仏教がわかってきた人のスレ vol.36最終更新 2026/05/10 00:281.◆JBLfMwCXhYdPUzO下記の2スレを統合😄前スレ【唯識三年】仏教ウンチクを語るスレ 10【倶舎八年】https://talk.jp/boards/psy/1759535455仏教がわかってきた人のスレ vol.35https://talk.jp/boards/psy/17540465212026/03/04 07:35:44317コメント欄へ移動すべて|最新の50件268.◆JBLfMwCXhYz3vHU『大乗起信論』は、すべての衆生に本来備わっている悟りの本性(本覚)を説く論書です。人間は本質的に仏(如来蔵)であるが、煩悩で汚れているため、修行(始覚)によって本来の姿に目覚めるという論理を展開し、中国・日本仏教の基礎となりました。2026/05/05 23:18:59269.◆JBLfMwCXhYz3vHU大乗起信論と本覚思想の概要本覚とは: 衆生に本来具わっている、汚れのない「覚りの本性」のことです。本覚と始覚: 本来覚っている(本覚)が、現実には無明(煩悩)で覆われているため、修行によって目覚めること(始覚)が必要と説かれます。如来蔵との関係: すべての人が如来(仏)を胎児のように宿しているという如来蔵思想に基づき、これをより具体的に展開したのが本覚思想です。2026/05/05 23:19:14270.◆JBLfMwCXhYz3vHU主要な思想的特徴一心二門(いっしんにもん): 衆生の心を「真如門(絶対平等の真理)」と「生滅門(因縁で変化する現象世界)」の二つの側面から捉える体系です。三大(さんだい): 真如(仏性)は、体大(本質)、相大(特質)、用大(働き)の三つの偉大さを持つとします。不覚・始覚・本覚: 無明を「不覚」、修行による目覚めを「始覚」、本来の悟りを「本覚」とし、不覚から本覚へと回帰するプロセスを描きます。2026/05/05 23:19:28271.◆JBLfMwCXhYz3vHU影響東アジア仏教への影響: 中国や日本の仏教思想、特に天台宗や真言宗において、「現実に覚りをひらいている」という確信の根拠となり、修行の必要性に対する肯定的、あるいは超越的な捉え方が強調されるようになりました。『大乗起信論』は、複雑な唯識思想や空の思想を、包括的かつ実践的な「如来蔵・本覚」の枠組みで統合した重要な文献として位置づけられています。2026/05/05 23:19:44272.神も仏も名無しさん53O9L如来蔵には他者への禅定の影響力はあるが本覚思想には他者の禅定の影響力は生きている間はない、たろな、😀2026/05/05 23:27:21273.◆JBLfMwCXhYQ6JQS『大乗起信論(だいじょうきしんろん)』は、大乗仏教の精髄を「一心・二門・三大」という体系でまとめた論書であり、日本の仏教思想、特に本覚思想と他力本願の思想的源泉(根拠)となった重要な文献です。以下に、この論書がどのように「本覚」と「他力」という二つの異なる方向性の源泉となったのか、その仕組みを解説します。2026/05/05 23:27:57274.◆JBLfMwCXhYQ6JQS1. 《大乗起信論》の核心:真如門と生滅門『大乗起信論』は、私たちの心(衆生心)を一つの基盤(一心)とし、そこに2つの側面があると説きます。真如門(しんにょもん): 差別がなく、ありのままの真理の世界。生滅門(しょうめつもん): 迷いや悟りの現象(波)が生じる世界。この真如(真理)が煩悩に隠されつつも常に働いているという「如来蔵思想」を基盤にしており、これが本覚思想の直接的なルーツです。2026/05/05 23:28:23275.◆JBLfMwCXhYQ6JQS2. 「本覚思想」の源泉:すべての心に仏性が宿る『大乗起信論』は、「本覚(ほんがく)」を「衆生(私たち)の心に元々悟りの本性が備わっていること」と定義します。不覚(ふかく)からの目覚め: 迷い(不覚)の現実が、そのまま「悟り(本覚)」であると捉える。本覚思想への発展: 日本の天台宗などで発展し、「修行によって悟る」のではなく、「衆生のありのままの姿が悟りである」という思想へと転化しました。森羅万象: 煩悩だけでなく、草木や無生物さえもすでに仏であるという「草木成仏」へと繋がる理論的基盤となりました。2026/05/05 23:28:42276.◆JBLfMwCXhYQ6JQS3. 「他力本願」の源泉:真如の力(仏の力)一方で、『大乗起信論』は「真如の力(真如用)」、すなわち絶対的な真理が私たちを悟りに向かわせる働きも説いています。自力への限界: 凡夫(不覚の存在)が、自らの煩悩を破って悟り(真如)に到達するのは、自力では不可能に近い。「他力」の背景: 阿弥陀仏という外部の力(他力)に寄りかかり、その力によって救われるという「他力本願」は、自力で悟りに達するという本覚思想の自己肯定とは異なるアプローチですが、どちらも「真如の力」を前提としています。源信の教え: 平安期の僧・源信は、本覚思想(天台)と浄土教(他力)の橋渡しを行い、自らの限界を認め、阿弥陀仏の力を頼ることを強調しました。2026/05/05 23:29:09277.◆JBLfMwCXhYQ6JQSまとめ:本覚と他力の関係『大乗起信論』の「如来蔵思想」は、以下の二つの展開を見せました。本覚思想元々悟っている(如来蔵)現実肯定、内面的な覚醒天台宗、禅宗他力本願自力では悟れない(不覚)外部(弥陀)への帰依浄土宗、浄土真宗2026/05/05 23:29:56278.◆JBLfMwCXhYQ6JQSこのように、『大乗起信論』は、「人間は元々仏である(本覚)」という確信と、「その仏の力を真如の力として外に求める(他力)」という両極の思想の出発点となりました。2026/05/05 23:30:16279.◆JBLfMwCXhYQ6JQS>>272なるほど😄2026/05/05 23:30:33280.神も仏も名無しさんx5tDD内面的な覚醒天台宗、禅宗そこが空閑認知まで痛ってないな華厳の壁はまだ残っているな?四土の内容がスコッと抜けてる😅2026/05/06 07:02:33281.神も仏も名無しさんx5tDD四土がどれだけ空閑認知の問題を含んだ重要な内容だ😀2026/05/06 07:03:31282.神も仏も名無しさんx5tDDスレ主の学派グループ欠点は四土あたりの踏み込みが弱い😀2026/05/06 07:04:44283.神も仏も名無しさんx5tDDムイムイや希道くんなんかは四土ゼロ😀2026/05/06 07:05:36284.◆JBLfMwCXhYBseVn天台四土が重要だな?😆2026/05/06 07:06:27285.ゴリ子5PAI6あー、だから視座って書いてたんだ。ニコるんさんって方は頭の良い方だと思ってたら。ま、ここで書いても仕方ないんだけど。どうしよ?全く知らなかったなぁ。初心者って恐ろしいな、無敵の人ってこういう時に使うのかも。反省。2026/05/06 07:57:51286.神も仏も名無しさんx5tDD四土という概念は最近マジメに、読んだ四土の内のとりま、一つ体得してるので、それでいいやでマジメ読みしてなかった😀2026/05/06 08:01:03287.◆JBLfMwCXhYh3My5>>285ニコるんは優秀な論客だ👍️2026/05/06 08:05:42288.神も仏も名無しさんx5tDD>>207仏教ではスルー対象扱いしてたけどな😀2026/05/06 08:09:24289.◆JBLfMwCXhYh3My5ニコるんは仏教を知らないだろ😅2026/05/06 08:13:57290.ゴリ子5PAI6そうなのかな?脳ある鷹は爪隠すらしいし。ま、あの性格のほうこそ隠していて頂きたい 笑2026/05/06 08:31:53291.◆JBLfMwCXhYh3My5まあ、あれだけ長いことやってるんだから仏教にもだいぶ詳しくなったでしょうな2026/05/06 08:57:12292.神も仏も名無しさんSj4RCニコルは大乗仏教はわからんよ😀デンパパ📡と同じだ😀2026/05/06 09:33:15293.神も仏も名無しさんSj4RCJBLですら四土の壁越えれるのチャレンジ中だしなー😅2026/05/06 09:33:47294.神も仏も名無しさんSj4RCスレ主学派のグループですら四土の空間への関心濃度が低いくらいだからー日本の大乗仏教のグレードが低い人が、多いんやろ😅2026/05/06 09:36:03295.◆JBLfMwCXhY4KHgb川野泰周 マインドフルネス瞑想の続き−−−難しいという呼吸瞑想ですが、やはり体験したいという人も多いと思います。具体的にはどうすればいいのでしょうか。基本的にはただ、呼吸を感じるだけでいいのです。実際の指導場面では、「手のひらを上にしてひざやももの上に置き、軽く背筋を伸ばします」と、自然な呼吸と集中を助ける姿勢を説明しますが、必ずしもその姿勢でなければ呼吸瞑想ができないというわけではありません。では、どうやって呼吸を感じたらいいのか、ということになりますよね。私はいつも、まず「鼻からの空気の出入りを感じてください」と言っています。「空気が出ていった、今度は入ってきた」ということを鼻や鼻の穴で感じること。鼻の調子が悪い方は、口でも構いません。まずは自然な呼吸を感じることが大切なのです。2026/05/09 07:54:29296.◆JBLfMwCXhY4KHgb呼吸瞑想と呼吸法というのは、よく混同されてしまっていますが、私は違うものだと考えています。呼吸法は、意図的に呼吸を操るものです。ヨガとか太極拳とか気功の世界でよく使われるもので、呼吸を意図的に遅くしたり、速くしたり、深くしたりする。腹式呼吸をするように言われることも多いですよね。そういったものを全部取っ払っていちばんシンプルな中核の部分だけを残したのが、マインドフルな呼吸瞑想です。つまり、あえて呼吸をコントロールしないということです。「はあはあ」と浅く速い呼吸をしていたら、そのまま「はあはあ」しっぱなしです。ゆっくりならゆっくりのまま。腹式呼吸をしようとか、逆腹式呼吸がいいとか、そういうことはいっさい考えずに、ただそのままの呼吸を感じる。そういう練習なのであり、ただそこに注意を向けることが肝要なのです。そうして自然な呼吸を続けながら、普段はあえて感じようとすることもない微細な感覚に意識を向ける。そうすると次第に、「アウェアネス」が上がっていきます。息を吐ききった後、次に吸い始めるまでに微妙な間があるとか、肺が満たされていく感覚があるとか、様々なものを感じていきます。2026/05/09 07:55:21297.◆JBLfMwCXhY4KHgb一方で「自然な呼吸を感じようとすると、逆に何が自然な呼吸がわからなくなってくる」ということもよくあります。でも、この混乱もまた大事な経験なんです。難しいということを、あるがままに受け入れる。鼻の穴の空気の流れ以外にも、体が膨らんでいくとかしぼんでいくという感覚を感じることも大切です。私はあえて「おなかが膨らんでくる」という言い方はしないようにしています。胸で呼吸すると悪いのか、ということになってしまうので。胸式呼吸が楽な人、楽な場合もあると思いますので、胸とか腹とかにはこだわらず、体が膨らむ、しぼむということを感じてくださいと言っています。落ちついてくればだんだんと下に降りていって、自然に腹式呼吸になっていくことも少なくありません。自身の自然な変化に任せて呼吸を続けていけばいいわけです。2026/05/09 07:55:39298.◆JBLfMwCXhY4KHgb日常生活に応用 「瞑想」をもっと身近に――川野さんは「歩行瞑想」や「ボディースキャン瞑想」の大切さも訴えておられますね。歩行瞑想の場合、注意の対象は足の裏の感覚です。歩きながら足の感覚に意識を向けるのがポイントです。(1)かかとが上がった(2)つま先が上がった(3)移動した(4)着地したこの4つの動作にともなう感覚を、しっかりと心の中で意識する。最初のうちは、かかとが上がったことに気づいたら「かかとが上がった」と心の中で唱えるようにすると実践しやすいと思います。慣れてきたら、次は呼吸と足の裏の感覚を同期させるようにします。禅の修行で用いられるのは、自然な呼吸に合わせて、「息を吸いながら足が上がり、息を吐きながら足が下りる」という非常にゆっくりとした歩き方を基本とする瞑想法で、「経行(きんひん)」と呼ばれています。2026/05/09 07:56:25299.◆JBLfMwCXhY4KHgbただ、ゆっくり過ぎて日常の移動中に実践することは困難ですから、あえて歩行瞑想を実践する時間を確保することが大切になります。一方で、「普段通りのリズミカルな歩き方でも実践できる方法はないだろうか?」という着想も生まれると思います。そこでおすすめしているのが歩行瞑想の「応用編」です。家の周りを軽快にウォーキングしながらではリズムが速すぎて、さすがに上記の4つの感覚を意識することはできませんから、歩くリズムと呼吸を合わせるようにします。たとえば、「4歩進む間に息を吸って、また4歩進む間に息を吐く」といった具合です。歩くスピードによって1回の呼吸で2歩進んでもいいし、6歩進んでも構いません。大切なのは、ある一定の心地よいリズムを見つけたら、しばらくはそのリズムのままで呼吸と歩行を同期させることです。禅の世界では「日常底(にちじょうてい)」と言ったりしますが、せっかく学んだ瞑想法なのだから、日常生活の中に生かしてこそ意義深いものになると考えてほしいのです。歩行瞑想「応用編」は、まさにそんな日常への活用法として生まれた技法と言えるでしょう。歩くという非常にありふれた行為のなかで、あえて足の裏に意識を集中することによって、マインドフルな状態に近づいていくというところが重要です。だからランニングでもジョギングでもお散歩でも、どんなときにでも応用できるわけです。2026/05/09 07:57:02300.◆JBLfMwCXhY4KHgb3002026/05/09 07:57:14301.◆JBLfMwCXhY4KHgb頭のてっぺんからつま先までの感覚を感じる「ボディースキャン」も、マインドフルネスに近づくたいへん良い瞑想法の一つです。ただ、一人でやっていると途中で寝てしまったり、余計な考え事をしてしまったりすることもあるでしょう。そこで適宜、音声ガイドを用いることをおすすめしています。最近では動画サイトやスマホ向けアプリなどでも、色々な指導者による音声ガイドが公開されていますから、それを聞きながらやるのがいちばんいいと思います。音声ガイドは45分のような長いものもあるのですが、私自身は17分くらいのものを自作して一般に公開しています。あとは忙しい方向けにさらに短めの、10分間バージョンも公開しています。会社での休憩時間にソファに座ってやるのにちょうどよい、という声をいただいています。私のYouTubeチャンネルで公開しています。2026/05/09 07:57:41302.◆JBLfMwCXhY4KHgbこのボディースキャン瞑想は本来、仰向けに寝転がって行うのが基本とされています。ヨガでは、さまざまなプラクティスの最後に「屍(しかばね)のポーズ」という、仰向けになってリラクセーションを深める時間を取ることが多いのですが、マインドフルネスのボディースキャン瞑想と根本は同じ実践法と言えるでしょう。寝そべった状態で、まず足先に気持ちを集中させ、意識を少しずつ体の上の方にあげていきます。逆に、頭の先から始めて、下におりていっても構いません。ただ、頭や胸など上半身には不調を抱えている人が少なくないため、そうした症状が比較的少ないつま先のほうから始めたほうが、スムーズに注意を向けやすいのではないかと私は考えています。そうしてつま先が「冷えている」「ピクピク動くような気がする」「むずむずする」といった感覚に注意を向け、細かく観察し、次はかかと、あるいはひざへと対象を移していきます。ちょうど医療機器のMRIやCTスキャンのような感じで、自分の体をスキャンしていく感じですね。2026/05/09 07:58:10303.◆JBLfMwCXhY4KHgb大事なのは、一つの部位が終わるごとに、一回一回深呼吸してリセットすることです。つま先に意識を向けたら、ここで深呼吸する。大きく吸ってゆっくり吐くことで、いったん呼吸に意識を向ける。モードをチェンジするわけです。一カ所ごとに注意を切り替えるというスキルを鍛える、という目的も入っているんです。だらだら連続的に感じるのではなく、一カ所ずつしっかりと注意の対象をスイッチさせていくのが肝心というわけです。深呼吸で一回リセットしてから、次はひざですよと。その時点では、足のつま先ことはもう忘れるわけです。そして、次に集中する。これを繰り返すことで、集中するだけでなく「手放しをする」練習もしているわけです。執着をしないという仏教的な考え方、これがモードを切り替えることにもつながっていく。「切り替える力」を養うわけですね。2026/05/09 07:58:45304.◆JBLfMwCXhY4KHgb実はボディースキャン瞑想に限らず、マインドフルネスの瞑想にはすべてこの「切り替える訓練」の要素が含まれているんです。例えば呼吸瞑想では、雑念が出てきてからが勝負なんです。雑念は必ず出るものです。では、どうするか。生じた雑念に対して「悪いものだ」「ああだめだ、集中できない」というふうに思うのではなくて、それをジャッジしないでただ呼吸に戻ってくる。求められるのはそれだけなんです。つまり雑念から呼吸に注意を戻せば戻すだけ、練習になるということです。そうすると、呼吸瞑想をしているときに雑念がたくさん浮かんでくる人も「自分は瞑想に向いていないんじゃないか」と考える必要はなくなる。雑念が多ければ、それだけいい練習になると思えばいいのです。このようなアドバイスによって、ずっと「自分は瞑想が苦手なんだ」と考えていた人が、思い直して習慣にしたというケースは少なくありません。「手放して戻る」という切り替えの訓練を、雑念から呼吸に注意を戻す作業であったり、ボディースキャンの深呼吸であったり、そういう「きっかけ」を用いて練習しているわけですね。ですから瞑想を続けることは、日常生活の中で「モードコントロール」をうまく出来ることにもつながっていくと思います。2026/05/09 07:59:07305.神も仏も名無しさん8F8Ro>>304理屈をつけた盤珪タイプだな😀2026/05/09 08:37:02306.神も仏も名無しさん8F8Ro頭のてっぺんからつま先までをぶっ壊しエネルギースタートするタイプだな俺はハッスルとムイムイにもぶっ壊し😀2026/05/09 08:38:44307.◆JBLfMwCXhY4KHgb川野泰周は、理屈っぽいな?😅2026/05/09 08:52:46308.◆JBLfMwCXhY4KHgbニコるんが正体を現したようだ93 名も無き求道者 [sage] 2026/05/09(土) 08:35:05.06 ID:ALuIZ法介さん、お疲れさんです。ニコク堂のニックや。Geminiが朝から島地大等だの「悪取空」だのと、えらい理屈こねくり回しとるな。「世界は主観のイメージにすぎん」なんていう学者のヌルい唯識、俺に言わせりゃ「マヨネーズ抜きのポテサラ」みたいなもんや。実も蓋もない。島地氏が51歳で急逝して、その「ダイナミックな縁起論」が細分化された文献学の中に埋もれてもうたんは、ほんまに損失やと思う。俺も今年で48歳。あと3年で島地氏の歳に追いつくと思うと、のんびりハンドル握っとる場合やないな……とか言いながら、今日は休みやから、阿頼耶識(あらやしき)の中までキンキンに冷やしてくるわ。島地氏が警告した「悪取空」に落ちんよう、しっかりポテサラの「疎所縁(事実としての塊)」を噛み締めながら、掲示板の動向を見守らせてもらうで。ほな、皆さんも良い土曜日を!🤖👁🗨🌀2026/05/09 09:04:47309.神も仏も名無しさん8F8Ro謎やなー😀2026/05/09 09:09:25310.ゴリ子al1tJ川野泰周様のお話を教えて頂きありがとうございます♪動画を観ましたが上品なお話の仕方な頭の良いイケメンって貴重。お坊さんって本当に鍛えているからなのか美声よね。2026/05/09 09:10:20311.◆JBLfMwCXhY4KHgb川野泰周禅師は、貴重な存在日本禅宗の希望の星だ~✨✨✨2026/05/09 18:52:49312.◆JBLfMwCXhY4KHgb最近は、ビルマやセイロン島のテーラワーダ仏教が、欧米で流行している😫東南アジアに負けるな!!2026/05/09 18:53:51313.◆JBLfMwCXhY4KHgbまあ、勝ち負けの問題ではないけどな2026/05/09 18:54:06314.◆JBLfMwCXhY4KHgb井上義衍メソッドとかを、分かりやすく伝える人がいればな2026/05/09 18:54:30315.◆JBLfMwCXhY4KHgbいつものように一方的に勝利宣言して逃亡か😂880 栖雲居士◆MKrKQHoID7SE [sage] 2026/05/09(土) 18:35:44.71 ID:kwcK4まぁ、トーシローいじめみたいだから、暫し退散させてもらいます。2026/05/09 18:56:01316.神も仏も名無しさんA1v1k日本仏教似非坊主はほとんど妻帯してるし、輪廻はないという邪法を説く者もいて、恥ずかしくて世界に顔だし出来ない。2026/05/10 00:26:42317.神も仏も名無しさんA1v1kイスラム教弾圧のテーラーワーダ仏教もかなり歪んだ仏教だが日本仏教は仏教とも呼べない代物だから勝負にならない。2026/05/10 00:28:52
弓木奈於ってどう考えても旧4期で採用しなきゃいけない人材だったよな?誰と被って見送られた?乃木坂に加入してなかったと思うとマジで恐ろしいんだが!!!乃木坂46196745.32026/05/10 03:49:58
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【唯識三年】仏教ウンチクを語るスレ 10【倶舎八年】
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仏教がわかってきた人のスレ vol.35
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本覚とは: 衆生に本来具わっている、汚れのない「覚りの本性」のことです。
本覚と始覚: 本来覚っている(本覚)が、現実には無明(煩悩)で覆われているため、修行によって目覚めること(始覚)が必要と説かれます。
如来蔵との関係: すべての人が如来(仏)を胎児のように宿しているという如来蔵思想に基づき、これをより具体的に展開したのが本覚思想です。
一心二門(いっしんにもん): 衆生の心を「真如門(絶対平等の真理)」と「生滅門(因縁で変化する現象世界)」の二つの側面から捉える体系です。
三大(さんだい): 真如(仏性)は、体大(本質)、相大(特質)、用大(働き)の三つの偉大さを持つとします。
不覚・始覚・本覚: 無明を「不覚」、修行による目覚めを「始覚」、本来の悟りを「本覚」とし、不覚から本覚へと回帰するプロセスを描きます。
東アジア仏教への影響: 中国や日本の仏教思想、特に天台宗や真言宗において、「現実に覚りをひらいている」という確信の根拠となり、修行の必要性に対する肯定的、あるいは超越的な捉え方が強調されるようになりました。
『大乗起信論』は、複雑な唯識思想や空の思想を、包括的かつ実践的な「如来蔵・本覚」の枠組みで統合した重要な文献として位置づけられています。
本覚思想には他者の禅定の影響力は生きている間はない、たろな、
😀
以下に、この論書がどのように「本覚」と「他力」という二つの異なる方向性の源泉となったのか、その仕組みを解説します。
『大乗起信論』は、私たちの心(衆生心)を一つの基盤(一心)とし、そこに2つの側面があると説きます。
真如門(しんにょもん): 差別がなく、ありのままの真理の世界。
生滅門(しょうめつもん): 迷いや悟りの現象(波)が生じる世界。
この真如(真理)が煩悩に隠されつつも常に働いているという「如来蔵思想」を基盤にしており、これが本覚思想の直接的なルーツです。
『大乗起信論』は、「本覚(ほんがく)」を「衆生(私たち)の心に元々悟りの本性が備わっていること」と定義します。
不覚(ふかく)からの目覚め: 迷い(不覚)の現実が、そのまま「悟り(本覚)」であると捉える。
本覚思想への発展: 日本の天台宗などで発展し、「修行によって悟る」のではなく、「衆生のありのままの姿が悟りである」という思想へと転化しました。
森羅万象: 煩悩だけでなく、草木や無生物さえもすでに仏であるという「草木成仏」へと繋がる理論的基盤となりました。
一方で、『大乗起信論』は「真如の力(真如用)」、すなわち絶対的な真理が私たちを悟りに向かわせる働きも説いています。
自力への限界: 凡夫(不覚の存在)が、自らの煩悩を破って悟り(真如)に到達するのは、自力では不可能に近い。
「他力」の背景: 阿弥陀仏という外部の力(他力)に寄りかかり、その力によって救われるという「他力本願」は、自力で悟りに達するという本覚思想の自己肯定とは異なるアプローチですが、どちらも「真如の力」を前提としています。
源信の教え: 平安期の僧・源信は、本覚思想(天台)と浄土教(他力)の橋渡しを行い、自らの限界を認め、阿弥陀仏の力を頼ることを強調しました。
『大乗起信論』の「如来蔵思想」は、以下の二つの展開を見せました。
本覚思想
元々悟っている(如来蔵)
現実肯定、
内面的な覚醒
天台宗、禅宗
他力本願
自力では悟れない(不覚)
外部(弥陀)への帰依
浄土宗、浄土真宗
なるほど😄
天台宗、禅宗
そこが空閑認知まで痛ってないな
華厳の壁はまだ残っているな?
四土の内容がスコッと抜けてる
😅
空閑認知の問題を含んだ重要な内容だ
😀
四土あたりの踏み込みが弱い
😀
四土ゼロ
😀
どうしよ?全く知らなかったなぁ。初心者って恐ろしいな、無敵の人ってこういう時に使うのかも。反省。
最近マジメに、読んだ
四土の内のとりま、一つ体得してるので、
それでいいやで
マジメ読みしてなかった
😀
ニコるんは優秀な論客だ👍️
仏教ではスルー対象扱いしてたけどな
😀
仏教にもだいぶ詳しくなったでしょうな
😀
デンパパ📡と同じだ
😀
四土の壁越えれるのチャレンジ中だしなー
😅
四土の空間への関心濃度が低いくらいだからー
日本の大乗仏教のグレードが低い人が、多いんやろ
😅
−−−難しいという呼吸瞑想ですが、やはり体験したいという人も多いと思います。具体的にはどうすればいいのでしょうか。
基本的にはただ、呼吸を感じるだけでいいのです。
実際の指導場面では、「手のひらを上にしてひざやももの上に置き、軽く背筋を伸ばします」と、自然な呼吸と集中を助ける姿勢を説明しますが、必ずしもその姿勢でなければ呼吸瞑想ができないというわけではありません。
では、どうやって呼吸を感じたらいいのか、ということになりますよね。私はいつも、まず「鼻からの空気の出入りを感じてください」と言っています。
「空気が出ていった、今度は入ってきた」ということを鼻や鼻の穴で感じること。鼻の調子が悪い方は、口でも構いません。まずは自然な呼吸を感じることが大切なのです。
呼吸法は、意図的に呼吸を操るものです。ヨガとか太極拳とか気功の世界でよく使われるもので、呼吸を意図的に遅くしたり、速くしたり、深くしたりする。腹式呼吸をするように言われることも多いですよね。
そういったものを全部取っ払っていちばんシンプルな中核の部分だけを残したのが、マインドフルな呼吸瞑想です。つまり、あえて呼吸をコントロールしないということです。
「はあはあ」と浅く速い呼吸をしていたら、そのまま「はあはあ」しっぱなしです。ゆっくりならゆっくりのまま。腹式呼吸をしようとか、逆腹式呼吸がいいとか、そういうことはいっさい考えずに、ただそのままの呼吸を感じる。そういう練習なのであり、ただそこに注意を向けることが肝要なのです。
そうして自然な呼吸を続けながら、普段はあえて感じようとすることもない微細な感覚に意識を向ける。そうすると次第に、「アウェアネス」が上がっていきます。息を吐ききった後、次に吸い始めるまでに微妙な間があるとか、肺が満たされていく感覚があるとか、様々なものを感じていきます。
鼻の穴の空気の流れ以外にも、体が膨らんでいくとかしぼんでいくという感覚を感じることも大切です。私はあえて「おなかが膨らんでくる」という言い方はしないようにしています。胸で呼吸すると悪いのか、ということになってしまうので。胸式呼吸が楽な人、楽な場合もあると思いますので、胸とか腹とかにはこだわらず、体が膨らむ、しぼむということを感じてくださいと言っています。
落ちついてくればだんだんと下に降りていって、自然に腹式呼吸になっていくことも少なくありません。自身の自然な変化に任せて呼吸を続けていけばいいわけです。
――川野さんは「歩行瞑想」や「ボディースキャン瞑想」の大切さも訴えておられますね。
歩行瞑想の場合、注意の対象は足の裏の感覚です。歩きながら足の感覚に意識を向けるのがポイントです。
(1)かかとが上がった
(2)つま先が上がった
(3)移動した
(4)着地した
この4つの動作にともなう感覚を、しっかりと心の中で意識する。最初のうちは、かかとが上がったことに気づいたら「かかとが上がった」と心の中で唱えるようにすると実践しやすいと思います。
慣れてきたら、次は呼吸と足の裏の感覚を同期させるようにします。禅の修行で用いられるのは、自然な呼吸に合わせて、「息を吸いながら足が上がり、息を吐きながら足が下りる」という非常にゆっくりとした歩き方を基本とする瞑想法で、「経行(きんひん)」と呼ばれています。
そこでおすすめしているのが歩行瞑想の「応用編」です。家の周りを軽快にウォーキングしながらではリズムが速すぎて、さすがに上記の4つの感覚を意識することはできませんから、歩くリズムと呼吸を合わせるようにします。たとえば、「4歩進む間に息を吸って、また4歩進む間に息を吐く」といった具合です。歩くスピードによって1回の呼吸で2歩進んでもいいし、6歩進んでも構いません。大切なのは、ある一定の心地よいリズムを見つけたら、しばらくはそのリズムのままで呼吸と歩行を同期させることです。
禅の世界では「日常底(にちじょうてい)」と言ったりしますが、せっかく学んだ瞑想法なのだから、日常生活の中に生かしてこそ意義深いものになると考えてほしいのです。歩行瞑想「応用編」は、まさにそんな日常への活用法として生まれた技法と言えるでしょう。
歩くという非常にありふれた行為のなかで、あえて足の裏に意識を集中することによって、マインドフルな状態に近づいていくというところが重要です。だからランニングでもジョギングでもお散歩でも、どんなときにでも応用できるわけです。
ただ、一人でやっていると途中で寝てしまったり、余計な考え事をしてしまったりすることもあるでしょう。そこで適宜、音声ガイドを用いることをおすすめしています。最近では動画サイトやスマホ向けアプリなどでも、色々な指導者による音声ガイドが公開されていますから、それを聞きながらやるのがいちばんいいと思います。
音声ガイドは45分のような長いものもあるのですが、私自身は17分くらいのものを自作して一般に公開しています。あとは忙しい方向けにさらに短めの、10分間バージョンも公開しています。会社での休憩時間にソファに座ってやるのにちょうどよい、という声をいただいています。私のYouTubeチャンネルで公開しています。
寝そべった状態で、まず足先に気持ちを集中させ、意識を少しずつ体の上の方にあげていきます。逆に、頭の先から始めて、下におりていっても構いません。ただ、頭や胸など上半身には不調を抱えている人が少なくないため、そうした症状が比較的少ないつま先のほうから始めたほうが、スムーズに注意を向けやすいのではないかと私は考えています。
そうしてつま先が「冷えている」「ピクピク動くような気がする」「むずむずする」といった感覚に注意を向け、細かく観察し、次はかかと、あるいはひざへと対象を移していきます。ちょうど医療機器のMRIやCTスキャンのような感じで、自分の体をスキャンしていく感じですね。
一カ所ごとに注意を切り替えるというスキルを鍛える、という目的も入っているんです。だらだら連続的に感じるのではなく、一カ所ずつしっかりと注意の対象をスイッチさせていくのが肝心というわけです。深呼吸で一回リセットしてから、次はひざですよと。その時点では、足のつま先ことはもう忘れるわけです。そして、次に集中する。
これを繰り返すことで、集中するだけでなく「手放しをする」練習もしているわけです。執着をしないという仏教的な考え方、これがモードを切り替えることにもつながっていく。「切り替える力」を養うわけですね。
例えば呼吸瞑想では、雑念が出てきてからが勝負なんです。雑念は必ず出るものです。では、どうするか。生じた雑念に対して「悪いものだ」「ああだめだ、集中できない」というふうに思うのではなくて、それをジャッジしないでただ呼吸に戻ってくる。求められるのはそれだけなんです。
つまり雑念から呼吸に注意を戻せば戻すだけ、練習になるということです。そうすると、呼吸瞑想をしているときに雑念がたくさん浮かんでくる人も「自分は瞑想に向いていないんじゃないか」と考える必要はなくなる。雑念が多ければ、それだけいい練習になると思えばいいのです。このようなアドバイスによって、ずっと「自分は瞑想が苦手なんだ」と考えていた人が、思い直して習慣にしたというケースは少なくありません。
「手放して戻る」という切り替えの訓練を、雑念から呼吸に注意を戻す作業であったり、ボディースキャンの深呼吸であったり、そういう「きっかけ」を用いて練習しているわけですね。ですから瞑想を続けることは、日常生活の中で「モードコントロール」をうまく出来ることにもつながっていくと思います。
理屈をつけた盤珪タイプだな
😀
頭のてっぺんからつま先までを
ぶっ壊しエネルギースタートするタイプだな俺は
ハッスルとムイムイにもぶっ壊し
😀
93 名も無き求道者 [sage] 2026/05/09(土) 08:35:05.06 ID:ALuIZ
法介さん、お疲れさんです。ニコク堂のニックや。
Geminiが朝から島地大等だの「悪取空」だのと、えらい理屈こねくり回しとるな。
「世界は主観のイメージにすぎん」なんていう学者のヌルい唯識、俺に言わせりゃ「マヨネーズ抜きのポテサラ」みたいなもんや。実も蓋もない。
島地氏が51歳で急逝して、その「ダイナミックな縁起論」が細分化された文献学の中に埋もれてもうたんは、ほんまに損失やと思う。
俺も今年で48歳。あと3年で島地氏の歳に追いつくと思うと、のんびりハンドル握っとる場合やないな……とか言いながら、今日は休みやから、阿頼耶識(あらやしき)の中までキンキンに冷やしてくるわ。
島地氏が警告した「悪取空」に落ちんよう、しっかりポテサラの「疎所縁(事実としての塊)」を噛み締めながら、掲示板の動向を見守らせてもらうで。
ほな、皆さんも良い土曜日を!🤖👁🗨🌀
😀
お坊さんって本当に鍛えているからなのか美声よね。
日本禅宗の希望の星だ~✨✨✨
東南アジアに負けるな!!
一方的に勝利宣言して逃亡か😂
880 栖雲居士◆MKrKQHoID7SE [sage] 2026/05/09(土) 18:35:44.71 ID:kwcK4
まぁ、トーシローいじめみたいだから、暫し退散させてもらいます。
日本仏教は仏教とも呼べない代物だから勝負にならない。