あ?IDなし
おふくろ (相変わらず笑いながら)お前なんぞ二目見られない醜女だぞっていう態度をする勇気さ。
いやいや一緒になるんだ。げろでもぶっかけておやり。あの女に。
サイッド (真面目に)本当にげろを吐かなきゃならないか?
俺と結婚する為にあいつが何をした? 何もしちゃいない。
サイッド (頭の中で計算をして)洗濯か。1枚につきいくらになる?
おふくろ いつも、お金じゃ払ってくれないさ。金曜ごとに、ロバを貸してくれる。
お前の方こそ、あの柱時計、ありゃいくらで買った?
そりゃ狂っちゃいるよ、だけどとにかく、れっきとした柱時計だ。
サイッド まだ払いは済んでない。石の壁をあと十八メートルやらなきゃ。デュルールの納屋のさ。
明後日やる。それじゃ、コーヒー碾きは?
サイッド どうしても靴ははかないの。あんたがハイヒールをはいてる所は見たことがない。
物音といわず声といわず、音なら何でも通しちゃうんだ。
まるで雷みたいな小屋だったよ、ありゃ!
こうすれば、ドッスーーン! ああやれば、バッターーーン!
ギシギシ、ガタガタ! ドスーン、バタン! こっちがギィ、あっちがギィ。
グググググググ、ガガガガガガガ、ガーラガラガラ…………ドカーン!
羽目板ごしにこう聞こえちまうんだから!
ところが、その小屋をだよ。連中は差し押さえようって魂胆だ。
そこであたしゃね、こう爪先立って、ハイヒールのかかとでグーっと高くなっちゃってさ、
昂然と見下してやったもんだ。いや実に傲慢不遜にやってやったよ。
頭はトタンのひさしに届いてたね。こう指を突き出してさ、追い出してやったもんだ。
あいつらなんざ。
サイッド はいてよかったよ。確かに。だから、ハイヒールをはきなよ。
万歳! ドカーン! ドカーン! (大砲の音を真似る) ドカーン! ズドン! ボカン!
(大声で笑う)
おふくろ (踊りながら)ほうれ、ドッカーン! ほれ、ダーン! ボーン! ズドン! ボカン!
王様達の石畳さ。(サイッドに)さあ、お前の方は、雷をやんな。
サイッド (相変わらず笑いながら)ほれ、ドカーン! バーン!
キリキリキリキリキリキリ…… ガラガラガラガラガラガラガラ…… ビリビリビリビリ……
(仕草と声で稲妻を真似る)
だが、金の下着をはいてれば、私は見事な雨の女王さ。
(召使たちは立ち上がり、彼女に金色のペチコートを履かせる。それから入り口のベルの音。誰かが戸を閉めたしるし。
背景の隅から、外人部隊の兵士が出てくる。彼はベルトを締め終わってすぐに去る。それからマリカが現れる。
ワルダほどの威厳はないが、高慢で、ふてくされたような態度、蒼白な顔、緑色の顔料を塗っている)
マリカ (ワルダと並ぶ位置まで来て立ち上がるが、誰の顔も見ずに)
ああお高く止まってちゃ、やりにくかったろうよ。
ブラヒム どいつもこいつも、威張るだけが能さ。
(ワルダが苛立った仕草をする)
マリカ 私の言ってるのはベッドのことさ、あの兵隊が積み上げたお札で潰れそうだったよ。
ワルダ (召使に)赤いビロードの。
(ブラヒムに)鉛のおもりさ。鉛だよ、私の三つ重ねのスカートのへりにいれてあるのは。
(二人の男は声を立てて笑う。マリカは2歩、3歩、前に進む。)
それをめくるには、男の手が要る。
男の手がね……さもなきゃ私の手だ。
(男たちは笑う。マリカは自分の髪から帽子止めのピンを抜いて、それで歯をほじる)
ムスタファ (ブラヒムに)この女、俺達に勇気があるなんて、考えもしないらしいぜ……
マリカ (遮って)バイクに乗ってるときだけだろう、勇気なんて。
全速力で走ってる時さ、通りすがりに郵便局の女にいやらしいことを言うくらいが関の山さ。
シ・スリマーヌが……
ブラヒム (言葉を遮って)またあいつか!
ワルダ あの男しかいないのさ。(間) いい迷惑だよ、私達にゃ。
マリカ 自分の馬にまたがって、同じ時刻に十六の村に。そうさ、カビリアの男が話してくれたもの。
あの人は自分の馬にまたがって、同じ時刻に十六の村に現れた。
でも、現実には、暗い場所で眠っている。あの小道の辺の……
ムスタファ (マリカに)お前には誰でも、みんな喋っちまう、お前にはな。
マリカ 一人の男が私のために来る、私の帯はひとりでに外れる。ここは淫売屋さ。
男は自分の中身を空にする、私には何でも教えてくれるさ。
ブラヒム (大声で笑いながら)お前の帯がずれるとき……
マリカ まるで帆掛け舟さ。一目散だよ。男が一人やってくる、お札を持ってやってくる。
私の着物もピンも、着物に結んだ紐もボタンも、私よりも先にピンとくるのさ。
臭うんだよ。硬くそそり立つ肉の塊、そいつの匂いが漂ってくる。
男が一人、郵便局員か、どこかの小僧か、兵隊か、老いぼれの助平親父か、近づいてくる。
いや、近所に向かっているというだけで、私の帯も着物もこの身体から離れてしまう。
それこそ両手でしっかり押さえていないと……
バイクに乗って駆け回る希望なんていう代物を信じないのは、だがしかし……
ムスタファ (深刻に)お前を見るために、俺は鉱山の底からやってきた。
今、俺はお前を見ている、俺が信じるのはお前だ。
ワルダ お前は、私の身を飾るものすべてを見た。その下には、もう大した物はありはしない……
ムスタファ (一歩近づいて)もしそこに、死ってやつがいたら……
ワルダ (仕草で遮って)いるとも、ここに。静かに動いてる。
アーメッド (急に飛び起きて)奴らに対する憎しみも、そこにあるのか?
マリカ (驚きながら、アーメッドを見据えて)私の帯の下に?
入ってきたお前さん達を燃え上がらすあの火、あの火は奴らに対する憎しみからくるのさ。
(アーメッドに向かって挑発的に)私と一緒に上に来れば、お前がその気になりさえすればご祝儀をくれてやるよ。
ワルダ 大馬鹿だよ。
(鋭く、長い笑い声を立てる。沈黙。突然逆上したかのように)
全く怪しげな言葉ばかり。近頃じゃ。
新聞だのビラだのからそのまま切り抜いて来た言いぐさだ。
このざまはどうだい、淫売屋の人間になりながら、娼婦として完璧なものになりたいとは思わない、
骨と皮になるまで苦心してでもそうするのが当たり前なのに。(召使に)打掛を。
(召使はドレススタンドに掛けてあった打掛を取りに行き、それを持ってくる。その間に、ワルダは再び前と同じように笑う)
(ズボンの周りを歩き回り、それをじっと見る)
お前のお尻の方が丸みがあるわ。あの人のより。
(間)でもお前のおしっこはあんなに遠くまで届かない。
おいで……私の上にお乗り……せめてお前が、3メートル歩けたらね
---ここから入り口までさ---その後はずっと簡単なのに。
お前と私とで人気のないところに逃げ込むの……すももの木の下に……壁の向こう側に……もう一つの壁の向こう側に……山が、海が……そうして私はお前の丸いお尻に乗って、
お前のお尻の二つの山、その丸々した鞍にまたがって、
お前をはぁはぁ言わせてやるのに……
(ズボンの前で、馬に乗って走る真似をする)
はい、よー! はい、はい、はい! はい、よー!
こうして鞭をくれてやる。これでも駄目かい、私がこう締めつけても、
そうよ、壁の下まで来れば、私はお前のボタンをはずす、お前のボタンをまたはめる、
私の両手を両方のポケットに突っ込んで……
おふくろ (見えない場所で)こっちへ来ちゃ駄目だよ。餌は今日の分、たっぷり食べたろうに。
おふくろ (振り向いて)また刺したのかい、その針?
レイラ (針に向かって)お怒りにならないで、この子はふざけてるの。
心配なんかしなくたっていい。
サイッドは私と同じで、何もかもとんちんかんに狂っちまうのが好きなのさ。
どんどんずれていって、どっかの星まで飛んで行く、そうなりゃ不幸だって---聞いてるのか い---不幸だって物凄く大きなものになっちまって、お前の亭主は爆発だ。
笑い転げてよ。裂けちまうのさ。
お前は醜女なんだからね、頭の中も空っぽでいな。
レイラ それじゃ、私は一生懸命頑張って、うすのろにならなくちゃいけないの?
おふくろ とにかくどんどんやってごらん、どういうことになるかやってみなくちゃ分かりゃしない。
口を閉めたらどうだい! ……その調子でいきゃ申し分なさそうだ。
よしなよ、頭巾の外にまでよだれをたらすのは。
レイラ もうちょっとよだれをたらせば、それは私がもう一段、低脳になった証拠。
(痰を切ろうとする時のようなのどをならす声が聞こえる。サイッドが近づく。
肩に雑嚢をかけている。誰の顔も見ずに立ち止まり、雑嚢を地面に投げ出し、痰を吐く)
サイッド チーズとジャムが混じっていたぞ。何もつけずにパンだけ食った。
(レイラが立ちあがろうとする気配を見せるので)
座ってろ。縫い物してろ。
そこで俺は絶望したよ。それでもまだ俺は、お前の親父のことは思いつかなかった……
レイラ (サイッドの足元に泣き崩れて)サイッド、やめて!
神様、お聞きにならないでください、あなたを苦しめようというんですもの!
(おふくろが、ゆっくり帰ってくる。右の方に体が傾いている。水を一杯に汲んだ桶を持っているからだ。
サイッドが手伝おうとして近寄る気配を見せると、彼女は突然しゃんとする)
おふくろ 我慢することさ。お前は、お前の力の限りやってごらん。
あの子はあの子で、力の限りやるだろうよ。そうすりゃ分かるさ。
(桶を置く)
サイッド いらくさの中で、何をしてる?
そんなことをして何になる。食っていけるだけのものは稼いでいるじゃないか。
ハビブ 私にゃ、なぜだかその理由が説明できますね。
サイッド (きっぱりと)俺の問題は俺の問題だ。
ハビブ そんならその話はよしにしよう。お前には何も聞いちゃいない。
それからこのこともはっきり言っておくよ、お前さんは俺達みんなの面汚しだ、レイラは俺のいとこなんだからな。
サイッド あんな遠い関係じゃないか……遠すぎて……あの女は、
三十メートル先のいんげん豆みたいにしか見えない。
ハビブ たとえそうでも俺のいとこにゃ変わりない。だからあの女の恥は、この俺にちょっとばかりは
---いや、それはほんのちょっとだがよ---恥ずかしい思いをさせるのさ。
サイッド ここらで一番若い娘を買えるだけの金を俺は持って帰る。
ハビブ そうかい、でももう一人のはどうする?
ハロルド卿 (前と同じく)どうどう、ピジェ!
サイッド お前のいとこか?
ハビブ (うなだれて)オー、イエス、サー、ハロルド。
ハロルド卿 それで、もっとましな女を手に入れるために、海を渡ろうってのか?
だがどの尻だって、尻は尻だ。(大声で笑いながら、自分の尻を叩く)
サイッド! 女房は女房で抱えておけ、ボタンははめっぱなしだ、
ボタンをはずしたきゃ淫売に行くんだな。
(突然彼はいらいらする、ハビブに向かって)ちょっとピジェを捕まえておれ。
(煙草を吸っていたハビブは、手綱を取る。ハロルド卿はサイッドに近づく。
彼は手のひらに唾をして手押し車を握る)
分からんのか! こうだと言ってるじゃないか。こうやるんだ!
おふくろはお前に何も教えなかったのか。
(神経質に苛立って、馬の所に戻る。ハビブに)
さあ、どけ。仕事だ。
(架空の馬に乗りながら去る)
ハビブ もうお帰りですか、ハロルド様。
(太陽が消える)
サイッド お前の事は知らんさ、だが、俺のことでこの手袋に聞かれて都合が悪いようなことは何もないぞ。
そうとも、俺はため息をつく、おお、猪皮の手袋よ、おお、茶色の皮の長靴よ、なめし皮のズボンよ、
俺は大きなあくびをし、群れなす鳥をみんな飲みこんでしまう。
だが、どうして俺のことをからかうんだ。
ハビブ そのことはもう考えるな。(遠くを見つめて)今時分は、他の奴のことを怒鳴っているはずだ。
水門を開けて水を出しすぎたからな。奴は、お前のことなんぞもう忘れてるさ。
自分の馬に乗って、自分の領土を行く。
おふくろ (杖で脅して)消えちまえ!
(タレブは逃げようとするが、レイラが上着を捕まえて引きとめる)
レイラ 十七万じゃないわ、そのうち八万はもう返しちゃったもの。サイッドは正直だった。
その八万はなくしちゃったとか、お前さんがまた盗んだんだとか、言えば言えたのに。
おふくろ 連中は、あれが泥棒だって、いつまでも覚えているさ。
そうとも、私が村の女どもと言い合いをすれば、あのゲス女ども、
私に悪口を浴びせ掛け、サイッドや私のことで、ある事ない事言い出すのは分かりきってら。
レイラ 私のことは?
おふくろ (肩をすぼめて)お前なんぞ、今更言われることなんぞありゃしない。低能のくせして。
タレブ どんな事かね。
おふくろ (威嚇的に)ええ、とっとと失せろ! おだてて丸め込もうったって無駄だよ!
レイラ (おふくろに)私も手を貸すわ。汚いことなら、荷車に積むほど手持ちがあるから。
おふくろ (肩をすぼめて)低能のお前がかい。
レイラ 毎晩、私は新しいのをいくつも覚える。役に立つわ、きっと。
おふくろ それじゃ、寝ないのかい、お前は?
タレブ いちじくの木ってのは、ご存知の通り、不幸の木だ、ありゃ……
忘れるんじゃないよ、お前さんのおかげでわたし達は泥棒になった。
うちの雌鶏だって、同じように泥棒になるのさ。
レイラ (驚いて)私のせい?
おふくろ (笑いながら)お前が醜女だからさ。
レイラ (落ち着いて)そうね。雌鶏のことはできるだけやってみます。
私は一羽、黒いのに目星をつけてるの。他のよりずっと悪い奴。
あの雌鶏が他の連中に手本を示してくれたら。
私だって風呂屋くらい行くさ……そのかわり後で、真っ白になった足の指を、
砂埃の中に引きずってよ……
ネヂュマ (日の光を避けるために傘を拾って)わたしゃ、そのうちにイタリア風の生活をするね。
わたしの部屋には蝿もごきぶりもいないようにしてやる……
シガ (笑いながら)家じゃ、蝿だろうが、ごきぶりだろうが、くもだろうが大歓迎さ。
蝿のためには、いつでもがき共の目の縁にご馳走がある---わたしが子供を育てるのは
その為さ---鼻の下にもさ。がき共に、時々拳固をくれてやる、朝の十時頃によ、それから夕方の四時頃には今度はびんただ。
ぎゃあぎゃあ泣く、青っぱなをすする、そこで蝿はそれご馳走と大喜びだ。
(舌で、さもうまそうに、自分の鼻から垂れてくる鼻汁をすする)
ネヂュマ (胸がむかつくといった様子で)それで、亭主の方は?
私は毎朝それを庭の向こう側に開けに行く……
カディッヂャ (遠くを見つめながら)あそこにやってくるのは誰だい、私にゃよく見えないが。(ハビバに)
お前さん、見ておくれ……
ハビバ サイッドのおふくろだわ。
カディッヂャ (情容赦ない、威厳のある口調で)なんて厚かましいんだ! あの女に泣く権利はない。
分かったね、みんな。あの女は来ちゃならない。
(間。サイッドのおふくろ、登場)
カディッヂャ お前さん、死人の為に泣きに来たんじゃあるまいね?
(間)それにいらくさと喋る件だがね、レイラはうちの身内と話をしているだけのことじゃないか。
カディッヂャ お前達は泥棒一家だ。この村では、私らは私ら自身で裁きを下す権利がある。
邪魔者は入れてやらない。お前さんはね、死体の後からついて来ちゃならないんだ。
おふくろ 私がついて行っちゃいけないって、誰が言うんだい?
カディッヂャ 死体さ。
(シガが戻ってくる)
おふくろ 死体なんて、今更驚かないね。
(シガに)ずいぶん金持ちになったって言うが、それでも用を足すのは相変わらず塀の後ろかい?
空色のやつを買ってもらって毎朝開けに行くってわけにはいかないのかね。
ネヂュマ 私のだよ、それは!
カディッヂャ ええい、もう沢山だ! さあ、出かけるよ。(おふくろに)お前はそこにいな!
耳を済ましてごらん。よーく聞いてみるんだ。
(二人の女は耳をすましている様子。それから否定的に頭を振る)
どうだい、聞いたかい? 風に乗ってこの夕暮れに、死人の声は渡ってきた……
おふくろ 私が言いたいのは……
カディッヂャ (横柄に言葉を遮って)その犬だよ、お前の腹の中にいるその犬さ、
いいかい、私らに噛みつこうっていうその犬にも聞いてやろうじゃないか、
そうすりゃ犬どもだっていけないって言うに決まってら。
犬も、牝馬も、雌鶏だってあひるだって、ほうきも毛玉も、いけないと言ったに違いないさ。
カディッヂャ (厳しく)私達は、普通の死人とは違う特別の死人の為に泣けという指図を受けたんだ。
(四人の女は後退りしながら去ろうとする。おふくろを一人残して)
必ず夢の中で他でもないお前さん方が牛肉や鶏肉を盗むように、この私が仕向けてやる、
そうとも、毎晩さ。わたしゃお前さん方に向かって百二十七の悪口を、
それぞれ百二十七回繰り返し繰り返し唱えてやろう。
そうともよ、その悪口はどいつもこいつも素晴らしい代物さ。
その悪口で、お前さん方に後光が射そうってもんだ……
(女達は姿を消す。おふくろは振り返り、それに気がつく。
一瞬拍子抜けして、彼女は当たりをぐるぐる回る。
自分の中に大きな力を溜め込もうとしているかのよう。
それから、突然、脚を曲げ、両手を腿に当てて身構え、
女達が消えた方向に向かって怒涛のように犬の咆哮を轟かせる。
それは猟犬の大群を思わせるものだ。
その間に、レイラ登場。おふくろと一緒に吠える。
笛吹き (反抗的に)ヴァイオリンの二本の弦を同時に弾いたり、タイピングを両手で打つようなもんです。
警官ってものは---そりゃもちろんお前さんの仕事は俺も尊敬してるがよ---物を理解することなんぞできない。
閣下、あなたの内の神様なら、私のことを理解してくださる。私は鼻の穴で笛をうまく吹けるようになるまで二年かかった。
乞食に誰でもこれだけの芸があるって言うなら、私は乞食をした罪に落とされても結構ですよ。
警官 通行人にとっては、この堅い木の笛が鼻の穴に刺さっているのを見るのは不愉快です。
この男は金を貰うべく公衆に不快の情を与えているのでありますから、乞食をしていたことになるのです。
(断固として)我々の使命は、街路上における物乞い行為の一切を禁止することであり……
裁判官 (優しく)で、彼の吹いていた曲は、素晴らしい曲か?
おふくろが恐ろしい勢いで吼えながら追いかけてくる。
おふくろはポケットから石を取り出し、見えなくなったレイラめがけて投げつける。
窓ガラスの割れる音。おふくろは用心深く去る)
裁判官 (まずほっとしたように、それから、次第に断固たる口調に変わる)
いい具合に今は小便がしたくないと言う、そうでなかったら、私の足にじゃあじゃあぶっかけることだろうな。
しかしそうなれば、私はお前を裁判になぞかけずに、罰することができる。
人殺しをした奴は殺すまでだ。お前が私の足にじゃあじゃあたれ放題となれば、
私のほうでもお前をびしょびしょに濡らしてやろう、いいな、お前の噴水よりも私の噴水の方が手強いぞ。
何なら二人で、ホースの熱い水合戦をやってもいいが、お前の負けに決まっている。
何しろ、霊感を待っている間に、薄荷の煎じ薬を大きな土瓶にたっぷり一杯は飲んできたからな。
だがしかし、こともあろうに、美しい青春の月桂樹の、すんなりとした右足に向かって用を足すとは何事であるか!
美しい葉の三、四枚は、黄色くしおれてしまったに違いない。(第二の警官に)この男を外へ引き出し、その両足に、小便をたれよ。
(警官は男を退場させるが、彼はその場に残る。女が近づく)
裁判官 (荒っぽく)早くこちらへ来い。神様が出かけてしまう前に、お裁きを下されたいと思うなら、何をしでかしたのか、早く言え。
女 私は何にもしていません、閣下。
警官 何たる嘘吐きか! 閣下、この女は、人の家の戸口に落書きをしたのであります。
裁判官 どんな落書きか?
女 嘘です。
裁判官 どんな落書きだ? 上品なのか、下品なのか?
女 (遠くの物音に耳を澄ます風を装って)ほら……聞こえる? 聞こえるでしょう?
家には乳飲み子がいるのよ……
近付いていきましたわ、何食わぬ顔で。そうしたら……誰にぶつかったと思う?
ブランケンゼー夫人 兵隊のアルトマンですよ。
ブランケンゼー氏 何の用があったんだ、あの男?
ブランケンゼー夫人 なんだか口の中でもそもそ、馬鹿みたいに、いつもと同じで、逃げちまいましたわ。
(ブランケンゼー氏は肩をすぼめる)
……お出かけになる?
尻にも腹にもな……全てがわしらを裏切る、だが、お前がこうしていてくれるから……
ブランケンゼー夫人 (同じように興奮して)愛するあなた。裏切りも昔とは違いますわ。昔は、ひいおばあさんがよく話してくれましたけど、
結婚式の前の晩に、許婚同士が関係を結んでしまったんですって。
男が女を引き裂いて、女の白い衣装の下に、上からは見えない赤いしみが、愛が神様よりも強いことを証明していた。
勿論、神様を信じていなくてはなりませんわ。そして、裏切るのよ。
神聖な朝、女は見違えるように美しく、オレンジの花の冠を頂いて。
看守 (眠りながら)生涯を罪の上でか!
ブランケンゼー夫人 愛の生涯が罪の上に築かれるのよ、そうひいおばあさんが説明してくれたわ。
愛が裏切りで始まるってことはずうっと続いていたんですよ。
ちょうど、今でも守られている秩序の密かな傷口のようなものですわ。
レイラ (台詞を言うたびに、相手より大きな声で怒鳴ろうとする)
あたいの亭主が背広の周りで……
サイッド 一目散に、頭を下げて、こうがに股で……
レイラ きょろきょろとうろついて、草の茂みを四つんばいでやってくる、その腹ん中に何もかも掻っ攫ってこようと……
だが、絞首刑にされる男は、カモシカのように敏捷で、カモシカのように目にもとまらない。
(詠唱する)俺は戦争を知り、戦争のときには、神聖な敗北を知った!
撃て! 殺せ! 光には影が必要なのだ!
サイッド 乞食女は……
レイラ すごい臭い。それが手だもの。お金を使って、悪口を浴びせて、人は逃げていく。
(ちょっとした間)
サイッド お前も乞食をするんだな!
(長い間)
(看守は眠る。軍曹は、ズボンのボタンをはめ終わり、それから上着のボタンも全部はめている。
中尉が彼に近付き、一瞬、黙って彼を見つめる)
中尉 やがて、我々は死とすれすれの所を通る。奴らをやっつけるためにはな。
カスパの裏で待っているぞ。
軍曹 (無気力な声で)用意はいいすよ。
中尉 (軍曹をじっと見つめて)そうだろうと思う。お前の目、ゲルマン人のよりも遥かに冷たい目だ。そして、時には憂愁の影に満ちた……
軍曹 私の目をそんなによくご覧になるので?
中尉 隊長としての仕事だ。私は貴様を観察している……帽子が目の上にかぶさっていない時はな。
カディッヂャ いいや、私は帰んないよ! そうとも、帰ってたまるもんか!
(足で地面を踏み鳴らし)ここは私の国だ。ここはね、私のベッドだ。
ここで十四回、私は男にやられてね、十四人のアラブ人を産み落としたんだ。
そうともさ、帰りませんよ。
カメラマン (ヴァンプに)イヴニングを着て城壁の上に立ったら、素晴らしいですよ!
(優雅にしなをつくりながら、ヴァンプは投げやりに毛皮のマフラーを取り、タバコをふかす)
ヴァンプ (笑いながら)砂漠って本当に熱いと思います? 私、がたがた震えるんじゃないかって気がします。
怖いからじゃありません。その心配はご無用。熱いって、本当に熱いの? 誰に断言できるの?
アカデミー会員 歴史の本の上にあなたの綺麗な指を這わせて御覧なさい。やけどをするでしょうな。それは言葉が火のような文字で書かれているからです。
……氷の文字でと言ってもいい。氷もまた焼くように素晴らしいもの……或いはまた、硫酸の字でもある、これもまた焼きますから……
兵士 自分が信じているのは隊長だけであります……(沈黙)自分は甘い言葉で丸め込まれるようなことは断じてありません……(沈黙)
とにかく、隊長は隊長であります。自分は隊長を尊敬し……
ヴァンプ 時々こういう風に書くでしょう。「不気味に鳴動する叛乱」って……なぜかしらね……だって全然静かじゃない……
そしてまた、回教徒の青年達の巡礼の列が、
ぺギーの詩を原文で高らかに読みながら進む。
(突然目を輝かせて)ああ、将軍、十五から十七くらいの回教徒の少年は素晴らしい!
(舌を鳴らしながら舌なめずりをする)
両手に三十から四十もの様々な勲章を止めたクッションを持っている)
男 耳はどうするかな?
女 (ぶっきらぼうに)耳に勲章はつけないといったらつけないの。
お尻や、袖や、腿や、お腹にはつけても……ブルーのを頂戴……いいえ、空色のブルーの方よ。
男 聖子羊ブルー・リボン勲章かい!
女 (ピンで留めながら)どうしていけないの? 私達のものじゃない。長い間、全権大使が独り占めにしていた、
それから、こんなのは馬鹿げてるってことになって……後で取り止めになったはずよ。
馬鹿にしたくっても、今じゃとてもそれだけ数が揃いやしない。その大きな勲章ちょうだい、左の内股へ止めてやろう。
(夫妻は家の中に戻った心持、二人は人形を滑らせながら、中央へ運ぶ)
女 でもお宅のだって!
男 悲惨ですな。それですから、私は一番持っていない連中を家に招いて、月に一度、私の勝利の記念品を拝観させてやることにしておりましてね。
ボヌーユ夫人 私だってそりゃしてもいいですわ、ただ、うちのものはうちのものとはっきりしておきませんとね。
それにあの連中だって、国の祭日があるんですからそれで十分じゃないんですか。
旗が窓という窓に飾ってある、それも御用聞きの窓や空気抜きの窓まで、しかもありとあらゆる色の旗ですのよ。
昔は祭日には三色しか使わなかったっていう話ですけど。今じゃ、色の数なんて数え切れませんわね……
女 勲章の種類と同じですわ。おや、あの人たち、諦め大功労章をつけたわ……
ボヌーユ夫人 十字架サーベル勲功章は持っているようですか?
ハロルド卿 よし。(アラブ人に)しかし、心配はいらん。何も痛い目にあわせようというのじゃない。
(周囲を見回して)ところでだ……女、子供の姿があまり見えんようだが
……ここにいてはいけないとでも考えたのか? 違うのか? それじゃ一体どこに……。
(事実、アラブ人たちは全て、男も女も公職者も、後ずさりで退場してしまった。
ハロルド卿は息子と二人取り残されて、頭にきたらしい。ハロルド卿は、なおも息子に話を続ける間に、日は暮れて、夜になる)
わが息子よ、守る対象がバラの花であれ、オレンジの木であれ、それらの根は、幾千人の男の、
汗とよだれと涙のことごとくをもって養わねばならん。迷うことはない。美しい一本の木は、一人の正直な男に勝る。
いや、一人の美丈夫にさえ勝るのだ。武器はもってるな? (ハロルド卿の息子はピストルを取り出して、見せる)
よし。海の向こうには、常に祖国が存在しており……
ムバレク お昼の鐘を合図に、奴らの牝牛を三頭、腹を割いてやった。
全部子持ちさ。これが角だ。
(背景に角を書き、左隅に行く)
カディッヂャ 全て、音をさせないようにおやり、奴らは耳を澄ましているんだから。ラフシーヌ!
(前二者と同じように、ラフシーヌ、右手より登場。
次の台詞からは、全員、荒々しいが、押し殺したような口調で飲み喋る)
ムハメッド (背景に近付き、心臓の周りに渦巻きをいくつか書き加えて)まだ湯気を立ててるさ、カディッヂャ。
カディッヂャ ありがとよ。(呼ぶ)ラルビ!
ラルビ 腹を開いたよ臓物を見ようと思ってね……まだほかほかしてら。
(彼は同じく湯気の立っている贓物を描く)
カディッヂャ (顔をしかめて)この臭いは願い下げだね。
クイデール おいらは怖かったんだ。だから逃げちゃった。
カディッヂャ (力強く)ありがとよ。お前の怖かった所をお書き。(彼は逃げ出していくらしい二本の足を描く)
お前のふくらはぎに糞が流れていたんなら、それも忘れんじゃないよ。(呼ぶ)アムール!
(アムール登場)
アブデセレム! (アブデセレム登場)お前の方は?
アブデセレム 足をばっさりやった。
裁判官 まだ後からついてくるさ。しかもわしより足の速い連中がな。
カディッヂャ 待つとしよう。お前がやったことは?
裁判官 わしはたった今教わったばかりだ、この世は二つに分かれていて、わしもそのどちらかに入らなければならんと。
カディッヂャ 今ごろになってかい! 一体お前さん、何をしてたんだい!
おや、帰ってきたのかい。お前さんのことはとうの昔に忘れていたよ。
おふくろ (その言葉を遮り退場しながら)わたしゃこの一幕、出番になる前に演っちまったのさ。
(アラブ人の女たちは、憎憎しげに彼女を追い出す)
カディッヂャ (一瞬面食らったが、そこにいるアラブの女たちに向かい)
それで、お前達は? お前達の持ってきたものはそれっきりかい?
そんならとっとと消えな! それから、あの女、二度と村に入れちゃならない。
あの女め、思う存分荒らしまわるがいい。荒らしまわるのだ、思う存分!
(アラブ人の女たち、退場。かなり長い間。カディッヂャ、一人残る。それから女たちが四、五人黙ったまま登場)
こっちへおいで。要るものはみんな持ってきたかい?
(奥からボヌーユ夫人の声がする)
ボヌーユ夫人 旭日癇癪大勲章は、ありますか、あっちに?
兵隊の妻 (優しい声で、後ろを振り向きながら)目を瞑って、子守唄でも歌ってやりましょうか?
兵隊 夜が来たらな。(手を差し出して)もうぱらぱら降ってきた……こいつぁ、急がなくちゃ……
あたし達の行く先はどこ、サイッド、どこに行くの、あたし達?
サイッド (振り返り、彼女の目をじっと見つめて)俺の行く先か?
レイラ あたし達の行く先よ、サイッド。
サイッド 俺の行く先、俺のだよ、俺一人のだ、お前は俺の不幸にすぎないんだから。
俺自身と、俺の不幸って言う意味で、俺達二人とでも言わない限りはな。
そうとも、俺は行く、そいつははるか彼方に違いない、怪物の国へだ。たとえそいつが俺達の脚の下にあってもな、この真下だ、
ついぞ日のあたる事が無い場所だ、何しろお前ってやつは俺がいつでも引きずって歩いている、だから俺の影法師だよ。
レイラ あんたは、自分の影法師と別れる事だって出来てよ。
レイラ (自分の周囲を見回して)本当に誰もいない。獣一匹いない。何にも無い。
あまりといえばもう何にも見えない、だから石ももうただの石にすぎなくなった。
そうよ、ヨーロッパなんて、もう跡形も無い。逃げていくわ、逃げていく、ヨーロッパは海の方へ、あたし達は砂漠の方へ。
あたしは望む---そう一分ごとに増して行くあたしの醜さ、それが語るの---あんたが一切の希望を失ってしまう事を。
ありとあらゆる屈辱を受け入れる事を。あんたが悪を選ぶことを、そうよ、いつまでも必ず悪を。
憎しみだけを織る事を、決して愛を織って欲しくない。あたしは望む---そう、一秒ごとに増していくあたしのこの醜さを、それが語る言葉---
あんたの夜の輝きを、火打石の優しさを、そしてあざみの蜜を拒絶するようにと。あたしには分かっている、サイッド、あたし達がどこへ行くのか、
そしてなぜそこへ行くのかも。それはどこかへ行くためではないの、
そうではなくて、そこへあたし達を送り込んだ人たちが、静かな岸辺に、無事平穏でいられるためだわ。
あたし達は今ここにいる、それもあたし達をそこまで送り込んだ人たちが、自分はそんな目にあってはいない、
そんな所には居ないんだぞって、はっきり自分に言えるためなの。
三角形の帽子をかぶり、ヴェールがスカーフのようにその顔にかかっている。
長いドレス、そして黒いレースの小さな日傘をさしているが、これら全ての衣装はずたずたに裂けている。
ヴァンプと息子は疲労困憊の極みにあるもののごとし)
ヴァンプ まるであたしがくずのくずだって言わんばかり……
何よ、その口のきき方、まるでパンパン扱いじゃない……
前にはあんな……
息子 僕はね、僕に必要なのは手で触って確かめられるものだ。この地にわれわれの秩序が再び確立されるまでは、僕には休息なんぞない、
とにかくさし当たっては、急ぐ事だ。(突然)気をつけないと、貴方、叢が動き出した……
ヴァンプ 貴方といれば何も怖くなんかないわ。
ヴァンプ ちょっと優しくしてやれば……そうよ、そうよ、あたしのいう通りよ、大した事はいらないのよ。
息子 優しい親切、そんなものはこの連中にとって、糞食らえなんだ。今でも日陰くらいは作る、
こっちが命令すればね、だが、その日陰も昔のとは全然違う。
ヴァンプ (起き上がって)そういえば確かにこの女、気味が悪いわ。
息子 少しは休めましたか? お分かりでしょう、僕は貴方を愛しています、貴方は僕にとってこの世の全て……
サイッド 見てみろ。夜のやつ、実に自信たっぷりじゃないか!
(彼は真っ黒な第二の背景を指す。それは第一の背景の後ろを静かに滑ってくる。
徐々に暗くなる。犬の遠吠えが無数に聞こえるが、それはおふくろが真似しているものだ)
サイッド (レイラに)標識に頭をもたせかけて、とにかく眠りな。
レイラ (道路標識の付け根に横たわって)眠るの? あたしが足の裏を軽石ですりむいたり、あざみを食べたり、太陽にやられたりするのは、
あたしの眠りの中にいる竜をやっつけるためよ。
サイッド お前だって知ってるだろう、竜はお前が死んではじめてくたばる。だから寝かしてくれ。上じゃ、神様が仕事をなさればいい……
(彼は、背景の付け根にうずくまって、眠り込む。また遠吠えの声が聞こえる。その時である。左手から出てきて、あたりを闊歩しながら、おふくろが現れる)
もちろんだよ、あれは悪さをしないどころか、その白い花はなかなかいけるよ、あたしは、よくスープにしたもんだ。
櫛とバリカンを持って、いい男だったものね! あんまり男前だから、ブロンドの紳士と間違えそうだった。
(間)美貌ってやつ、どういう姿になったらいいのか、どういう風に現れたらいいのか分からずにいたが、
サイッドの父親が床屋になってたら、美貌ってやつが餓鬼どもの頭を刈らせ、じいさま達の髭をあたらせたろうによ。
二十年間も美貌ってやつが生き延びたのはね、いいかい、あたしの亭主がそう望んだからに他ならないのさ。
(非常に長い間。その間に、彼女は尻をかく。突然、機関銃の掃射の音)
サイッドがうまくいくまでに、あたし達は三度もやり直した。三度とも失敗さ、死んじまった。死んだのさ、最初は六ヶ月で、それから一年、あとのは三年。
(突然、彼女は不安になった様子)
レイラ そばまで。
サイッド もう来た! (間)聞いてみろ……
(ためらう)聞いてみろよ、俺が徹底的に汚らわしくなるには、どんな事を言えばいいか、何をしたらいいか。
レイラ (苦しそうな声で)あたしの竜に!
サイッド (おとなしく)うん。
要するにだ、毒の牙で咬まれてよ、しょんべんすりゃ、ひりひりだ……
フェルトン (笑いながら)しかもあの臭さ!
隊長たるものはだ---卑しくも隊長の名にふさわしい隊長であるならば---部下の考える事はすみからすみまで読み取れ……鏡、ないのか?
常に一つはなくてはならん。戦友の目でもよし、或いは……この中を見たまえ。
(自分のネクタイを指し示して、中尉はピエールの前に立つ。ピエールは鏡を見ているようにして、ネクタイを結ぶ)
よろしい。規則を口に出さねばならんのは遺憾だが。確かに夜には、たやすくはない、しかし夜でも、貴様達は光り輝かなくてはならんのだ。
照り映えしなくては。(自分の周りを見回して)軍曹はおらんのか?
ピエール 寝ております。中尉殿。
ブラシに唾をつけてでもよい、わしはすべすべでなくては承知せん。軽石で磨き上げておけ。(モラレスに)アラブか?
モラレス 自分でありますか?
中尉 髭をそりたまえ。(言われた兵士は髭剃りブラシと石鹸を取り出し、
水筒に残っていたぶどう酒をたらして、彼自身が背景に描いた岩を前にして、髭をそる。中尉はピエールの方に向き直り)
八日間の営倉入りは取り止めとする。攻撃は今夜行われるのだから……
(軍曹登場。仕切りとあくびをしていたが、上官の姿を見て、しゃんとして)
軍曹 失礼しました、中尉殿。
(フェルトンは腰のピストル入れのポケットより櫛を取り出し、髪を整える)問題は勝利を得て帰還する事ではない。そんなことが何の役に立つか?
(中尉が話している間に、全員せわしげに思い思いの仕事をする。そのために、中尉は目をすえて、空虚の中で喋っているように見える。
ピエールは靴紐を結び、モラレスは髭をそり、フルトンは髪を整え、ヘルムートは銃剣の掃除をし、軍曹は爪を磨く)
フランスは、すでに勝利を得た、という事は、すでにその不滅のイメージを与えたということに他ならん。
或いは半分死人になる、すなわち、帰還するときはびっこか、てんぼうか、腰がやられ、金玉は抜かれ、鼻はそげ、顔は一面大やけど……
中尉 (相変わらず軍曹に向かって気を付けの姿勢を取りつつ)斥候隊は帰ってきたか? 何時に? どんな状態で?
軍曹 (気を付けの姿勢をやめて)
許してください、中尉殿、どうも自分は、気をつけの格好をしていると、あんまりどじに見えて、自分の報告……
中尉 (不安になって、気を付けの姿勢のまま)頭が冴えるように、のびをするというのか?
軍曹 ええ。
中尉 それならば、もしわしが隊長の前でポケットに手を突っ込んだとすると、わしは貴様があくびをするときと同じに頭が冴えるという理屈か?
軍曹 (微笑しながら、片方の靴の紐を結ぶためにしゃがんで)違いますか?
(軍隊式に回れ右をして、正面切って話す)全き魅惑の力を備えたものとしてだ。いや、さらに鏡はその数を増さねばならん、
三面鏡、十面鏡、十三面、百十三面、千面、十万面と! 横顔を映し、貴様達が叛徒に向かって差し出すイメージは言いようもなく美しいものであって、
そのためにやつら自信がやつら自身について作り上げたイメージはひとたまりもなく失墜するようでなくてはならん。
完全に打ちのめされて、やつらのイメージたるもの、木っ端微塵に崩壊する。木っ端微塵だ……あるいは比喩を変えれば、氷のごとく、氷解するのだ。
敵に対する勝利、精神による勝利である。
(軍曹は、きわめて投げやりな態度て、ぶらぶらと去る)
(彼女はうずくまり、ハンカチで汗をぬぐう)
金で出来てるって事さ。おいらの奥歯と同じよ。そのおいらがこうやってマホメット教の国の中に鎮座ますたあ!
(彼はやっとの思いで立ち上がり、左手に向かい歩き出す。
遠くから、お袋のものすごく大きな声が聞こえてくる)
目が回りそうだものね、こりゃ、それで胃袋がでんぐり返しを打ったんだろう。よくあるこったよ。
ピエール (服の袖で口を拭きながら)だがお前は、こんな時間にそこで何をしてるんだ?
おふくろ 用を足しに来たのさ、石ころの上にね。お前さん、どこの人?
ピエール ブーローニュだ……(間)まさか、スパイをしてるんじゃあるまいな?
あふくろ (相変わらず彼を支えたまま)あたしらを残らずやっつけるのがお前さんがただと思うとね、あたしゃ歌を歌って笑っちまうね。
お前さん方が、うちの村を地図の上のちっぽけな赤い血のしみにしちまうなら……
ピエール できることをやるまでさ。おいらの荷物を担がせてくれ。
(足で死骸を押す)
ハビバ (前記四人の女に)要するに、何もかも順調だわ。淫売屋はこの国の中で呪われた場所に再びなった。
そしてあたしら亭主は、皆、もう、戦の前の状態に戻ったもの。家の人は陰気でね。あの人が入り口の戸を開けると、憂鬱が家の中へ入ってくる。
そいつは食卓に座り込み、あたしはいらいらし始め、口汚くわめいてやるんだが、誰も出て行きやしない。
あの人とあたしと、二人でそろそろ死んでいくのさ。
アジザ (全ての女達に)あたしはもう何も言う事がない、みんな話が上手いんだもの……でも、あたしはいつか、覗いてみたいな、ほんの一秒だけ、
男達が、淫売の前でどんな様子をするのか見てみたいもの。
アイシャ 何もかも変わっていく、だがそろそろとな。
アジザ (スリラに)お前さん、オムーのことを言ったね? 相変わらずの世迷いごとさ。今でもまだ言い張ってるよ、
あたしゃ月、水、金はカディッヂャで、他の日はサイッドのおふくろだって。
アイシャ 自分が悪いのさ。あの雨の中にいるあの女を見ていたが、あの演説におしゃべり……こぬか雨の中でね……
スリラ 吸い玉をやってみたかい?
(背景の後ろに、娼家の内部が見える。こうこうと明かりがともっていて、ほとんど夜になってしまった村の広場と対照的である。
マリカとヂェミラがワルダをテーブルの上に横たえるのが、背景をすかして見える。彼女らはワルダの死装束を調えている)
ララ 失礼するわ。ゴミ捨て場のそばを通らなくちゃならないだろう、ひどいにおいだもの。
アジザ 役場のほうで綺麗にしてくれるはずだがね。あんな中、何が腐っているか知れたもんじゃないよ!
役場にやるだけはやってもらいたいね。
アイシャ (ララに)さっき若いって言ったけど、その通りだね。あのにおいに、お前さんも馴れなきゃ……
スリラ あたしゃ、いずれにしても、大して苦にならないさ。うちの亭主のほうがもっとひどいからね。
場合によっちゃ、あたしはベッドの中に、亭主よりゴミ捨て場を入れたほうがましだと思う。
(彼女らは完全に退場してしまう。
背景の後ろでは、二人の娼婦がワルダの死装束をつけ終わったところだ。再び金槌の音が聞こえる)
ヂェミラ これでいいわ。足をお持ち、あたしが頭を持つから。(間)運び出そうよ。
マリカ 通りから行くの、無用心じゃないかい?
ヂェミラ もってのほかだよ。お客さんにぶつからあね。近道して庭を抜けていこう。
壁を乗り越える時は、この人もあたしらと同じにやってもらうさ。さあ、いいね。
(二人は割るだの死骸を担いで、背景の後ろから出て行く。出掛けに店の明かりを消す。こうして死人と三人きりになって彼女らは、死人を立たせる。
私心は途方もない装束をつけている。金のレースの大きなドレス、青い薔薇の花に覆われている。
靴はいくつかの巨大なピンクの薔薇の花で出来ている。死人の顔は真っ白に塗られている。薔薇の花と宝石が頭の上に。
歯の間には七本のきわめて長い帽子のピン。一度立たせると、ヂェミラとマリカはその方を支えて、そろそろと歩かせる)
おふくろ (彼女もまた微笑んで)あたしらの知っているあんたは、自分の責任に直面して、もっと自信があったけどね。
(彼は自分の周囲を見回す。女達も同様にする)あの人は前を歩いていく、ところが本当は、
いつでもおいらの後ろにいて、おいらの様子を伺っているんだ。おいらのかかとに中尉殿がぴったりついてくるといってもいいな。
何よりもまずおいらは夜をとっくりと調べてみた。あの人はいなかった。おいらはズボンを両手で下まで下げて、その穴の上にしゃがみこんだ。
そうして、まさにおいらが力んだときさ(笑い)おいらの目がくらくらっとして、あんた達が知っているかどうか知らんが……
演ってみせよう……(笑い……彼は、後ろからカディッヂャの腕に支えられて、腰を落とす)……力んで出すとき、目はくらくらっとなり、
何かが霞のように目にかかって……その時……消えてなくなる物はなんだ? 世界か? 空か? 違う。軍曹の位だの、大将の位だ!
しかも何もかも全部ひっくるめてな。制服も袖章も、それに持ってりゃ陸大卒の免状もだ! それじゃ残るものは何か? 空洞よ。そうともさ。
(このとき、上の背景は真っ暗になる)
だが、死んだ魂を勃起させようとして、うまくいった女は一人もいないやね。もうあの連中のことは忘れて、うちの村のことを話しておくれ。
おふくろ 目標なんか持っていなかったよ、あの女。
カディッヂャ お前さんの嫁の話はもういいよ。村のほうは、一体どうなっちゃったんだ?
ワルダ 村はお前さんを敬っている。お前さんは叛乱の中で、敵と直面して死んだんだからね。
お前さんの思い出の周りで、村中は、毎日毎日踊りを踊って、お前さんを忘れていくよ。
カディッヂャ そうこなくちゃ。
(娼家はかすかに明るい。まりかは片手で火の着いたマッチをかざし、
片手で一人のアラブ人、ホッセンを案内している様子。二人とも動かず、黙っている。外で女の叫ぶ声)
声 恥を知れ! お前達、どいつもこいつも、恥を知るがいい!
お前達の股を開けるだけじゃ気が住まず、男達の耳に鳩みたいに甘ったれた声を注ぐお前達さ!
恥を知るがいい! 恥を! あたしの可哀想な喉は、力いっぱい言葉を響かせようとしたおかげで、
上から下までひびが入りそうだというのに。
(最後の「恥を……」の辺りから、この台詞は、喉のうちに絶叫される。遠くに足音。
マリカはそろそろとホッセンを戸口の方へ、つまり左手の袖へ導く)
マリカはマッチをすって、笑いを浮かべて、スマイルの手を取ろうとすると、彼は逃げる。遠くで例の声)
声 (嗚咽のうちに)今となっては、許せない悪業だよ! 以前は、お前さんたち、若くて、綺麗だった、今じゃ皴だらけじゃないか、
それなのに、男達はお前さんたちの持ってるやっとこから、もう離れる事は出来ないんだ……
(声は遠ざかる)
マリカ (スマイルに)さあ、連れて行ってあげるよ。
スマイル 俺に触るな。
マリカ (微笑んで)洋服を着ちゃったからかい。その半ズボンと上着を着てれば、安全だと思ってるんだね。
俺はきちんとしているって。それであたしなんぞは見るも汚らわしいって。今すぐにね……
スマイル 黙れったら!
それから、娼家からは、マリカが出てきて、好奇の目で右手の袖を見やる。
刑務所からは看守が出てきて、食料品店の親爺と同じく下の階を見やる。
家の内部を表している背景の背後から、ララとその亭主が出てくる。
彼はまだちゃんと服を着ていない。彼らは右手の袖の方角を見やる)
小僧 (主人に)ずいぶん遅いんですね! 確かに今日ですか?
主人 (口やかましく)インゲン豆の重さでも量ったらどうだ。いや、豆の数を勘定しておけ。
小僧 おいらだって見たいですよ。
銀行家 カーテン、どうしましたかな?
ブランケンゼー夫人 持ってくるのを忘れましたわ。記録に残る間違いだわ、これも。このことと、それから亡くなりました主人のあの腰ふとんね。
銀行家 連中がその腰ふとんを見つけても、使いようが分からんでしょうが。
前後さかさまにつけますな、きっと。尻の方を腹のほうにあてがい、尻の方に太鼓腹を持っていって。
(間)
宣教師 貴方のほうで気が付かれてよい時ですぞ、彼らは下劣の極みという事態をひとつの神に仕立てたのです。
貴方には、とても彼らを打ち負かす勇気はござるまい。
ハロルド卿 軍隊が……
(沈黙)
宣教師 かなり正鵠を得ていると思われます考えは、つまりわれわれは彼らにとって、いわば叛乱を起こすための口実であったという事であります。
われわれというものがなかったならば、いや、あえて申しましょう、われわれの残忍さ、われわれの不正というものがなかったならば、
彼らは壊滅してしまったに違いない。正直に申しましょうか、私はわれわれはまさしく
神の用いられた方便であると信ずるものであります。われわれの神の、そして彼らの神の方便であると。
銀行家 われわれはまだ最後の切り札は出しておらんのです。そう、われわれには少なくても、
われわれの先祖伝来の高貴さというものの背後に立てこもる可能性だけは残されている。
全てはわれらの勝利であり、しかもとっくの昔からそうなのです。一体奴らは、何を持っています? 何も持っちゃいない。
(将軍に)とにかく絶対に、英雄になるような可能性をやつらに与えてはなりません。それを利用するにきまってますからな。
宣教師 私もそう申し上げようと思っていたところで。
ブランケンゼー夫人 そう思っていらしたなら、はっきりおっしゃっていただかなくてはね。
宣教師 (朗誦して)海が引き退くがごとくに、彼らは、われらのもとより引き退いていく、彼らと共に、
あたかも宝物ででもあるかのごとく、彼らのありとあらゆる悲惨を、恥を、瘡蓋を持ち去っていくのだ……
海が引きの句がごとくに、われら自らのうちにわれらは引き退き、われらの栄光とわれらの伝説とを再びここに見出すのだ。
屑はことごとく、彼らが運び去るのです。彼らはわれらにすき櫛を当ててくれたのだ。
銀行家 (識者ぶって)反対の極を作るわけだ。(沈黙)
外人部隊の兵士 頭に立つやつさえいればよ!
(金槌の音。全員、口をつぐんで、再びうつらうつらしだす)
マリカ そいつはますます濃く厚くなる。パン屋のおかみは、あたしにおつりをくれる時、にこりともしなくなった。
あたしの方だってもう何も言う気がしない。口をきいたら、あたしは果てが無くなるだろうし、美人になりすぎちまうもの。
あと二、三日したら、あたしは郵便局へ行く事も出来なくなる、いや、もう外へは出られないよ。
ヂェミラ 事だねえ……
あんたとあたしと、意見が一致する事なんてあるわけがない、でも世間をうんざりさせるためなら話は別さ……
マリカ (軍曹に、ただしヂェミラを見つめながら)あたしが相手じゃ、お前さんのヒロイズムとやら、いくらあっても足りまいが。
あたしらは、何のやましいところもない、まっとうなお務めをしていただけさ。男達は、自分の家でやるのと同じに、店へ来て、やって帰った。
ところが今じゃ、違ってきたね、まるで地獄の底の幸せみたいに、あたしらのおかげで男供は幸せになるんだ。
ヂェミラ (熱心に聞いている)それで?
ヂェミラ その末路はあの通りさ……(間)四十雀の餌をとって来なくちゃ。あんたは……
マリカ あたしは一ダースくらいタオルを洗って、漂白しとかなくちゃ。あの男が出てくる前にね……
(ヂェミラは背景の後ろに消える。マリかはまっすぐ立ったままである。自分の前をじっと見つめて、しかし何も見てはいないようだ)
小僧 (食料品店の売子である)おいらみたいにした方がいいぜ、股んとこで足を組んでよ、その方がくたびれないぜ。
マリカ (小僧に、軽蔑した口調で)お前こそ、洟垂れ小僧のうちに休んでおきな。
今にさ、お前が組んでるその股を、このあたしに解いてもらいたくなった日には、それこそいくら働いたって追いつかないよ。
(唾を吐いて、また物思いにふける風を装う)
小僧 (口笛を吹いて)ここのところ、おいらのご執心は、スウェーデン女ばっかりだよ!
小僧 (笑いながら)あのばあ様、三本杖がいるってわけさ。二本の杖が地面で支え、あの叫び声はばあ様を天につないでいらあ。
(笑う)
オムー 左へ曲がるんだ……違うよ……違う、違うったら、左だよ……(彼女を取り巻いている男たちに)
あたしと同じさ、あの子には、左と右の区別がつかない……右へ曲がったかもしれないね、どうなったかあたしには分からないよ……
バシール (憎憎しく)やつをまっすぐな道に連れ戻すのが、俺たちの役目だ。
オムー (バシールに)知っているのかよ、お前は、まっすぐな道がどこに通じているか?
それから、名前もない獣達……色もなきゃ……影もなきゃ……要するにゼロさ……(大声で)もうちょっと急ぎな。
(そこにいる男達に)親、あの子他事分の背丈と同じくらいに大きくなったよ。
ネヂュマ (笑いながら)じゃ、もしお前が網の先にぶら下がる事になったら?
サイッド 願ってもないね。天と地の間で……
オムー そんな風に震えなくてもいい、ひどい目に合わせやしないから。裏切りの件はだ、
お前はお前にできることをしたまでだし、しかもこいつは認めざるをえないがね、結局、大した事は出来なかった。
(全員、笑う)いや、分かっているよ、あたしは、お前の意図はよかったんだ。
だからこそ、あたしらだって、それを重く視るつもりさ。だが、お前を裁くってのは、不可能になった。
これまで誰もお前ほど先まで行ってしまった者がいなかったのは……
おふくろ (ほっとして)よかったよ。あたしは見張ってたんだからね。
サイッド (さらに続けて)あいつは、俺からそんな気持ちをなくさすために、ありとあらゆることをやってくれたさ。
俺の方としては、俺は……俺が、一度も気がくじけそうにならなかったなんていうつもりはない、
情愛って物が、俺たちの上に打ち震える一枚の木の葉のように、情愛がふと影を落とす、
だが、すぐ俺は気を取り直した。そうともさ、その点については、安心してくれ。
あいつは怒り狂って死んだよ。そして俺は、俺がくたばるときには……
オムー (前の言葉を続けて)お手本としてじゃない。ひとつの旗としてさ。
(沈黙)
おふくろ (木魂のように)おしゃぶりな!
サイッド (同じく)しゃぶるよだれもありゃしない。
夫 一時間なら無駄にしても取り返せるが、半日となったら取り返しがつかない。お祭りは駆け足でやっつけなきゃ!
(瓶からぐいと一気飲みする)
シガ (サイッドに)においでさ、あの大きな下水から二十メートルの辺に来ると、レイラがそこで揺れているのが分かるらしいよ……
もしそこから出てる臭いにおいになったのが本当にあの女なら、あたしたちは、ものを忘れずに済むってわけだ。
どんなものでも見逃してはならない。終わりが、あたしの終わりが近づいてきた、あたしは終末に近づいて行く、
みんな途中で頭をぶつけ合ったら、あたしに変わってくれるやつは一体誰だ?
(胸が苦しい様子)お前達、分かるだろう、この差し迫った状況……
バシール (近付いて)アスピリンか、ばあ様?
オムー (サイッドに)お前はお前自身の背丈を越えて……
シガ それじゃみんなで寄り合って、今度のサイズで靴下を編んでやろうか!
サイッド 俺はみんなの要求通りにするよ、だが……
オムー (熱に浮かされて)心配は要らない。全部あたしらだけで片付けてやるよ……こつはちゃんと心得ている……万事、スムーズに運ぶはずだよ……
サイッド (突然、厳しい口調で)とにかく、まず俺を殺すんだろう。それならすぐにしてもらいたい!
お前ら、俺のことを待ちあぐんでいた、俺のための祭りだと……
看守 (笑いながら、大声で)俺は幾晩も幾晩も過ごしたからな……こいつの、レイラとの愛の物語り、俺が歌ってやろうじゃないか……
夜となく昼となく、俺は死刑囚の言葉を聞いてきた。全部が全部、決まってやつらは歌にして歌うが、全部が全部、大声でやるとは限らんのだ……
オムー くたばるのだ! 腹が裂けて、どろどろ物語が流れ出す……犬どもは……
看守 (前の台詞を続けて)大声ではな。ある連中は、ただふくらはぎの筋をあらわすだけだ。
そこを横切って、空気が少し流れる。するとひとつの歌が立ち上る。このハープを横切って……
サイッド (逆上して)そんなサイッドは俺じゃない! ハープの風も、ふくらはぎの恍惚も関係ない!
オムー 犬どもは言おう、このあたしらと犬どもは同属だって……やつらのための物語さ、その物語り、戸口から戸口へと進んでいく、夜ごとに……
お前なんぞは敵と向かい合ってくたばればいいのさ。お前の死も、あたしの狂乱以上に真実ではない。
お前ら、お前とお前の仲間はな、まさしくあたしらにサイッドが必要だという事の証拠だわさ。
アラブの兵士 お前の言う事はたぶん本当だろう、お前にとっても、俺にとっても、だが他のやつらは?
(嘲笑する)戦いにけりがついて、やつらが家に帰ったときには、どうなんだ?
(かなり長い沈黙)
ゴムまりみたいな床屋の親爺を守ってやるためじゃないわさ、そんなやつらは糞くらえだ、そうじゃない、
大事に大事に、あたしらのサイッドをとっておくため……そうとも、やつとやつの聖女のような女房を……
(死者の国では、全員が笑い出し、拍手を送る)
アラブの兵士 やかましい。勝利は貴様らの自由にはならん、勝利にどんな意味を与えるかもだ。決めるのは俺たち、生きている人間だ。
(村の広場にいる男達が拍手する)よし。(第三の兵士が、第二の兵士と同じく、娼家から出てくる。ついで第四の兵士も同様に……)
臭い肉に対してやらなきゃならんことはちゃんとな。そうだろうが。よし。(死者たちはくすくす笑う)
今は、俺たちだけで、静かに生きるのだ、邪魔をしないでもらいたい。(サイッドに)ここへ来いと言ったんだぞ。
オムー 逃げるんだよ。おまえ自身の外へ出るんだ。口でも、尻の穴でもどこでもいい、とにかく出るんだ、そこにいちゃいけない!
第一の兵士 (サイッドに向かい、厳しい面持ちで)俺はな、いいか、俺が言って聞かせることは……
サイッド (穏やかに)俺のことを、みんな、手に入れようと必死だ。俺の値段は、俺のほうでつり上げることが出来る……
(死者の国で、長い事呟きが聞こえる。死者たちは、互いに目で何事か示し合わせている様子。突然、おふくろが激しい口調で絶叫する)
ヴァンプ よう、よう! 軍曹、あんたは、ずいぶんとえげつない、いかがわしい事もやらかしたからね。
(笑う)足のつめをひん剥くなんてのは序の口でね……
アカデミー会員 何を馬鹿な事を! 今朝、路地で、あの男の名のついた町名の札の除幕式があったばかりですぞ。
彼の行動は、彼が死んだという一点を除いて、誰も知っちゃおらんのです。
ブランケンゼー夫人 いいえ、どういたしまして、あたしは聞いておりますわ。
銀行家 ゴシップだ、くだらん。
アカデミー会員 (はなはだ意気喪失して)彼が実際に行ったことに頼る事は出来んのです。もはやそのような事は不可能となった。
やつらには出来るが、われわれには出来ん。(学者ぶって)したがって、軍曹は、彼の名のついた町名の札を持つことになる、
それはわれわれが何も知らんからである。これがやつらと違うところです。
この分じゃ、百まですぐだ。(バシールに)アスピリン。
(バシールは彼女にアスピリンを差し出す、と、彼女はそれを飲み込む。アラブの兵士とオムーを除き、全員、すでに登場している。
下では、銀行家、外人部隊の兵士、ヴァンプ、等等が、サイッドの登場の際に起き上がっていたが、再び腰を下ろして、うつらうつらし始める)
第一の兵士 (オムーに)そう、悲しむには及ばんよ、ばあ様。お前ももうすぐ地面の下だ。
(笑う)
おふくろ サイッド! まあ、待ってりゃいいようなもんだけど……
カディッヂャ それには及ばないよ。レイラと同じさ、戻っては来ないよ。
おふくろ じゃ、どこにいるんだい、あの子?
カディッヂャ 死人の国さ。
(背景の二つないし三つの台詞の間に、死者たちはすでにその背景を運び出している。
お袋が一番後から、その肘掛け椅子を持って退場。部隊は空になる。終わりである)