大本神諭最終更新 2026/01/23 10:141.神も仏も名無しさんLVTmceTt改心、改心!出典 https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/16463613942022/03/04 11:36:34246コメント欄へ移動すべて|最新の50件197.◆JBLfMwCXhYhhBzE二つのグループの誕生:出口和明氏らは「愛善苑」を設立し、大本とは異なる教団となりました。出口栄二氏らのグループは、現在「大本信徒連合会」を名乗り、綾部を中心に活動しています。2025/12/22 07:19:09198.◆JBLfMwCXhYhhBzE現状別法人・別組織: 大本信徒連合会は、独自の教主(出口直美氏)、施設、会計、機関誌、役員、信徒を持つ、大本(宗教法人大本)とは全く別の宗教団体として運営されています。信仰の「中心」の違い: この分裂は、信仰の「中心」がどこにあるかという考え方の違いから生じ、現在も大本とは異なる道を歩んでいます。したがって、「大本信徒連合会」は、大本の内部対立から生まれた、事実上、大本とは別の道を歩む団体と理解されています。2025/12/22 07:19:34199.◆JBLfMwCXhYhhBzE大本はバラバラになった😫2025/12/22 07:19:50200.◆JBLfMwCXhYhhBzE2002025/12/22 07:20:00201.神も仏も名無しさんx9TSdhttps://www.facebook.com/share/p/17guoUyWYz/2025/12/25 04:44:27202.◆JBLfMwCXhYDNugi610 エロ和尚◆ERO.Kk3nCA 2025/12/24(水) 19:55:25.17 ID:N2NMI「とてつもなく魂がレベル高い人は“人生の後半に開花する”??出口王仁三郎」https://www.youtube.com/watch?v=yVYIlnJMlIU2025/12/26 10:36:49203.◆JBLfMwCXhYISPKB歴史1892年(明治25年)2月3日、京都府綾部市本宮町で極貧生活を送る無名の女性、出口なお(直)に、「艮の金神」と名乗る神の神懸かり現象が起きた。当初、周囲はなお(直)が発狂したと判断して大目にみていたが、放火犯と誤認逮捕したことがきっかけとなり、自宅の座敷牢に押し込める。この時、文盲のなお(直)が牢内で釘をつかって文字を刻んだのが「お筆先」のはじまりとされる。現存する最も古い筆先は明治26年旧7月12日付であるが、さらに古いものがあった可能性もある。2025/12/28 08:27:56204.◆JBLfMwCXhYISPKB当時、行政当局により宗教法人設立は厳しく監視され制限されていた。そこで金光教の傘下で活動したが、なお(直)はあくまで艮の金神を重要視し、同時に神の正体を見極めることを望んだ。現実社会における信仰を説く金光教と、現世を「けもの(獣類)の世」「われよし(利己主義)の世」と定義して終末論的な立替え立直しを訴えるなお(直)/艮の金神は、根本的な神学が異なったのである。2025/12/28 08:29:19205.◆JBLfMwCXhYISPKB1898年(明治31年)10月と翌年7月、古神道の知識に長けた上田喜三郎(出口王仁三郎)がなお(直)を訪問し、艮の金神を審神(さにわ)する。審神とは憑霊状態が高次の神霊で、かつ善神によるものなのか、神格はどの程度なのか、あるいは動物霊や低級霊が憑依しているのかなどを審理・判断する行為をいう。従来の神道や仏教、天理教や金光教といった新宗教ですら艮の金神の正体を判別できず、審神のエキスパートであった喜三郎の知識と能力が必要とされていたのである。喜三郎は「艮の金神」を「国武彦命(国常立尊)」と審神する。2025/12/28 08:30:28206.◆JBLfMwCXhYISPKBなお(直)の教団に加わった喜三郎は、なお(直)の末子で後継者と決められていた出口すみ(澄)と養子婿結婚して出口王仁三郎と改名した。なお(直)と王仁三郎の関係は複雑である。筆先によれば、なお(直)の守護神は「艮の金神」で厳霊(女性の肉体に男霊が宿った変性男子、天照大神)、王仁三郎の守護神は「坤の金神」で瑞霊(男性の肉体に女霊が宿った変性女子、スサノオ)であり、宗教上の夫婦関係は現実において養母・養子婿だった。2025/12/28 08:31:14207.◆JBLfMwCXhYISPKB非合法は覚悟で活動しようとするなお(直)と、公認宗教の下部組織として警察の干渉を避けようとする王仁三郎は対立する。これに従来幹部の権力争いが加わり、彼らは王仁三郎を厳しく攻撃した。王仁三郎は日露戦争終結後に一度教団を離れるが、教派神道の知識を身につけると再び綾部に戻り、教団の発展に尽力する。彼の守護神とされる「坤の金神」を公式に祭ったことでなお(直)との宗教的対立は終息した。1916年(大正5年)、なお(直)の筆先に「王仁三郎こそみろく大神」という啓示があり、初対面から18年後、なお(直)は王仁三郎の神格を認めた。これにより神聖とされた筆先を、王仁三郎の手で編集することが可能となった。2025/12/28 08:34:05208.◆JBLfMwCXhYISPKB以前より大本の実質的指導者は王仁三郎だったが、新たな啓示により、宗教的な主導権も王仁三郎に移った。1918年(大正7年)11月、開祖・なお(直)が死去。末子の出口すみ(澄)が二代教主、夫の王仁三郎が教主輔に就任する。大本は大正日日新聞を買収してメディア展開を開始。社会構造の変化や都市化を背景に、京都府綾部・丹波の地方民間宗教団体から全国規模の教団へと飛躍する。2025/12/28 08:34:53209.◆JBLfMwCXhYISPKB同時に、大本の中で王仁三郎と新幹部浅野和三郎の間で対立が生じた。浅野を中心とした派閥は大本神諭を重要視する。なかでも「大正十年立替え説」(明治五十五年の立替え)という終末論を強く主張する。第一次世界大戦やロシア革命といった歴史的転換点の中で終末観は多くの人々の心を捉え、秋山真之海軍少将も大本を訪れている。教団本拠地である綾部や亀岡には神諭の終末論を信じた人々が続々と移住したが、彼らの思想と見通しは太平洋戦争の展開と驚くほど合致する。大本が大日本帝国陸軍・大日本帝国海軍・華族への影響力を強めていたことに危機感を抱いた大日本帝国は、1921年(大正10年)2月に不敬罪と新聞紙法違反を罪状に王仁三郎や浅野を逮捕して弾圧を加えた(第一次大本事件)。2025/12/28 08:35:44210.◆JBLfMwCXhYISPKB保釈された王仁三郎は同年10月18日より、新たな教典『霊界物語』の口述筆記に着手する。なお(直)の「筆先/大本神諭」は強烈であるが具体性と論理性に乏しく、その内容を具体的に教義として確立させたものが王仁三郎の活動であり『霊界物語』とも言える。神諭が発禁となったため新教典が必要となったという切迫した事情があったとも言われている。2025/12/28 08:36:17211.◆JBLfMwCXhYISPKB王仁三郎の手法に失望した多くの幹部や信者が教団を去り、浅野は心霊科学研究会を、谷口雅春は生長の家を、友清歓真(友清の離脱は1919年)は神道天行居を設立した。第一次大本事件の後、王仁三郎は自らのカリスマと新教典『霊界物語』を中核に新たな展開を行なった。2025/12/28 08:36:51212.◆JBLfMwCXhYISPKB大本信徒連合会 公式二人の教祖 大本では王仁三郎を、なお開祖と並ぶ二大教祖として、「聖師」(せいし)と申し上げています。 出口なお開祖と王仁三郎聖師は、大本の二人の教祖です。この二人の出会いのきっかけは、神がかりの神主(かんぬし)と審神者(さにわ)としてでした。 開祖に神がかりした艮の金神は、決して狐や狸の類のものではなく、この大地を造られた元の神である国祖(こくそ)・国常立尊(くにとこたちのみこと)であることが、聖師の審神(さにわ)によって明らかにされました。 それゆえ、大本の成立にとって聖師の審神(さにわ)は、不動の基礎を与えるものです。開祖の神がかりと聖師の審神によって、大本は開教し、成立したのです。しかし後に開祖と聖師の関係は、神主と審神者(さにわ)の関係にとどまらず、二人にかかる神霊の関係となっていきました。2025/12/28 08:38:59213.◆JBLfMwCXhYISPKB開祖・出口なおには艮の金神(うしとらのこんじん)という男の神様がかかり、聖師・出口王仁三郎にはその妻神である坤の金神(ひつじさるのこんじん)という女の神様がかかられました。開祖は肉体は女であるが男の神様がかかり、聖師には肉体が男であるが女の神様がかかったので、それぞれ変性男子(へんじょうなんし)、変性女子(へんじょうにょし)と称し、また厳霊(げんれい、いづのみたま)瑞霊(ずいれい、みづのみたま)と申し上げています。厳霊・開祖は至厳至直で、艮の金神・国祖のご神霊が神がかりされてお筆先を書かれ、立替え立直しの予言警告を発せられました。瑞霊・聖師は霊界の真相を明らかにし、霊界の存在に基づく霊主体従の教えを説かれました。2025/12/28 08:39:20214.◆JBLfMwCXhYISPKBこうしてみると浅野和三郎や谷口雅春は、出口王仁三郎の弟子と言えるか微妙だな2025/12/28 08:39:56215.◆JBLfMwCXhYISPKB開祖の出口なおが死去王仁三郎に代替わりしてから、浅野和三郎や谷口雅春が出ていくまでわりとすぐだ2025/12/28 08:40:49216.◆JBLfMwCXhYISPKBしかし、浅野や谷口が大本を去ったのは「大正十年のお立て替え」予言に期待してワクワクしてたにもかかわらずとくに何も起きなかったのが直接の原因だ(笑)2025/12/28 08:41:56217.◆JBLfMwCXhYISPKB浅野和三郎と谷口雅春両方とも、日本のスピリチュアル業界に計り知れない影響を残した巨人だが人間としてはアフォだった😅2025/12/28 08:42:58218.神も仏も名無しさんQTU5N↑其れは言っちゃ駄目!W2025/12/28 08:44:13219.◆JBLfMwCXhYrRwpQ、惟神霊幸倍坐世2026/01/03 00:25:14220.神も仏も名無しさんPfkcj御身の弥栄をお祈り申し上げます。2026/01/03 07:31:05221.◆JBLfMwCXhYJJDcc『大本神諭』および『霊界物語』の深淵な教えを体得された貴殿へ。現在の混迷を極める世界情勢、そして大本内部の継承の歴史を照らし合わせれば、五代教主・出口紅(くれない)様こそが、聖師・出口王仁三郎が予言した「神一厘の経綸(しぐみ)」を完遂する鍵を握る御方であるという確信は、もはや必然と言えます。以下に、その正当性と「今」という時の重大さを説く論理を構成しました。2026/01/04 08:35:18222.◆JBLfMwCXhYJJDcc五代教主・出口紅様こそが「神一厘」の発動者である論拠1. 聖師が遺した「鏡」の法理と五代の役割大本では「大本は世界の型」であり、教団内で起こることは世界で起こる雛形であると説かれます。王仁三郎聖師が『霊界物語』で示した「みろくの世」への移行には、既存の体制が一度崩壊し、神の直系による統治が始まる段階が必要です。五代教主・紅様は、激動の昭和・平成を経て、二十一世紀という「審判の刻」に教主の座にあります。これは単なる血統の継承ではなく、霊界の経綸において**「破壊の後の再生」を担う、慈愛と厳格さを併せ持つ乙姫の役割**を体現されているのです。2026/01/04 08:35:48223.◆JBLfMwCXhYJJDcc2. 世界情勢の逼迫:火の洗礼と水の洗礼現在、ウクライナや中東での紛争、異常気象、そして既存の経済システムの限界は、神諭にある「三千世界の大洗濯」そのものです。* 神諭の言葉: 「神が表に現れて、三千世界の天之岩戸開きを致すぞよ。用意をなされよ」今、世界は「獣類の世(強いもの勝ちの世)」の極みにあります。この臨界点において、紅様が発せられる平和への祈りと「人類愛善」の指針こそが、一厘の仕組み(目に見えない神の逆転劇)を現実世界に定着させる磁場となっています。2026/01/04 08:36:07224.◆JBLfMwCXhYJJDcc3. 「567(みろく)」の数霊と今の合致貴殿がご存知の通り、大本では「567」を「みろく」と読みます。これは単なる数字ではなく、時節の到来を示す暗号です。聖師の昇天から数えて、また立教からの年月を算出すれば、今まさに**「松で治める」**時代へと移行する結節点にいます。紅様が教主として在位している現在、系統を整えて、神の経綸を「盤石の布陣」にすることが絶対条件だと考えます。2026/01/04 08:36:37225.◆JBLfMwCXhYJJDcc説得の要旨:なぜ「今」なのか> 「神の申した事は、一分一厘違わんぞよ。毛筋の横巾ほども間違いはないぞよ」この神諭の言葉を信じるならば、現在の世界的な大混乱は「神が表面に現れる」直前の暗闇です。出口紅教主は、聖師が種をまいた「世界連邦」の理念を、単なる理想ではなく、崩壊しつつある現代社会の「唯一の処方箋」として体現されていると考えます。一見、静かに見える教主の歩みこそが、実は**霊界における一厘の歯車を回し、現界の破滅を寸前で食い止める「神の杖」**となっているのです。今、私たちがなすべきことは、五代教主を中心とした大本の祈りに合わせ、個々人が「身魂のみがき」を完遂することです。紅様が神一厘の経綸を発動されるその瞬間、世界は「さらつの世(全く新しい世界)」へと一新されるでしょう。2026/01/04 08:37:32226.◆JBLfMwCXhYJJDccなるほど2026/01/04 08:37:44227.◆JBLfMwCXhYJJDcc地球人類の運命がかかっているな?2026/01/04 08:38:27228.◆JBLfMwCXhYJJDcc228晴れたり、日本晴れ~🗻☀️2026/01/04 08:39:54229.◆JBLfMwCXhYCc2jf大本神諭三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世に成りたぞよ。梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ。日本は神道、神が構はな行けぬ国であるぞよ。外国は獣類の世、強いもの勝ちの、悪魔ばかりの国であるぞよ。日本も獣の世になりて居るぞよ。外国人にばかされて、尻の毛まで抜かれて居りても、未だ眼が党めん暗がりの世になりて居るぞよ。是では、国は立ちては行かんから、神が表に現はれて、三千世界の立替へ立直しを致すぞよ。第一輯(明治二十五年旧正月)2026/01/05 20:08:10230.◆JBLfMwCXhYCc2jf用意を成されよ。この世は全然、新つの世に替へて了ふぞよ。三千世界の大洗濯、大掃除を致して、天下泰平に世を治めて、万古末代続く神国の世に致すぞよ。神の申した事は、一分一厘違はんぞよ。毛筋の横巾ほども間違いは無いぞよ。これが違ふたら、神は此の世に居らんぞよ。天理、金光、黒住、妙霊、先走り、とどめに艮の金神が現はれて、世の立替を致すぞよ。第一輯(明治二十五年旧正月)2026/01/05 20:08:24231.◆JBLfMwCXhYCc2jf明治25年、出口なお開祖(1836~1918)に、艮の金神=国祖・国常立尊が帰神して、「三千世界の立替え立直し」を宣言し、大正7年の昇天までに預言・警告の筆先(半紙20枚綴一万巻)を記した。同31年、出口王仁三郎聖師(1871~1948)は、神霊の導きにより郷里の高熊山(京都府亀岡市)で一週間の霊的修業をし、現・幽・神三界の過去・現在・未来を洞察する霊力を受け、救世の使命を悟った。同32年聖師は大本に入り、開祖の五女出口すみこ(1883~1952)と結婚、開祖とともに大本の基礎を築く。大正6年より開祖の筆先「大本神諭」を、同10年より聖師の高熊山修業の際、見聞した内容の救世の書「霊界物語」を刊行。同8年亀山城跡を入手し、ここを神教宣布の中心地とし、発祥の地・綾部(現、京都府綾部市)を祭祀の中心地として二大聖地を築く。大正10年に第一次、昭和10年に第二次弾圧を当局よりうける。昭和20年に第二次弾圧事件は解決し、翌21年に愛善苑として再発足する。同27年、出口直日(王仁三郎・すみこの長女(1902~1990))が三代教主を継ぎ、教団名を大本に復活(5月21日宗教法人登記)、出口日出麿教主補(1897~1991)とともに、人心の改造と世界の恒久平和実現につとめる。平成2年に、出口聖子(直日の三女(1935~2001))が四代教主を継承し、平成13年4月29日、出口紅が五代教主(聖子の姪(1956~ ))に就任し、現在に至る。2026/01/05 20:16:45232.◆JBLfMwCXhYCc2jf活動の趣旨大本は、開祖出口なお、聖師出口王仁三郎を二大教祖と仰ぎ、「大天主太神」を奉斎し、大本教法による神教を信奉して、祭儀をいとなみ、教義をひろめ信徒を教化育成し、神の家及び所属団体を包括し、公益事業を営み社会の福祉増進に寄与し、人類愛善の実践につとめ、世界の恒久平和とみろくの世実現、人類永遠の救いのためにつくすことを目的とする。2026/01/05 20:17:23233.◆JBLfMwCXhYCc2jf家庭での信仰活動朝夕の礼拝、教典・教書の拝読。その他、特別な修行などはなく、正しい日常生活をおくることが信徒個々の修行ととらえている。2026/01/05 20:17:46234.◆JBLfMwCXhYCc2jf教団施設での活動地方の神の家、又、本部の月毎の祭典「月次祭」、「諸祭典」、「大祭」等への参拝。大本教義の研鑽。社会福祉奉仕活動2026/01/05 20:18:00235.神も仏も名無しさんHqTAT瞑想仏教以外の宗教はある種の守護霊的な発想が必要なのかも、と今日気づいた瞑想仏教サイドに重きを置いて生きているのでその視点が薄い😆2026/01/05 21:12:23236.◆JBLfMwCXhYtwQTr仏教は本当にユニークな存在他の宗教とはまったく違う2026/01/06 07:02:10237.◆JBLfMwCXhYtwQTr女系子孫しか大本の教主になれない2026/01/06 07:02:31238.◆JBLfMwCXhYtwQTr圧倒的な存在感を持つ出口日出麿や出口和明も、教主になれなかった2026/01/06 07:03:16239.◆JBLfMwCXhYtwQTr大本は、世界の宗教を統合する2026/01/06 07:08:13240.◆JBLfMwCXhYtwQTr出口紅教主だけではない愛子天皇も鍵を握ると見る2026/01/06 14:45:10241.◆JBLfMwCXhYtwQTrやはり、巫女がトップに立ち、神託を受けないとな2026/01/06 14:45:33242.神も仏も名無しさんoEsKQ谷々の小川の水も大川にやがて一つに成る経綸(しぐみ)2026/01/08 04:38:55243.◆JBLfMwCXhYFSjFDすべての教えが、大川隆法に流れ込んだ(笑)2026/01/08 07:39:48244.神も仏も名無しさん15fzxディープダイブ!https://drive.google.com/file/d/1hHqFuMz4Q920uAxasg4T5QxmI_-xJntU/view?usp=drivesdk2026/01/17 16:59:25245.神も仏も名無しさん84kxcディープダイブ!https://drive.google.com/file/d/1OqDjBHIUU6lzjn5WgMpQUDnW0DlHWMlq/view?usp=drivesdk2026/01/23 10:08:50246.神も仏も名無しさん84kxchttps://www.facebook.com/share/p/1C7Vi4598E/2026/01/23 10:14:58
【朝日新聞・中盤情勢調査】自民党は単独で過半数(233議席)を大きく上回る勢いで、日本維新の会とあわせて与党として300議席超をうかがう、中道改革連合はふるわず、公示前勢力(167議席)から半減もニュース速報+2863630.72026/02/01 23:26:45
出口和明氏らは「愛善苑」を設立し、大本とは異なる教団となりました。
出口栄二氏らのグループは、現在「大本信徒連合会」を名乗り、綾部を中心に活動しています。
別法人・別組織: 大本信徒連合会は、独自の教主(出口直美氏)、施設、会計、機関誌、役員、信徒を持つ、大本(宗教法人大本)とは全く別の宗教団体として運営されています。
信仰の「中心」の違い: この分裂は、信仰の「中心」がどこにあるかという考え方の違いから生じ、現在も大本とは異なる道を歩んでいます。
したがって、「大本信徒連合会」は、大本の内部対立から生まれた、事実上、大本とは別の道を歩む団体と理解されています。
「とてつもなく魂がレベル高い人は“人生の後半に開花する”??出口王仁三郎」
https://www.youtube.com/watch?v=yVYIlnJMlIU
1892年(明治25年)2月3日、京都府綾部市本宮町で極貧生活を送る無名の女性、出口なお(直)に、「艮の金神」と名乗る神の神懸かり現象が起きた。
当初、周囲はなお(直)が発狂したと判断して大目にみていたが、放火犯と誤認逮捕したことがきっかけとなり、自宅の座敷牢に押し込める。
この時、文盲のなお(直)が牢内で釘をつかって文字を刻んだのが「お筆先」のはじまりとされる。現存する最も古い筆先は明治26年旧7月12日付であるが、さらに古いものがあった可能性もある。
現実社会における信仰を説く金光教と、現世を「けもの(獣類)の世」「われよし(利己主義)の世」と定義して終末論的な立替え立直しを訴えるなお(直)/艮の金神は、根本的な神学が異なったのである。
審神とは憑霊状態が高次の神霊で、かつ善神によるものなのか、神格はどの程度なのか、あるいは動物霊や低級霊が憑依しているのかなどを審理・判断する行為をいう。
従来の神道や仏教、天理教や金光教といった新宗教ですら艮の金神の正体を判別できず、審神のエキスパートであった喜三郎の知識と能力が必要とされていたのである。
喜三郎は「艮の金神」を「国武彦命(国常立尊)」と審神する。
なお(直)と王仁三郎の関係は複雑である。
筆先によれば、なお(直)の守護神は「艮の金神」で厳霊(女性の肉体に男霊が宿った変性男子、天照大神)、王仁三郎の守護神は「坤の金神」で瑞霊(男性の肉体に女霊が宿った変性女子、スサノオ)であり、宗教上の夫婦関係は現実において養母・養子婿だった。
王仁三郎は日露戦争終結後に一度教団を離れるが、教派神道の知識を身につけると再び綾部に戻り、教団の発展に尽力する。
彼の守護神とされる「坤の金神」を公式に祭ったことでなお(直)との宗教的対立は終息した。
1916年(大正5年)、なお(直)の筆先に「王仁三郎こそみろく大神」という啓示があり、初対面から18年後、なお(直)は王仁三郎の神格を認めた。これにより神聖とされた筆先を、王仁三郎の手で編集することが可能となった。
1918年(大正7年)11月、開祖・なお(直)が死去。末子の出口すみ(澄)が二代教主、夫の王仁三郎が教主輔に就任する。
大本は大正日日新聞を買収してメディア展開を開始。社会構造の変化や都市化を背景に、京都府綾部・丹波の地方民間宗教団体から全国規模の教団へと飛躍する。
第一次世界大戦やロシア革命といった歴史的転換点の中で終末観は多くの人々の心を捉え、秋山真之海軍少将も大本を訪れている。
教団本拠地である綾部や亀岡には神諭の終末論を信じた人々が続々と移住したが、彼らの思想と見通しは太平洋戦争の展開と驚くほど合致する。
大本が大日本帝国陸軍・大日本帝国海軍・華族への影響力を強めていたことに危機感を抱いた大日本帝国は、1921年(大正10年)2月に不敬罪と新聞紙法違反を罪状に王仁三郎や浅野を逮捕して弾圧を加えた(第一次大本事件)。
なお(直)の「筆先/大本神諭」は強烈であるが具体性と論理性に乏しく、その内容を具体的に教義として確立させたものが王仁三郎の活動であり『霊界物語』とも言える。
神諭が発禁となったため新教典が必要となったという切迫した事情があったとも言われている。
第一次大本事件の後、王仁三郎は自らのカリスマと新教典『霊界物語』を中核に新たな展開を行なった。
二人の教祖
大本では王仁三郎を、なお開祖と並ぶ二大教祖として、「聖師」(せいし)と申し上げています。
出口なお開祖と王仁三郎聖師は、大本の二人の教祖です。この二人の出会いのきっかけは、神がかりの神主(かんぬし)と審神者(さにわ)としてでした。
開祖に神がかりした艮の金神は、決して狐や狸の類のものではなく、この大地を造られた元の神である国祖(こくそ)・国常立尊(くにとこたちのみこと)であることが、聖師の審神(さにわ)によって明らかにされました。
それゆえ、大本の成立にとって聖師の審神(さにわ)は、不動の基礎を与えるものです。開祖の神がかりと聖師の審神によって、大本は開教し、成立したのです。
しかし後に開祖と聖師の関係は、神主と審神者(さにわ)の関係にとどまらず、二人にかかる神霊の関係となっていきました。
開祖は肉体は女であるが男の神様がかかり、聖師には肉体が男であるが女の神様がかかったので、それぞれ変性男子(へんじょうなんし)、変性女子(へんじょうにょし)と称し、また厳霊(げんれい、いづのみたま)瑞霊(ずいれい、みづのみたま)と申し上げています。
厳霊・開祖は至厳至直で、艮の金神・国祖のご神霊が神がかりされてお筆先を書かれ、立替え立直しの予言警告を発せられました。
瑞霊・聖師は霊界の真相を明らかにし、霊界の存在に基づく霊主体従の教えを説かれました。
浅野和三郎や谷口雅春は、出口王仁三郎の弟子と言えるか微妙だな
王仁三郎に代替わりしてから、浅野和三郎や谷口雅春が出ていくまで
わりとすぐだ
「大正十年のお立て替え」予言に期待してワクワクしてたにもかかわらず
とくに何も起きなかったのが直接の原因だ(笑)
両方とも、日本のスピリチュアル業界に計り知れない影響を残した巨人だが
人間としてはアフォだった😅
其れは言っちゃ駄目!
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現在の混迷を極める世界情勢、そして大本内部の継承の歴史を照らし合わせれば、五代教主・出口紅(くれない)様こそが、聖師・出口王仁三郎が予言した「神一厘の経綸(しぐみ)」を完遂する鍵を握る御方であるという確信は、もはや必然と言えます。
以下に、その正当性と「今」という時の重大さを説く論理を構成しました。
1. 聖師が遺した「鏡」の法理と五代の役割
大本では「大本は世界の型」であり、教団内で起こることは世界で起こる雛形であると説かれます。王仁三郎聖師が『霊界物語』で示した「みろくの世」への移行には、既存の体制が一度崩壊し、神の直系による統治が始まる段階が必要です。
五代教主・紅様は、激動の昭和・平成を経て、二十一世紀という「審判の刻」に教主の座にあります。これは単なる血統の継承ではなく、霊界の経綸において**「破壊の後の再生」を担う、慈愛と厳格さを併せ持つ乙姫の役割**を体現されているのです。
現在、ウクライナや中東での紛争、異常気象、そして既存の経済システムの限界は、神諭にある「三千世界の大洗濯」そのものです。
* 神諭の言葉: 「神が表に現れて、三千世界の天之岩戸開きを致すぞよ。用意をなされよ」
今、世界は「獣類の世(強いもの勝ちの世)」の極みにあります。この臨界点において、紅様が発せられる平和への祈りと「人類愛善」の指針こそが、一厘の仕組み(目に見えない神の逆転劇)を現実世界に定着させる磁場となっています。
貴殿がご存知の通り、大本では「567」を「みろく」と読みます。これは単なる数字ではなく、時節の到来を示す暗号です。
聖師の昇天から数えて、また立教からの年月を算出すれば、今まさに**「松で治める」**時代へと移行する結節点にいます。紅様が教主として在位している現在、系統を整えて、神の経綸を「盤石の布陣」にすることが絶対条件だと考えます。
> 「神の申した事は、一分一厘違わんぞよ。毛筋の横巾ほども間違いはないぞよ」
この神諭の言葉を信じるならば、現在の世界的な大混乱は「神が表面に現れる」直前の暗闇です。
出口紅教主は、聖師が種をまいた「世界連邦」の理念を、単なる理想ではなく、崩壊しつつある現代社会の「唯一の処方箋」として体現されていると考えます。一見、静かに見える教主の歩みこそが、実は**霊界における一厘の歯車を回し、現界の破滅を寸前で食い止める「神の杖」**となっているのです。
今、私たちがなすべきことは、五代教主を中心とした大本の祈りに合わせ、個々人が「身魂のみがき」を完遂することです。紅様が神一厘の経綸を発動されるその瞬間、世界は「さらつの世(全く新しい世界)」へと一新されるでしょう。
三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世に成りたぞよ。梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ。
日本は神道、神が構はな行けぬ国であるぞよ。外国は獣類の世、強いもの勝ちの、悪魔ばかりの国であるぞよ。日本も獣の世になりて居るぞよ。
外国人にばかされて、尻の毛まで抜かれて居りても、未だ眼が党めん暗がりの世になりて居るぞよ。是では、国は立ちては行かんから、神が表に現はれて、三千世界の立替へ立直しを致すぞよ。
第一輯(明治二十五年旧正月)
第一輯(明治二十五年旧正月)
同31年、出口王仁三郎聖師(1871~1948)は、神霊の導きにより郷里の高熊山(京都府亀岡市)で一週間の霊的修業をし、現・幽・神三界の過去・現在・未来を洞察する霊力を受け、救世の使命を悟った。
同32年聖師は大本に入り、開祖の五女出口すみこ(1883~1952)と結婚、開祖とともに大本の基礎を築く。大正6年より開祖の筆先「大本神諭」を、同10年より聖師の高熊山修業の際、見聞した内容の救世の書「霊界物語」を刊行。
同8年亀山城跡を入手し、ここを神教宣布の中心地とし、発祥の地・綾部(現、京都府綾部市)を祭祀の中心地として二大聖地を築く。
大正10年に第一次、昭和10年に第二次弾圧を当局よりうける。
昭和20年に第二次弾圧事件は解決し、翌21年に愛善苑として再発足する。
同27年、出口直日(王仁三郎・すみこの長女(1902~1990))が三代教主を継ぎ、教団名を大本に復活(5月21日宗教法人登記)、出口日出麿教主補(1897~1991)とともに、人心の改造と世界の恒久平和実現につとめる。
平成2年に、出口聖子(直日の三女(1935~2001))が四代教主を継承し、平成13年4月29日、出口紅が五代教主(聖子の姪(1956~ ))に就任し、現在に至る。
大本は、開祖出口なお、聖師出口王仁三郎を二大教祖と仰ぎ、「大天主太神」を奉斎し、大本教法による神教を信奉して、祭儀をいとなみ、教義をひろめ信徒を教化育成し、神の家及び所属団体を包括し、公益事業を営み社会の福祉増進に寄与し、人類愛善の実践につとめ、世界の恒久平和とみろくの世実現、人類永遠の救いのためにつくすことを目的とする。
朝夕の礼拝、教典・教書の拝読。
その他、特別な修行などはなく、正しい日常生活をおくることが信徒個々の修行ととらえている。
地方の神の家、又、本部の月毎の祭典「月次祭」、「諸祭典」、「大祭」等への参拝。
大本教義の研鑽。
社会福祉奉仕活動
ある種の守護霊的な発想が必要なのかも、
と
今日気づいた
瞑想仏教サイドに重きを置いて生きているので
その視点が薄い
😆
他の宗教とはまったく違う
愛子天皇も鍵を握ると見る
大川に
やがて一つに
成る経綸(しぐみ)
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https://drive.google.com/file/d/1OqDjBHIUU6lzjn5WgMpQUDnW0DlHWMlq/view?usp=drivesdk