今でもインターネットが禁止されたりして、情報の寸断と言うのは世界中で起こっているけれども、この頃はインターネットなどなかったから、電信や電話であるいはテレックスで連絡を取ると言うのが普通だった。
でも、戒厳令の下でそれができなくなると、ワルシャワから夜行列車で、ウィーンの南駅に到着する急行ショパンというのがあるけれども、早朝にその列車が到着すると、多くのTVクルーとかジャーナリストが到着した列車に駆け寄って乗ってきた人から、情報を聞くと言う極めてルネッサンス的な情報伝達がそこで行われていたのである。
私は今はもう廃刊になった週刊朝日の取材で出かけたのである。戒厳令が解除になった翌日の夕方の飛行機でワルシャワに飛んだのである。飛行機の後半分は薬品等の救援物資でいっぱいであって、米半分はジャーナリストでオーバーロードと言う感じだった。
それで5 6日ワルシャワに滞在していろいろオリンパスワイドで撮影をしてウィーンに戻ると言う時に、私は空港であげられたのである。50数本の撮影のフィルムを私はツーリストだと言い張ったらポリスが言うにはツーリストが数日間でこんなにたくさんフイルムを撮影するわけがないと言う。
それはそうだよね。
それで隙を見て、私が5本位のフィルムをポケットに入れてウィーンに戻ってきた。安くない取材費用をもらっているのだから、帰国するときに空港で全部取られました。では済まないわけだ。
地元で知り合った私世代の親父に中古カメラ屋に案内してもらった。その中古カメラのソ連製のカメラの列の中で光り輝いていたのがポーランド製のこのカメラスタートである。同じ名前でスタートと言うソ連製の35ミリ一眼レフがあるが、そういうのに比べるとこのカメラのスタートは革命的精神に溢れている。
この種類のカメラは世界中に何千といろいろな種類があると思うが、このスタートカメラは遠くから見ただけで一瞬でこれがそのカメラであると言うことを認識することができた。デザイン上すごいと言うよりも、デザインがカメラの存在感の背骨になっているのである。
過去スレ
【老いて益々】田中長徳ファンのスレ 5【徘徊】
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/dcamera/1496927773/
【老いて益々】田中長徳ファンのスレ Part4
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/camera/1414410549/l50
【老いて益々】田中長徳ファンのスレ その3【耄碌】
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/camera/1262227407/
田中長徳(たなか ちょうとく 本名はおさのり) 1947年東京生まれ
日本大学芸術学部写真学科卒業
日本デザインセンター勤務の後、フリーランスとなる
オーストリアのウィーンに遊学 ライカのコレクションを始める
帰国後 ライカなどクラシックカメラに関する執筆をカメラ雑誌に
連載する。以降、クラカメの権威として多くのファンを集める
なお、6/10(土曜)には四谷三丁目のホテルウィングインターナショナルプレミアム東京四谷で、
写真家田中長徳生誕70周年を祝う会が開催される
その写真は時代の空気を切り取り、その時その場所を歴史に定着させたものとして世界的に評価が高い
写真展では氏の写真の前でじっと動かず、滂沱の涙を流す人が後をたたない
その端正な風貌から写真界の貴公子との異名を持ち今日なお多くの女性の心を捉えて放さない