【日蓮仏法】 トーク法華講 【立正安国】 第3講最終更新 2026/06/23 06:361.◆JBLfMwCXhYw69eQ日蓮大聖人の仏法を学びましょう※ 特定の信徒団体とは、一切関係ありません前スレTalk 法華講https://talk.jp/boards/psy/1745362437Talk 法華講 2https://talk.jp/boards/psy/17562915612026/03/15 19:44:11500コメント欄へ移動すべて|最新の50件451.(V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq.I2SlNお題目は精神の栄養になるのです。お題目には磁力があり、一心に唱えることによって、精神は安定し、経済的にも恵まれ、全てが安定してきます。これがお題目の力です。美輪明宏「生きるって簡単」2026/05/24 19:03:03452.神も仏も名無しさんpwQe2今日は高野山へ行ってきたマイナー高野山ゾーンの謎をかなり解けたまだまだ謎は多いだろうけども😀2026/05/24 22:00:41453.神も仏も名無しさんpwQe2日蓮のライバル法然の高野山への影響力をかなり見えてきた😀2026/05/24 22:09:47454.◆JBLfMwCXhYlalhXへえ、そうなのか😄2026/05/24 22:10:38455.神も仏も名無しさんpwQe2蓮華谷聖の明遍と新別所の重源だこの二人が法然に共感しただが、鎮西派に共感したわけではなく、西山派ぽい共感のようだ😀2026/05/24 22:13:23456.(V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq.DR887圓光大師法然上人 見真大師親鸞上人2026/05/25 09:31:04457.神も仏も名無しさんtS0cq>>456熊谷寺😀2026/05/25 09:42:31458.神も仏も名無しさんszWOJ宿坊探索していると意外な場所に日蓮宗内実を、見ると宿泊はしたくない感https://www.cafe-lesvagues.com/sp/houtouji.html2026/05/25 18:31:47459.◆JBLfMwCXhYo7lCV291 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/05/25(月) 19:48:40.88 ID:GsDNr法華経の修行とは、お経を読んで教えを信じるだけでなく、日常生活のあらゆる場面でその教えを実践することです。基本となるのは経典に示された「五種法師(受持・読・誦・解説・書写)」であり、日々の実践を通じて仏の境地を目指します。2026/05/26 08:57:10460.◆JBLfMwCXhYo7lCV292 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/05/25(月) 19:49:37.40 ID:GsDNr五種法師(修行の5つの基本)法華経を信仰し、広めるための5つの具体的な修行方法です。受持(じゅじ): 法華経の教えを信じ、心に深く受け止めて保つこと。読(どく): 経典の文字を目で追い、声に出して読むこと。誦(じゅ): 経文を暗記し、何も見ずにそらんじて唱えること。解説(げせつ): 法華経の教えの真意を理解し、他者に分かりやすく説き明かすこと。書写(しょしゃ): 経文を一文字ずつ書き写すこと。2026/05/26 08:57:49461.◆JBLfMwCXhYIF8mG320 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/05/30(土) 19:11:22.39 ID:4z7G4法華経は、本来すべての人に仏性(仏になれる性質)があると説く教えであり、万人成仏を約束しています。この観点から、天台大師智顗やその後の宗学において、「法華経自体は真実をそのまま顕す(摂受)」ものであり、間違った教えを論破して従わせる「折伏」は、むしろ方便の教えを説く『涅槃経』などの役割であると解釈されることがあります。2026/05/30 19:16:08462.神も仏も名無しさんzB6g7真言密教バトルを終えて僧侶ユーチュバー祭りを終えたので日蓮で遊べる😀2026/05/30 20:21:02463.◆JBLfMwCXhYIF8mG321 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/05/30(土) 19:20:02.30 ID:4z7G4日蓮遺文に「信心ふかきものも 法華経の かたきをば せめず、いかなる大善をつくり 法華経を 千万部 読み 書写し 一念三千の観道を 得たる人 なりとも 法華経の敵をだにも・せめざれば 得道ありがたし」『南条兵衛七郎殿御書』とあるが、それを実践している教団は例外なくカルト宗教になっているのが現状。2026/05/30 20:21:55464.◆JBLfMwCXhYIF8mG322 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/05/30(土) 19:23:20.17 ID:4z7G4折伏は法華経の経文には無いのが事実。常不軽菩薩の礼拝行が法華経信者の手本です。2026/05/30 20:22:12465.神も仏も名無しさんzB6g7ま、仏罰神罰で災害が起きるという悟り探求薄れた平安後期の天台真言密教法相宗だからなーそこで災害の原因は神罰仏罰で決定し日蓮は法華経の折伏が必要と考えたんやろな😀2026/05/30 20:25:26466.神も仏も名無しさんzB6g7浄土教と山伏と神仏習合研究で日蓮思想のバックグラウンドが見えてきたマニア魂の日々成果だ😀2026/05/30 20:26:24467.(V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq.YAP84行学院鏡澄日朝(ぎょうがくいんきょうちょうにっちょう)上人は、室町時代の身延山久遠寺第11世法主であり、身延山「中興の祖」と仰がれる日蓮宗の高僧です。眼病平癒の祈祷に非常に霊験あらたかであったことから、「目の神様(日朝さま)」として広く信仰を集めています。2026/06/12 03:50:47468.◆JBLfMwCXhYXdtgX>>467へえ、そんな人がいたのか😆2026/06/12 06:09:30469.神も仏も名無しさんuh6CJ>>463なんかちょっと思い出したけど、法華経の敵を害するは第一の功徳、で有名な、秋元御書の後ろのほうに、八歳で壇ノ浦に沈んだ、安徳天皇のことがあって、(秋元御書)かかる悪法・国に流布して法華経を失う故に…安徳天皇は明雲座主を師として頼朝の朝臣を調伏せさせ給いし程に、右大将殿に罰せらるるのみならず安徳は西海に沈み明雲は義仲に殺され給いき、或は海に沈み※※※明雲は平家御用達の天台座主で、比叡山天台は密教の泥にまみれ法華経をないがしろにする悪法だあ!という日蓮さんの主張で、こんな邪教に帰依してるから、平宗盛は鎌倉で首を切られ、八歳の安徳は壇ノ浦に沈み、極悪坊主の明雲にいたっては、木曽義仲の弓に当たって、首は宇治川に捨てられたという…。どうですか、法華経を大切にしないと、こんな恐ろしい目に会うことになるらしいですよ…。2026/06/13 10:03:07470.神も仏も名無しさんuh6CJ>>469でさ、この記述を見て最初にすんごい気になったのが、天皇の名前を呼び捨てにしてんだよね、この日蓮とかいうおっさん、安徳は西海にしずみ…。あんた天台沙門のインチキがばれて、本朝沙門 (日本国の坊さん) と、改名してたんじゃないのか? 天皇の名前に敬称をつけずに呼び捨てにするような自称日本国の坊さんがいるわけですか…。そんでちょっとわかりずらいかもだけど、会社や組織で仕事した経験が一度でもある人なら、天皇の名前を敬称抜きで、呼び捨てにできます?わたしが知ってる範囲で天皇を呼び捨てにしたのは某K産党、S位書記長のおっちゃんただ一人だったけどな。※※日蓮さんは公的な仕事を経験したことがない人なんだろな、と思っていて、もしその推理が正しければ、清澄寺の僧侶ではないし、もちろん比叡山で修業もしてない、ちまたのプータロー乞食で、坊さんもどきに過ぎないとしか…。2026/06/13 10:25:01471.神も仏も名無しさんuh6CJ>>470さらにたった数文字の記述でも、ツッコミどこ満載なのが日蓮仏法の奥深さなんですけど、最初の秋元御書にもどると、法華経をこの世でナンバーワンとして拝まないのは悪法なんだそうですけど、もちろん比叡山は密教と一般仏教が主体になってて、法華経みたいな幼稚園児向きの絵本は、あまり扱ってないんで、ここは明雲座主なんかは邪教坊主の筆頭らしくて、こんなやつに帰依するから、平清盛の次男の宗盛は首を切られ、安徳天皇は壇ノ浦に沈み、明雲も木曽義仲に首を取られて…。ほーら法華経さまに逆らうと、怖いことになるでしょっ?という主張ですが、他人の不幸がそこまでうれしいもんかね?意図がわかると、かなり背中がうすら寒いですけど、この安徳天皇は現代計算なら、小学校の1年生くらいかね、たとえ天皇とはいえ、こんな小さな男の子が戦乱のはざまで…。子供なのにかわいそうだな~。という言葉は日蓮さんには無縁のものらしく、これ朝ドラばけばけの小泉八雲の書いた耳なし芳一では、壇ノ浦で滅びた平家一族の亡霊に招かれて、謡曲をうたい。とくに安徳入水のとこでは、平家の高貴な方々はよよよっと、目に手を当てて、涙をぬぐうクライマックス場面なんだけど、なんで日蓮さんは、この悲しいシーンでほーら邪教の最期をみたことかっ!とドヤ顔になってしまうのか、完全にズレてるおっさんというか…。2026/06/13 10:53:48472.神も仏も名無しさんuh6CJ>>264正法眼藏第三十看經、法華転法華のつづきで、のこりの部分。韶州曹谿山、大鑑高祖のところに法花経を読む法達というものが…、心迷法華轉、心悟轉法華、※こころが迷えば法華に転がされ、こころが悟れば…、誦久不明己、與義作讎家。※何年読経しても自分がわからなければ、それはただの読経芸人でしかなく。無念念即正、有念念成邪、※念の無い想いが正くて、念の有る思いはダメダメだよ、有無倶不計、長御白牛車。※有る無しにかかわらなければ、白牛の車を引くこともでき、…さらに迷悟を跳出するときは、法花の法花を轉ずるなり。法達、まさに偈をききて踊躍歡喜、以偈贊曰 (詩文で返答する)經誦三千部、曹谿一句亡。※三千回読経すれば、高祖の言葉は失われ、…誰知火宅内、元是法中王。※燃え盛る家の中の人が、法の中の王だと誰が知るだろう、そのとき高祖は、おまえは今後、いろんなとこで念経僧と名乗りなさい。(汝今後方可名爲念經僧也) ※読経の回数を誇るのはやめとけ、かな…?この大鑑高祖は六祖慧能だよね??2026/06/13 11:29:13473.◆JBLfMwCXhYvv210379 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/06/13(土) 11:23:30.96 ID:cu6px成就妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌(じょうじゅみょうほうれんげきょうおうゆがかんちぎき)法華経の密教儀軌の一つ。真言八祖の一人で訳経僧の不空金剛が詔勅を受けて訳したもので、法華経二十八品の要旨および法華経の供養法が記されている。天台宗の僧侶、円仁が遣唐使船で日本に持ち込んだ法華曼荼羅はこの儀軌に基づいて書かれたものである。https://i.imgur.com/Lk6EdLr.jpeg2026/06/14 23:23:28474.◆JBLfMwCXhYvv210380 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/06/13(土) 18:12:09.62 ID:KJxUx「善無畏三蔵地獄堕獄説」は、日蓮が自らの法華経絶対主義を証明するために、天台宗や真言宗の文献の解釈を交えつつ『善無畏三蔵抄』などで展開した主張です。これは先行する歴史書には見られないため、事実上の日蓮の創作(あるいは独自の解釈による誇張)とされています。2026/06/14 23:24:06475.◆JBLfMwCXhYvv210381 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/06/13(土) 18:12:58.91 ID:KJxUx主張の概要日蓮は、真言宗の祖である善無畏三蔵が、『大日経』を『法華経』よりも劣ると立てた(法華経は大日経に劣るという邪義を広めた)という咎によって、死後に閻魔大王の責めに遭い、地獄(あるいは地獄の獄卒に縛られる苦しみ)に堕ちたと説きました。2026/06/14 23:24:36476.◆JBLfMwCXhYvv210382 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/06/13(土) 18:13:41.63 ID:KJxUx創作とされる根拠この逸話は中国の歴史書『高僧伝』などには存在せず、善無畏自身が地獄に堕ちたという記録は当時の仏教界にありません。日蓮自身も『善無畏抄』において、「善無畏の釈にはその証拠は見えないが……」と言及しており、密教側の記録を引いたものではなく、独自の論理的帰結として説いたものです。2026/06/14 23:24:56477.◆JBLfMwCXhYvv210383 (V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq. 2026/06/13(土) 18:15:27.30 ID:KJxUx善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう、637年 - 735年)インドから中国・唐へ渡り、真言密教(初期密教)を伝えた高僧です。金剛智や不空と共に中国密教の三大祖師に数えられ、真言宗では「真言八祖」の一人として崇められています。2026/06/14 23:25:12478.◆JBLfMwCXhYOeVwPプロンプト:ニ仏並坐が、法華経では重視されている二仏とは、釈迦仏と多宝仏のことhttps://ichimyoji.jp/wp-content/uploads/2019/12/PA250001-2.jpg2026/06/18 05:42:29479.◆JBLfMwCXhYOeVwPチャットGPT:はい。**「二仏並坐(にぶつびょうざ)」**は、法華経において非常に象徴的で重要な場面です。法華経の見せ場の一つである「見宝塔品第十一」で、地中から巨大な宝塔が出現するその中に過去仏である 多宝如来 が座っている多宝如来が「法華経は真実である」と証明するそして 釈迦牟尼 を宝塔の中に招き入れる二人の仏が並んで座るこれが「二仏並坐」です。天台宗・日蓮宗では特に重要視されます。2026/06/18 05:46:40480.◆JBLfMwCXhYOeVwPなぜ重要なのか法華経の文脈では、釈迦仏だけが真理を語っているのではない過去仏である多宝如来もその真実性を保証するという意味があります。言わば「私(釈迦)だけが言っているのではない。諸仏共通の真理である」という証明です。2026/06/18 05:46:56481.◆JBLfMwCXhYOeVwP天台教学では天台では、多宝仏=証明する仏釈迦仏=説法する仏として理解されます。真理を説く者と、その真理を証明する者が並ぶわけです。2026/06/18 05:47:26482.◆JBLfMwCXhYOeVwP日蓮宗ではさらに重要日蓮は法華経を絶対視したため、本尊に釈迦牟尼仏多宝如来を並べて描くことがあります。曼荼羅でも中央に二仏並坐の思想が反映されています。2026/06/18 05:47:44483.◆JBLfMwCXhYOeVwPプロンプト:釈迦如来は有名だが多宝如来ってのは、あまり聞かないな?2026/06/18 05:48:49484.◆JBLfMwCXhYOeVwPチャットGPT:その通りです。釈迦如来は歴史上の人物(ゴータマ・ブッダ)が神格化された仏なので、仏教全体で圧倒的な知名度があります。一方の 多宝如来 は、ほぼ法華経に特有の仏です。2026/06/18 05:49:27485.◆JBLfMwCXhYOeVwP多宝如来の特徴は、遠い過去に成仏した仏「法華経が説かれるなら必ず現れて証明する」と誓願を立てた宝塔の中に座している法華経の見宝塔品で初めて本格的に登場するというもので、歴史上の人物ではありません。そのため、浄土宗・浄土真宗 → 阿弥陀仏中心密教 → 大日如来中心禅宗 → 釈迦牟尼仏中心唯識・華厳 → 毘盧遮那仏や釈迦仏という具合で、多宝如来が信仰の中心になることはあまりありません。2026/06/18 05:50:29486.◆JBLfMwCXhYOeVwPなぜ法華経に出てくるのか法華経は自らを「最高の教え」と位置づけています。しかし、「本当にそうなのか?」という疑問が出ます。そこで法華経は劇的な演出として、地面が割れる巨大な宝塔が出現するその中から多宝如来が現れる「釈迦の説く法華経は真実である」と証明させるのです。言ってみれば、法華経の“証人役”が多宝如来です。2026/06/18 05:50:58487.(V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq.WAkMi密教法華曼荼羅でも並座してます。https://i.imgur.com/Lk6EdLr.jpeg2026/06/18 05:51:00488.◆JBLfMwCXhYOeVwP仏教史的に見ると初期仏教やアビダルマでは、多宝如来はほぼ登場しません。法華経が成立した大乗仏教時代になって現れる仏です。ですから、釈迦仏阿弥陀仏薬師仏などに比べると知名度はかなり低いです。ただし、法華経を重視する天台宗・日蓮宗では非常に重要で、「釈迦と多宝の二仏並坐」は法華経世界を象徴する名場面として扱われています。面白いことに、多宝如来そのものに救済を願うというより、「法華経の真実性を保証する証明者」としての役割が強い仏なのです。これは阿弥陀仏や薬師仏とはかなり性格が違います。2026/06/18 05:51:18489.◆JBLfMwCXhYOeVwP>>487ホントだニ仏並坐の曼荼羅2026/06/18 05:51:44490.◆JBLfMwCXhYOeVwP538 法介◆T3azX0Hk1U 2026/06/17(水) 07:13:59.35 ID:kc343大事なところなので日蓮さんの御書を提示しておく。『生死一大事血脈抄』より釈迦多宝の二仏宝塔の中にして上行菩薩に譲り給いて此の妙法蓮華経の五字過去遠遠劫より已来寸時も離れざる血脈なり、妙は死法は生なり此の生死の二法が十界の当体なり又此れを当体蓮華とも云うなり、天台云く「当に知るべし依正の因果は悉く是れ蓮華の法なり」と云云此の釈に依正と云うは生死なり生死之有れば因果又蓮華の法なる事明けし、伝教大師云く「生死の二法は一心の妙用・有無の二道は本覚の真徳」と文、天地・陰陽・日月・五星・地獄・乃至仏果・生死の二法に非ずと云うことなし、是くの如く生死も唯妙法蓮華経の生死なり、天台の止観に云く「起は是れ法性の起・滅は是れ法性の滅」云云、釈迦多宝の二仏も生死の二法なり、然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり2026/06/18 06:20:09491.◆JBLfMwCXhYJ8OX1612 法介◆T3azX0Hk1U 2026/06/19(金) 04:49:38.82 ID:yb1D0日蓮さんは『開目抄』で、法華経の本門で、地涌の菩薩衆が顕れた時の様子を次のように紹介しておられます。2026/06/19 07:02:55492.◆JBLfMwCXhYJ8OX1613 法介◆T3azX0Hk1U 2026/06/19(金) 04:53:03.42 ID:yb1D0その上に地涌千界の大菩薩が大地より出来した。釈尊にとっては第一の御弟子と思われる普賢菩薩・文殊師利菩薩等すら比較にならない偉大さである。華厳・方等・般若・法華経の宝塔品に来集した大菩薩や大日経等の金剛薩?等の十六人の大菩薩なども、この地涌の菩薩に比べると、猿のむらがっている中に帝釈天が来たようなものである。あたかも山奥の樵夫・杣人の中に月卿等の貴人がまじわっているのと同様であった。釈迦仏のあとを嗣ぐといわれた弥勒すら、なお地涌の出現に惑われた。しかしてそれ以下の者の驚きと当惑はひじょうなものであった。2026/06/19 07:03:34493.(V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq.AUFi5『妙法蓮華経如来神力品第二十一』現代語訳その時、虚空の中から大きな天の声が響き渡り、次のように言った。「ここから無量無辺百千万億の世界を過ぎたところに国がある。その国の名は娑婆という。その中に仏がおられる。その仏の名は釈迦牟尼という。今、多くの大いなる菩薩のために、大乗経典である『妙法蓮華・教菩薩法・仏所護念』(みょうほうれんげ・きょうぼさっぽう・ぶっしょごねん)と名づけられる経典を説かれている。あなたがたはまさに、心深くこのことを喜ぶべきである。またまさに、その釈迦牟尼仏を礼拝し供養すべきである」。その多くの衆生は、このような虚空の中の声を聞き終わって、合掌して娑婆世界に向かって、次のように言った。「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏」。2026/06/19 08:31:47494.(V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq.AUFi5その時に仏は、上行菩薩などの多くの菩薩たちに次のように語られた。「諸仏の神通力は、このように無量無辺であり、人の計り知れるものではない。しかし、私がこの神通力をもって、無量無辺百千万億阿僧祇劫の間、この経典を伝える功徳を説き続けたとしても、語り尽くせるものではない。要約すれば、この経典の中には、如来の持つすべての教え、如来の持つすべての自在の神通力、如来の持つすべての秘密の重要な蔵、如来の持つすべての非常に深い事柄が、みな述べられ、表わされている。このために、あなたがたは如来の滅度の後において、まさに一心に受持し、読誦し解説し書写し、説くところに従って修行すべきである。2026/06/19 08:35:01495.(V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq.AUFi5受持(じゅじ)経典の教えを深く信じ、心にしっかりと受け止めて保ち続けること。読(どく)経文(文字)を目で見ながら、声に出して読むこと。誦(じゅ)経文を暗唱し、本を見ずに空で唱えること。解説(げせつ)お経の教えの意味を理解し、他の人々に分かりやすく説き伝えること。書写(しょしゃ)経典の文を書き写す(写経)こと。2026/06/19 08:39:01496.(V)o¥o(V)◆HXzu/Ofdwtq.KRjOg血脈も折伏も法華経には登場しない。2026/06/19 21:02:26497.◆JBLfMwCXhYJbM75折伏大行進は法華経には書かれていないのか😫2026/06/23 06:35:52498.◆JBLfMwCXhYJbM75二代目・戸田城聖のオリジナルか😫2026/06/23 06:36:14499.◆JBLfMwCXhYJbM75公明党は選挙でも、立憲を飲み込んで躍進したしな~😫2026/06/23 06:36:47500.◆JBLfMwCXhYJbM755002026/06/23 06:36:57
※ 特定の信徒団体とは、一切関係ありません
前スレ
Talk 法華講
https://talk.jp/boards/psy/1745362437
Talk 法華講 2
https://talk.jp/boards/psy/1756291561
美輪明宏「生きるって簡単」
マイナー高野山ゾーンの謎をかなり解けた
まだまだ謎は多いだろうけども
😀
法然の高野山への影響力を
かなり見えてきた
😀
新別所の重源だ
この二人が法然に共感した
だが、鎮西派に共感したわけではなく、
西山派ぽい共感のようだ
😀
熊谷寺
😀
日蓮宗
内実を、見ると
宿泊はしたくない感
https://www.cafe-lesvagues.com/sp/houtouji.html
法華経の修行とは、お経を読んで教えを信じるだけでなく、日常生活のあらゆる場面でその教えを実践することです。
基本となるのは経典に示された「五種法師(受持・読・誦・解説・書写)」であり、日々の実践を通じて仏の境地を目指します。
五種法師(修行の5つの基本)
法華経を信仰し、広めるための5つの具体的な修行方法です。
受持(じゅじ): 法華経の教えを信じ、心に深く受け止めて保つこと。
読(どく): 経典の文字を目で追い、声に出して読むこと。
誦(じゅ): 経文を暗記し、何も見ずにそらんじて唱えること。
解説(げせつ): 法華経の教えの真意を理解し、他者に分かりやすく説き明かすこと。
書写(しょしゃ): 経文を一文字ずつ書き写すこと。
法華経は、本来すべての人に仏性(仏になれる性質)があると説く教えであり、万人成仏を約束しています。
この観点から、天台大師智顗やその後の宗学において、「法華経自体は真実をそのまま顕す(摂受)」ものであり、間違った教えを論破して従わせる「折伏」は、むしろ方便の教えを説く『涅槃経』などの役割であると解釈されることがあります。
僧侶ユーチュバー祭りを終えたので
日蓮で遊べる
😀
日蓮遺文に
「信心ふかきものも 法華経の かたきをば せめず、いかなる大善をつくり 法華経を 千万部 読み 書写し 一念三千の観道を 得たる人 なりとも 法華経の敵をだにも・せめざれば 得道ありがたし」
『南条兵衛七郎殿御書』
とあるが、それを実践している教団は例外なくカルト宗教になっているのが現状。
折伏は法華経の経文には無いのが事実。
常不軽菩薩の礼拝行が法華経信者の手本です。
悟り探求薄れた平安後期の天台真言密教法相宗だからなー
そこで災害の原因は神罰仏罰で決定し
日蓮は法華経の折伏が必要と考えたんやろな😀
日蓮思想のバックグラウンドが見えてきた
マニア魂の日々成果だ
😀
眼病平癒の祈祷に非常に霊験あらたかであったことから、「目の神様(日朝さま)」として広く信仰を集めています。
へえ、そんな人がいたのか😆
なんかちょっと思い出したけど、
法華経の敵を害するは第一の功徳、で有名な、
秋元御書の後ろのほうに、八歳で壇ノ浦に沈んだ、
安徳天皇のことがあって、
(秋元御書)
かかる悪法・国に流布して法華経を失う故に…
安徳天皇は明雲座主を師として頼朝の朝臣を調伏せさせ給いし程に、
右大将殿に罰せらるるのみならず安徳は西海に沈み
明雲は義仲に殺され給いき、或は海に沈み
※※※
明雲は平家御用達の天台座主で、比叡山天台は密教の泥にまみれ
法華経をないがしろにする悪法だあ!という日蓮さんの主張で、
こんな邪教に帰依してるから、平宗盛は鎌倉で首を切られ、
八歳の安徳は壇ノ浦に沈み、極悪坊主の明雲にいたっては、
木曽義仲の弓に当たって、首は宇治川に捨てられたという…。
どうですか、法華経を大切にしないと、こんな恐ろしい目に
会うことになるらしいですよ…。
でさ、この記述を見て最初にすんごい気になったのが、
天皇の名前を呼び捨てにしてんだよね、この日蓮とかいうおっさん、
安徳は西海にしずみ…。
あんた天台沙門のインチキがばれて、本朝沙門 (日本国の坊さん) と、
改名してたんじゃないのか? 天皇の名前に敬称をつけずに
呼び捨てにするような自称日本国の坊さんがいるわけですか…。
そんでちょっとわかりずらいかもだけど、
会社や組織で仕事した経験が一度でもある人なら、
天皇の名前を敬称抜きで、呼び捨てにできます?
わたしが知ってる範囲で天皇を呼び捨てにしたのは
某K産党、S位書記長のおっちゃんただ一人だったけどな。
※※
日蓮さんは公的な仕事を経験したことがない人なんだろな、
と思っていて、もしその推理が正しければ、
清澄寺の僧侶ではないし、もちろん比叡山で修業もしてない、
ちまたのプータロー乞食で、坊さんもどきに過ぎないとしか…。
さらにたった数文字の記述でも、ツッコミどこ満載なのが
日蓮仏法の奥深さなんですけど、
最初の秋元御書にもどると、法華経をこの世でナンバーワン
として拝まないのは悪法なんだそうですけど、
もちろん比叡山は密教と一般仏教が主体になってて、
法華経みたいな幼稚園児向きの絵本は、あまり扱ってないんで、
ここは明雲座主なんかは邪教坊主の筆頭らしくて、
こんなやつに帰依するから、平清盛の次男の宗盛は首を切られ、
安徳天皇は壇ノ浦に沈み、明雲も木曽義仲に首を取られて…。
ほーら法華経さまに逆らうと、怖いことになるでしょっ?
という主張ですが、他人の不幸がそこまでうれしいもんかね?
意図がわかると、かなり背中がうすら寒いですけど、
この安徳天皇は現代計算なら、小学校の1年生くらいかね、
たとえ天皇とはいえ、こんな小さな男の子が戦乱のはざまで…。
子供なのにかわいそうだな~。
という言葉は日蓮さんには無縁のものらしく、
これ朝ドラばけばけの小泉八雲の書いた耳なし芳一では、
壇ノ浦で滅びた平家一族の亡霊に招かれて、謡曲をうたい。
とくに安徳入水のとこでは、平家の高貴な方々はよよよっと、
目に手を当てて、涙をぬぐうクライマックス場面なんだけど、
なんで日蓮さんは、この悲しいシーンでほーら邪教の最期をみたことかっ!
とドヤ顔になってしまうのか、完全にズレてるおっさんというか…。
正法眼藏第三十看經、法華転法華のつづきで、のこりの部分。
韶州曹谿山、大鑑高祖のところに法花経を読む法達というものが…、
心迷法華轉、心悟轉法華、
※こころが迷えば法華に転がされ、こころが悟れば…、
誦久不明己、與義作讎家。
※何年読経しても自分がわからなければ、それはただの読経芸人でしかなく。
無念念即正、有念念成邪、
※念の無い想いが正くて、念の有る思いはダメダメだよ、
有無倶不計、長御白牛車。
※有る無しにかかわらなければ、白牛の車を引くこともでき、
…さらに迷悟を跳出するときは、法花の法花を轉ずるなり。
法達、まさに偈をききて踊躍歡喜、以偈贊曰 (詩文で返答する)
經誦三千部、曹谿一句亡。
※三千回読経すれば、高祖の言葉は失われ、
…
誰知火宅内、元是法中王。
※燃え盛る家の中の人が、法の中の王だと誰が知るだろう、
そのとき高祖は、おまえは今後、いろんなとこで念経僧と名乗りなさい。
(汝今後方可名爲念經僧也) ※読経の回数を誇るのはやめとけ、かな…?
この大鑑高祖は六祖慧能だよね??
成就妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌
(じょうじゅみょうほうれんげきょうおうゆがかんちぎき)
法華経の密教儀軌の一つ。
真言八祖の一人で訳経僧の不空金剛が詔勅を受けて訳したもので、法華経二十八品の要旨および法華経の供養法が記されている。
天台宗の僧侶、円仁が遣唐使船で日本に持ち込んだ法華曼荼羅はこの儀軌に基づいて書かれたものである。
https://i.imgur.com/Lk6EdLr.jpeg
「善無畏三蔵地獄堕獄説」は、日蓮が自らの法華経絶対主義を証明するために、天台宗や真言宗の文献の解釈を交えつつ『善無畏三蔵抄』などで展開した主張です。
これは先行する歴史書には見られないため、事実上の日蓮の創作(あるいは独自の解釈による誇張)とされています。
主張の概要
日蓮は、真言宗の祖である善無畏三蔵が、『大日経』を『法華経』よりも劣ると立てた(法華経は大日経に劣るという邪義を広めた)という咎によって、死後に閻魔大王の責めに遭い、地獄(あるいは地獄の獄卒に縛られる苦しみ)に堕ちたと説きました。
創作とされる根拠
この逸話は中国の歴史書『高僧伝』などには存在せず、善無畏自身が地獄に堕ちたという記録は当時の仏教界にありません。
日蓮自身も『善無畏抄』において、「善無畏の釈にはその証拠は見えないが……」と言及しており、密教側の記録を引いたものではなく、独自の論理的帰結として説いたものです。
善無畏三蔵
(ぜんむいさんぞう、637年 - 735年)
インドから中国・唐へ渡り、真言密教(初期密教)を伝えた高僧です。
金剛智や不空と共に中国密教の三大祖師に数えられ、真言宗では「真言八祖」の一人として崇められています。
ニ仏並坐が、法華経では重視されている
二仏とは、釈迦仏と多宝仏のこと
https://ichimyoji.jp/wp-content/uploads/2019/12/PA250001-2.jpg
はい。**「二仏並坐(にぶつびょうざ)」**は、法華経において非常に象徴的で重要な場面です。
法華経の見せ場の一つである「見宝塔品第十一」で、
地中から巨大な宝塔が出現する
その中に過去仏である 多宝如来 が座っている
多宝如来が「法華経は真実である」と証明する
そして 釈迦牟尼 を宝塔の中に招き入れる
二人の仏が並んで座る
これが「二仏並坐」です。
天台宗・日蓮宗では特に重要視されます。
法華経の文脈では、
釈迦仏だけが真理を語っているのではない
過去仏である多宝如来もその真実性を保証する
という意味があります。
言わば
「私(釈迦)だけが言っているのではない。諸仏共通の真理である」
という証明です。
天台では、
多宝仏=証明する仏
釈迦仏=説法する仏
として理解されます。
真理を説く者と、その真理を証明する者が並ぶわけです。
日蓮は法華経を絶対視したため、
本尊に
釈迦牟尼仏
多宝如来
を並べて描くことがあります。
曼荼羅でも中央に二仏並坐の思想が反映されています。
釈迦如来は有名だが
多宝如来ってのは、あまり聞かないな?
その通りです。
釈迦如来は歴史上の人物(ゴータマ・ブッダ)が神格化された仏なので、仏教全体で圧倒的な知名度があります。
一方の 多宝如来 は、ほぼ法華経に特有の仏です。
遠い過去に成仏した仏
「法華経が説かれるなら必ず現れて証明する」と誓願を立てた
宝塔の中に座している
法華経の見宝塔品で初めて本格的に登場する
というもので、歴史上の人物ではありません。
そのため、
浄土宗・浄土真宗 → 阿弥陀仏中心
密教 → 大日如来中心
禅宗 → 釈迦牟尼仏中心
唯識・華厳 → 毘盧遮那仏や釈迦仏
という具合で、多宝如来が信仰の中心になることはあまりありません。
法華経は自らを「最高の教え」と位置づけています。
しかし、
「本当にそうなのか?」
という疑問が出ます。
そこで法華経は劇的な演出として、
地面が割れる
巨大な宝塔が出現する
その中から多宝如来が現れる
「釈迦の説く法華経は真実である」
と証明させるのです。
言ってみれば、
法華経の“証人役”
が多宝如来です。
https://i.imgur.com/Lk6EdLr.jpeg
初期仏教やアビダルマでは、多宝如来はほぼ登場しません。
法華経が成立した大乗仏教時代になって現れる仏です。
ですから、
釈迦仏
阿弥陀仏
薬師仏
などに比べると知名度はかなり低いです。
ただし、法華経を重視する天台宗・日蓮宗では非常に重要で、
「釈迦と多宝の二仏並坐」は法華経世界を象徴する名場面として扱われています。
面白いことに、多宝如来そのものに救済を願うというより、
「法華経の真実性を保証する証明者」
としての役割が強い仏なのです。
これは阿弥陀仏や薬師仏とはかなり性格が違います。
ホントだ
ニ仏並坐の曼荼羅
大事なところなので日蓮さんの御書を提示しておく。
『生死一大事血脈抄』より
釈迦多宝の二仏宝塔の中にして上行菩薩に譲り給いて此の妙法蓮華経の五字過去遠遠劫より已来寸時も離れざる血脈なり、妙は死法は生なり此の生死の二法が十界の当体なり又此れを当体蓮華とも云うなり、天台云く「当に知るべし依正の因果は悉く是れ蓮華の法なり」と云云此の釈に依正と云うは生死なり生死之有れば因果又蓮華の法なる事明けし、伝教大師云く「生死の二法は一心の妙用・有無の二道は本覚の真徳」と文、天地・陰陽・日月・五星・地獄・乃至仏果・生死の二法に非ずと云うことなし、是くの如く生死も唯妙法蓮華経の生死なり、天台の止観に云く「起は是れ法性の起・滅は是れ法性の滅」云云、釈迦多宝の二仏も生死の二法なり、然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり
日蓮さんは『開目抄』で、
法華経の本門で、地涌の菩薩衆が顕れた時の様子を
次のように紹介しておられます。
その上に地涌千界の大菩薩が大地より出来した。
釈尊にとっては第一の御弟子と思われる普賢菩薩・文殊師利菩薩等すら比較にならない偉大さである。
華厳・方等・般若・法華経の宝塔品に来集した大菩薩や大日経等の金剛薩?等の十六人の大菩薩なども、この地涌の菩薩に比べると、猿のむらがっている中に帝釈天が来たようなものである。
あたかも山奥の樵夫・杣人の中に月卿等の貴人がまじわっているのと同様であった。
釈迦仏のあとを嗣ぐといわれた弥勒すら、なお地涌の出現に惑われた。しかしてそれ以下の者の驚きと当惑はひじょうなものであった。
その時、虚空の中から大きな天の声が響き渡り、次のように言った。
「ここから無量無辺百千万億の世界を過ぎたところに国がある。その国の名は娑婆という。その中に仏がおられる。その仏の名は釈迦牟尼という。今、多くの大いなる菩薩のために、大乗経典である『妙法蓮華・教菩薩法・仏所護念』(みょうほうれんげ・きょうぼさっぽう・ぶっしょごねん)と名づけられる経典を説かれている。あなたがたはまさに、心深くこのことを喜ぶべきである。またまさに、その釈迦牟尼仏を礼拝し供養すべきである」。
その多くの衆生は、このような虚空の中の声を聞き終わって、合掌して娑婆世界に向かって、次のように言った。
「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏」。
「諸仏の神通力は、このように無量無辺であり、人の計り知れるものではない。しかし、私がこの神通力をもって、無量無辺百千万億阿僧祇劫の間、この経典を伝える功徳を説き続けたとしても、語り尽くせるものではない。要約すれば、この経典の中には、如来の持つすべての教え、如来の持つすべての自在の神通力、如来の持つすべての秘密の重要な蔵、如来の持つすべての非常に深い事柄が、みな述べられ、表わされている。
このために、あなたがたは如来の滅度の後において、まさに一心に受持し、読誦し解説し書写し、説くところに従って修行すべきである。
経典の教えを深く信じ、心にしっかりと受け止めて保ち続けること。
読(どく)
経文(文字)を目で見ながら、声に出して読むこと。
誦(じゅ)
経文を暗唱し、本を見ずに空で唱えること。
解説(げせつ)
お経の教えの意味を理解し、他の人々に分かりやすく説き伝えること。
書写(しょしゃ)
経典の文を書き写す(写経)こと。
法華経には書かれていないのか😫