【特集】 『金ロー』を独自視点からチェックする!【68】 巨額の赤字をもたらした『かぐや姫の物語』 結局、かぐや姫が犯した「罪と罰」って何?アーカイブ最終更新 2026/01/14 08:221.朝一から閉店までφ ★???2026/01/09 12:00文=映画ゾンビ・バブ 民放のゴールデンタイムに、アート系の映画がノーカットで3時間放送されることが現代では珍しいケースでしょう。1月9日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、高畑勲監督の劇場アニメ『かぐや姫の物語』(2013年)がオンエアされます。宮﨑駿監督と並ぶ「スタジオジブリ」の二大巨頭だった高畑監督は2018年に82歳で亡くなり、『かぐや姫の物語』はその遺作になっています。 日本人なら誰もが知っている「竹取物語」をアニメーション化したもので、水彩画で描かれた絵巻ものを思わせる繊細な作画となっています。いまどきの商業アニメとは一線を画する作品です。 劇場公開時には「姫が犯した罪と罰」という謎めいたキャッチコピーが謳われていました。はたして、かぐや姫は何をやらかしたのでしょうか?高畑監督に憎悪の炎を燃やしていた宮﨑監督 高畑監督が8年の歳月を費やした『かぐや姫の物語』は製作費50億円に対し、興収は24.7億円でした。高畑監督の前作『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)も製作費20億円に対し、興収は15.6億円でした。2作続けて大赤字を出しています。宮﨑駿監督が『もののけ姫』(1997年)で201億円、『千と千尋の神隠し』(2001年)で316億円のメガヒットを続けて飛ばしたのとは、実に対照的な結果となっています。 宮﨑監督は東映動画時代からの先輩であり、博識さと緻密な演出力を持つ高畑監督をリスペクトしていた反面、憎悪の炎も燃やしていました。宮﨑監督が大ヒットさせて得た収益を、高畑監督が喰い潰しているように感じていたからです。 それでも宮﨑監督は、完成した高畑作品を観ては納得せざるを得なかったそうです。一方、高畑監督は宮﨑監督がつくる作品のことをずっと酷評し続けています。高畑監督と宮﨑監督との関係は「盟友」という二文字では済まない、複雑なものがあったようです。 エンタメ性に富んだ『風の谷のナウシカ』(1984年)などでアニメ界に新時代をもたらした宮﨑監督、『火垂るの墓』(1988年)をはじめとする観る人の心に刺さる作品を残した高畑監督、ふたりが交互に作品を発表していた1980~90年代は、スタジオジブリにとってもアニメファンにとっても幸せな時代だったように思います。
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2026/01/09 12:00
文=映画ゾンビ・バブ
民放のゴールデンタイムに、アート系の映画がノーカットで3時間放送されることが現代では珍しいケースでしょう。
1月9日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、高畑勲監督の劇場アニメ『かぐや姫の物語』(2013年)がオンエアされます。
宮﨑駿監督と並ぶ「スタジオジブリ」の二大巨頭だった高畑監督は2018年に82歳で亡くなり、『かぐや姫の物語』はその遺作になっています。
日本人なら誰もが知っている「竹取物語」をアニメーション化したもので、水彩画で描かれた絵巻ものを思わせる繊細な作画となっています。いまどきの商業アニメとは一線を画する作品です。
劇場公開時には「姫が犯した罪と罰」という謎めいたキャッチコピーが謳われていました。はたして、かぐや姫は何をやらかしたのでしょうか?
高畑監督に憎悪の炎を燃やしていた宮﨑監督
高畑監督が8年の歳月を費やした『かぐや姫の物語』は製作費50億円に対し、興収は24.7億円でした。高畑監督の前作『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)も製作費20億円に対し、興収は15.6億円でした。2作続けて大赤字を出しています。
宮﨑駿監督が『もののけ姫』(1997年)で201億円、『千と千尋の神隠し』(2001年)で316億円のメガヒットを続けて飛ばしたのとは、実に対照的な結果となっています。
宮﨑監督は東映動画時代からの先輩であり、博識さと緻密な演出力を持つ高畑監督をリスペクトしていた反面、憎悪の炎も燃やしていました。宮﨑監督が大ヒットさせて得た収益を、高畑監督が喰い潰しているように感じていたからです。
それでも宮﨑監督は、完成した高畑作品を観ては納得せざるを得なかったそうです。一方、高畑監督は宮﨑監督がつくる作品のことをずっと酷評し続けています。高畑監督と宮﨑監督との関係は「盟友」という二文字では済まない、複雑なものがあったようです。
エンタメ性に富んだ『風の谷のナウシカ』(1984年)などでアニメ界に新時代をもたらした宮﨑監督、『火垂るの墓』(1988年)をはじめとする観る人の心に刺さる作品を残した高畑監督、
ふたりが交互に作品を発表していた1980~90年代は、スタジオジブリにとってもアニメファンにとっても幸せな時代だったように思います。