました。拒否権はありませんでした。
虐待やDVを受けていても離れるなと教えられています。機関書の内容には教えから離れると不幸になると書いてあります。
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世界心道教ではSQGIハラスメントが頻繁にあります。
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教えを外部に出すことが御法度の集団意識があります。
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モラハラや虐待を受けていてもどんな親でも愛していると教えています。
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現在では幹部ばかり心の改良で病気が治ったと言っています。
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教習生ではお金を出せという圧力をかけられました。
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マハラジ大聖者
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バーラクンバグルムニ大聖者
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マハアバターババジ大聖者
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ヴィヴェーカーナンダ大聖者
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ラーマクリシュナ大聖者
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プルタジ聖者
クリシュナジ聖者
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相川圭子様
パイロットババジ
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日月神示
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次第によっては、出してもいただきますから、安心して近よるくせをつつけた方がとくだと思う、あいだの日に運ぶ時に、親様に面会するのがおっくうな人は、親様となれている人の案内で、出かけてきた方が早く助かると思うよくわかったでしょう。
二七日 月読之命様 めいめいの もちまいなるを よくさとれ  二七六
          よろずたすかる ことになるから 先勝 ☆ 九五一
                           四三八 🦁
ということは、どういうことであるならば、お互様に、前々生から積んできた因縁の果し場所は、この地上でございますよ。『なんと生まれ変わっても、皆このとおり』といつも天で仰せだしてあるのでございますよ。
この地上でいろ〜な因縁を積んで出直しして、またこの世にきて仇をとったりとられたり、これがすなわち、『この世は恩の報じ場』という。御言葉の中に、『恩を果すかあずけるか。差し引き勘定天がしている』と
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仰せくだされてありますからは、持ち場立ち場を大切に、現われてきたことを、恥じいることはないから、本部へ運んで聞かしていただいて、ふりかかってくる難をきりぬけていく道を教えてくださるのが、このたびの天降りの天からの、『こうせいよ、ああせいよ』とおさしずをしていてくださるのでございますから、仰せのままに進ましていただくことが、持ち場立ち場の役目を、無難で果していただくことができるのでございますから、しっかりと心しておさとりくださいませ。
『まあ前生にどんな悪いことがしてあっても、この道に出て、あやまり果ててざんげして、これからこうと改めかえて、このお道にふんばるというのなら、今までに積んだ因縁を切って、三代先の理を授ける、というは万どう末代一度の普請や。しっかりやってくれよ。月日たののみや』と仰せくだされてあって、人間が人を心でたたいたり、また相手の人にたたかれたりして
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きょうまでは泥試合のような世渡りをしてきたが、『これからこうと、心を改めて暮らすというのなら、今までのところ許す』と仰せくだされてあるのでございますから、安心して、しっかりと道をやらしていただいてゆけば、どんな火水の中でも陽気暮らしになれる、ということや。いっさいの人間心をはいしして、神様一条で、おのが心をお互に、とりしまって暮らしていただくことが大切と思う。『大切と思う心は元へ出せ』と仰せくだされてあるからは、元とは親様月日様、八方様のこと。天地間の人を救わしてもらいうほど、親孝行はありませんね。
この世の中のありさまをよくながめて、よくさとって、善悪見さかいをよくつけて、心正しく導いて、あきずにこりずに運ばしてもらうことが助かる元ですよ。よくわかったでしょう。
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二八日 雲読之命様 なにもかも わかっているというひとは  三八七
          なにもわからん ことになるから 友引 ☆ 一六二
                             五四九 🦅
ということは、世の中でもよくいうとおり、「早のみこみの早忘れ」とか「うんしった、はとのくそ」とかいうことを聞いておりますが、皆さんは聞いておられますか。
とにかく神様がこの世をお始めになったとき、いろ〜な鳥畜類に、ねぐらの作り方を教えてくださったのだそう的でございます。何んべんも何んべんも、月日様のもとへ行って、くわしく教えていただいて、すを作ったそうでも、月日様は、はとだけは、うんく〜わかった、うんわかった、というて、いつまでたっても早のみこみの早忘れで、とうく〜すの作り方がわからなかったそうでございます。ですから、すが作れないから家の軒の下で住まいをさしてもらって、わらを一本つるしただけで、きょうの日になっている
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このお道もそのとおりで、うんく〜わかった。腹立ちごとをやめるのか、うんく〜わかった、というて、一度運んでめったにこないで、年に一度ぐらい運んできて、「持ち前性分の改良か、また腹立ちか、そんなことは聞かんでもわかっているわ」といって、十年の間に三べんぐらい運んでいたのでは先生の顔もわからんし、本部の食堂がどこにあるのやら、自分が訪れる部屋がどこにあるのかわからんし、後から入信した人でも、真剣にやっている人は、前からですいていた人を追いぬいて、教会長になったり、支部長になったり分講長になったり、責任役員や委員や教師になったりして、世の中の理というものも明るくなって、人の先頭に立って多くの人にかしずかれて、敬いとばれて、親様にもみなかわいがられて、どんく〜と一家の家庭も助かり、教会内も助かり、結構ずくめになっておられる方もちくさんありま
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すが、とにかく親様月日様、八方様の天降りということもしよくわからずに、うかつに暮らしていたのでは、年限だけは十年でも十五年でも運んでいるような顔をしておっても、十五年の間に三回か五回運んでおったのでは、きょう運んだ信徒と同じでしょう。
それだから、親様の前へもきまりが悪くてこらえなくて、だんく〜道から遠ざかっていってしまって、会長さんより古い信徒も中にはあるそうな。それが親ひとり子ひとりで暮らしていて、子供が成人して嫁をもらって、これからというところで、家をあけ渡ような気持ちで、お道にふばしてもらえばよいものを、子供が、「お母さん、神様のところへお参りでも行っていらっしゃいよ」と声をかけられたら、「ありがとうよ」と、お道に出させてもらえばよいものを、「おまえ二人はおれをじゃまして外へ追い出す気か。この親不孝者めが」といって、せがれをあくたもくたにの
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のしって、「家のせがれは嫁が来てから悪くなった」といって、家から外へ一歩も出ずに、道もやらずに寝ているそうな。そのせがれは、幼い時から道を聞かしてもらっているから、道もやらねばならんが、生活面の維持も立てねばならんで、嫁と協力して家々のまわしから、人のつきあいから、道のことから、一生懸命でやっていているそうな。
なれど、この若夫婦の大事なところは、親を思いやって暮らしてもらっていないと、今度若夫婦が親の立ち場になるのだから、子供に親孝行してもらいたかったら、子供もつれてお道の方へ運ばしてもらって、心で親をかかずに、「何もかもおれの方の方がよくわかっている。この親はわからずやだ」といいて、親をさげしめんよう。何もかも聞かしてもらってわかっているとお母さんが、人間心にとざされて、今一生懸命で〇〇家の因縁を切ることも知らずに、来世のみやげをこしらえてもらう時期に困ったものやと、この
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親様の方では、その人の将来をじっと見つめましておりますが、わかっていて実行しないのは、わからんと同じことでしょう。だんく〜と理に理がのって、しまいには天から理気知を取り上げられて、何んのみやげをもっておあの世とやらへ行かれるのか。ほどと深さもわからない。ただ目前になってしまって、むなしくこの世を送っている人の心が。こちらではいじらしいと思っておりますが、こういう姿で世の中を、「おれはわかっている。おれはわかっている」という人は、実行しなくなったらしもうろけてしまって人を相手にしなくなって、ひとりさびしく暮らさにゃならんようなことになりますから、いっせいに目ざめて、しっかりとこの道をやらしてもらいましょうねい、ということや。わかったでしょう。
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3ZaiN
守護霊はあらゆる
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t0SEH
世界心道教はがんの末期患者が治った話や小児麻痺がその場で治ったや帯状疱疹が一晩で治った話、早死する家庭が早死しづらくなって寿命が伸びた話もあります。良いところと良くないところ両方あります。教えから離れると不幸や病気になるや親不孝と教えられたり、虐待やDV受けているのに離れちゃいけないとかありますが良いところもあります。
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Mgr5D
昭和四十一年十二月二十日午後五時四十五分御書取り
 三月の心得につき御言葉御願い
一日 惶根之命様 あれくろうせじょうのようすながめたら  四九八
         みちの人ひと ひとりひとりが 先負 ☆ 二七三
                           六五一 🐭
心して暮らすにありとわれは知る。プロのどこまでお互は、人々助けに余念なく、天の御供いたしましょう。そうせんことには皆様よ、世上が破滅になりたなら、とってかえしがつかぬから、人々様にこのことを、一人ももれなく伝えましょう。さすれば、人も喜び、天も御喜びくださることとわれは知る。どこ尋ねても外にない、天の月日の親様や八方様の御心にそうような世送りをしたならば、世の人ごとに助けていただくことができるのや。
いつの時でも月日様、飛び出てござるということも、よく〜心に感じつつ暮らさせてもらわんと、日本が破滅になったなら、お互様も五尺の体のおきところが、ないようになってからではおそいから、今の間に、真の心からめざめさせてもろうて、それからそれいと道つけて心油断のなきように、八方めくばりいたしましょう。
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とにかくこの未年は、病門という容易ならん節がきているのですよ。何事によらず、世界の様子ながめて思案してごらんなさい。悪いことをしている人が、多くなればなるほど、世の中が悪化してくるでしょう。そこでこの道の者が、悪化している世上に負けて、世の中の人を助けそこねてはいられないと、先手を越されてたまるものかと、先手をうって暮らさねばならんことでしょう。
とにかく、負ける人には負けておいて、まっしぐらにどん〜と、個性の因縁、【個性の因縁】とは、持前性分を改良しつつ、世の中の人をどん〜導いて、皆さん方他の人と手をつなぎおうて、どん〜運べば助かるのであって、道をやる事については、人に負けずに、競争心をもってやらしていただくにありと思う。それかというて、人を悪しざまにののしって、むちゃくちゃな道を通れというのではない。
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jfrso
負けるが勝ち
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B2MKf
れから先も、どういうふうに世の中が変わっていくかわかりませんが、とにかく人間として生まれさしていただいた以上は、いま世の中では、忠孝の道は廃止になったような世の中になってしまって、子供は親のいうことを聞かんし、親は子供のいうことを聞いていられないし、一家の家風がばら〜になるような教育方針で、世の中の人の一人一人が困っているのではないでしょうか。
子供は親に見離されるし、子供は親を見離すし、なんのことないこの世の中は、泥試合のようなもので、親も困っているし、子供も困っているし、ラジオや新聞でうかがっていると、学校の生徒が先生を一室に閉じこめて、先生をふくろだたきのお目にあわして、先生が生徒に監禁されるようなことも、しば〜聞いておりますが、ことのよしあしは、話し合えばわかるものを、生徒が先生を一室に監禁するということは、あまりにも非常識ではないでしょうか。
先生が生徒が一室に監禁されたら、それこそ父兄やいろ〜な人が、学校側をたたくでしょうが、父兄がこうした事情をおなおざりにしておくわけにもいかんし、それかといつて、学校側にタッチすれば、今度は生徒は学校へ登校しなくなるし、先生も生徒にくってかかられれば、その子供の顔を見るのが先生がいやになる。生徒の方も気まずくなる。そこで生徒と先生との中に溝ができて、おもしろくもおかしくもない通学をしている人も、中にはたくさんあると思う。
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LCptr
会社に行ってもそのごとく、公務員というてもそのごとく、だん〜とこうしたことをやめないと、失業者ばかりがふえてくるし、失業者がふえてくれば、衣食住に困るから、殺人、強盗、窃盗、さぎ、横領というように、この世の中に悪人がふえてくる。この世の中が地獄と化してしまいますねえ。
ここあたりで道を正して向きかえて、心のしんせいふっこうをやらしていただかねば、この天地間が破滅になってしまいますねえ。憲法だとか、法律だとかいうものを、よってたかって無視していたのでは世の中は治まりませんねえ。我々がなんと思ってもしかたがありませんから上方からはっきりと、下々へ秩序を守るような道を、うながしてやっていただきたいと思います。お互国民の一人一人がめざめるにありと思う。わかったでしょう。
九日 惶根之命様 かたちをば そなえていても りにそわん  三八七
         りからさだまる みちでなければ 大安 ☆ 一六二
                             五四九 🐇
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むほん払いづとめとは?