島根県能義郡安来町(現・安来市)生まれ。
父親は日立に勤務して広島県呉市の軍需工場などを転々とし、日立の安来工場に勤務していた時に当地出身の渡の母と結婚していた。
戦時中の1943年、父親は任地の日立呉工場を退職し、実家がある兵庫県津名郡淡路町(現:淡路市)に戻り洋品店を開業、小学校一年生途中から淡路島で育った。
出身を淡路島にしているのは、日活に入ったとき石原が神戸市生まれなので、淡路島の方がイメージ的にいい、という判断で決めたからだという。
終戦後の物資不足で長男と四男は亡くなった。
淡路町立石屋小学校、三田学園中学校・高等学校(6年間の寮生活)、青山学院大学経済学部卒業。
大学在学中は空手道部(流派は日本空手協会・松濤館流)に在籍し、青山学院大学・空手道部OB会長・渡瀬道彦の札もかかっていた。
空手弐段。柔道初段。