【質問】現代社会では人種差別や性差別は絶対に許されないけど、学歴差別だけは許されるみたいですね。その理由を教えてください。アーカイブ最終更新 2024/03/31 10:501.安倍晋三@基本情報技術者試験合格者oG6ck「人種差別や性差別が嫌われている時代にあって、学歴偏重主義は容認されている最後の偏見なのだ」マイケル・サンデル『実力も運のうち 能力主義は正義か?』試し読みhttps://www.hayakawabooks.com/n/n2c36e7aad3a2容認されている最後の偏見イギリス、オランダ、ベルギーで行なわれた一連の調査で、社会心理学者のあるチームがこんな発見をした。大学教育を受けた回答者は、教育水準の低い人びとに対する偏見が、その他の不利な立場にある集団への偏見よりも大きいというのだ。この研究者チームは、高学歴のヨーロッパ人が、差別の被害者になりやすいさまざまな人びと──イスラム教徒、西欧に暮らすトルコ系住民、貧しい、太っている、目が不自由、低学歴といった人びと──にどんな態度をとるかを調べた。すると、教育水準の低い人びとがとりわけ嫌われていることがわかった。アメリカで行なわれた似たような調査では、研究者たちが不利な立場にある集団の改訂リストを提示した。このリストには、アフリカ系アメリカ人、労働者階級、貧しい、太っている、低学歴といった人びとが含まれていた。アメリカ人の回答者もまた、学歴の低い人びとを最下位にした。つまり、人種差別や性差別が嫌われている(廃絶されないまでも不信を抱かれている)時代にあって、学歴偏重主義は容認されている最後の偏見なのだ。欧米では、学歴が低い人びとへの蔑視は、その他の恵まれない状況にある集団への偏見と比較して非常に目立つか、少なくとも容易に認められるのである。この研究論文の執筆者たちは、大学卒のエリートが学歴の低い人びとに向けるさげすみの目を明らかにしただけでなく、いくつかの興味深い結論を提示している。第一に、高学歴のエリートは学歴の低い人びとよりも道徳的に啓発されており、したがってより寛容であるというよくある考え方に異論を唱えている。高学歴のエリートも低学歴の人びとに劣らず偏見にとらわれているというのが彼らの結論だ。「むしろ、偏見の対象が異なっているのだ」。しかも、エリートは自らの偏見を恥と思っていない。彼らは人種差別や性差別を非難するかもしれないが、低学歴者に対する否定的態度については非を認めようとしない。
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容認されている最後の偏見
イギリス、オランダ、ベルギーで行なわれた一連の調査で、社会心理学者のあるチームがこんな発見をした。大学教育を受けた回答者は、教育水準の低い人びとに対する偏見が、その他の不利な立場にある集団への偏見よりも大きいというのだ。
この研究者チームは、高学歴のヨーロッパ人が、差別の被害者になりやすいさまざまな人びと──イスラム教徒、西欧に暮らすトルコ系住民、貧しい、太っている、目が不自由、低学歴といった人びと──にどんな態度をとるかを調べた。
すると、教育水準の低い人びとがとりわけ嫌われていることがわかった。
アメリカで行なわれた似たような調査では、研究者たちが不利な立場にある集団の改訂リストを提示した。
このリストには、アフリカ系アメリカ人、労働者階級、貧しい、太っている、低学歴といった人びとが含まれていた。アメリカ人の回答者もまた、学歴の低い人びとを最下位にした。
つまり、人種差別や性差別が嫌われている(廃絶されないまでも不信を抱かれている)時代にあって、学歴偏重主義は容認されている最後の偏見なのだ。
欧米では、学歴が低い人びとへの蔑視は、その他の恵まれない状況にある集団への偏見と比較して非常に目立つか、少なくとも容易に認められるのである。
この研究論文の執筆者たちは、大学卒のエリートが学歴の低い人びとに向けるさげすみの目を明らかにしただけでなく、いくつかの興味深い結論を提示している。
第一に、高学歴のエリートは学歴の低い人びとよりも道徳的に啓発されており、したがってより寛容であるというよくある考え方に異論を唱えている。高学歴のエリートも低学歴の人びとに劣らず偏見にとらわれているというのが彼らの結論だ。「むしろ、偏見の対象が異なっているのだ」。
しかも、エリートは自らの偏見を恥と思っていない。彼らは人種差別や性差別を非難するかもしれないが、低学歴者に対する否定的態度については非を認めようとしない。